第3話 割り算を習ったばかりなのです
オジサンが股間から取り出したモノは、長くて太くピンク色した、だけれどグニグニしている何だかよくわからないもので、僕はつい言ってしまいました。
「なにそれ、気持ち悪いよ」
その長さは20cm足らずといったところでしょうか、太さはオジサンの指がちょうど一周するかしないかといったところ。きっと柔らかい素材でできているのか、オジサンは端っこを掴んで持っていますが、真ん中あたりで折れてしまって先っちょは下を向いてしまっています。まるで、枯れたチューリップのようです。
「坊主、お前にはわからねえか」
オジサンはなんでわからないんだ、と言いたげです。僕には、わかるはずがありません。だって、まだ小学校4年生なのですから。割り算を習ったばかりなのです。世の中のことはなんにも知らないのです。
「こいつはこう使うんだ」
そう言うと、オジサンはその先っぽを口で咥えてしまいました。僕はその絵面があまりに気持ち悪くて、思わず吐きそうになったのですが、それでも目線だけはオジサンから離すことはできませんでした。
見ているとオジサンは、そのピンク色したモノを咥えながら、勢い良く空気を吹き込みました。プゥーっと顔を膨らまし、何度も何度も、長く長く息切れになりそうなほどに絶え間なく息吹を注いだのです。オジサンの顔は真っ赤でした。
そのうちにそのピンクのものはどんどんと膨らみを増し、僕の背の高さをゆうに超えてしまいました。それはまるで、薄いピンクの膜で作られたトンネルのようでした。そうなってからも、オジサンはしばらくずっと息を吹き込み続けていました。
グラウンドでは、誰かがホームランを打ったらしく、回れ回れという叫び声が聞こえてきました。
「さあ、できた」
「風船?トンネルみたいだけど」
「船であることに違いはねえな。まあ説明するより感じたほうが早い。坊主、この中通ってみろ」
僕はオジサンに言われるまま、そのピンク色のトンネルの前に立ちました。それは出口のない筒であったはずです。なのに、なぜだかその奥側はグニョグニョとしたものが蠢いていて、僕は怖気づいてしまいました。
なんだろう、これ。どんな感触なんだろう。とりあえず、触ってみよう。
そう思いピンク色の壁に手を伸ばすうとした瞬間、オジサンは僕の背中をドーンと押したのです。
え?
振り向いた先に、オジサンは笑っていました。腰に手をやりとてもご機嫌そうです。僕は踏ん張りきれず、ピンク色のトンネルに吸い込まれていきます。完全に倒れきる前に聞いたオジサンの言葉はこうでした。
「これがお前に詠んでやる最初の歌だ。さっさと大人になれよ、涼介」
どうして僕の名前を?
そう考える暇もなく、僕はとうに意識を失いました。
大人になりたい僕と、幼子に戻りたい歌詠みとの記録 速水大河 @taiga
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