第2話

ぼとりと音がしてはっとする。

目の前に雛鳥が落ちていた。いや、落ちてきた。見上げれば、鶴と思わしき立派な鳥が2羽つがいとなって飛んでいる。私は、雛鳥へと視線を戻した。その雛鳥もよたよたと起き上がり、こちらを見る。雛鳥のその目は、母鳥を見るまなざしそのものだった。

私が、この子を助ける。

考えるより先に体が動いていた。

雛鳥に手を伸ばし、抱き上げようと体の下に手を滑り込ませる。その瞬間、生ぬるいものがどろりと手先に絡みついた。

「え」

指の先は真っ赤なドロドロの血で染まっていた。雛鳥の体温が休息に失われていく。

「そんな」

文字通り血の気が引いた。雛鳥はすべてを察したかのような表情でこちらを見つめている。どうしようどうしようどうしよう。まるで失血しているのは自身かのように視界が霞んでいく。めまいがして、吐き気もした。手遅れ。その現実が胃に直接落ちて私は声にならない悲鳴を上げた。


「最近さあ、変かもしれない」

大学時代の友人、マリエとの夕食でそんな言葉がぽつりと出てきた。

マリエは食べる手をとめて、ぱちりと一回まばたきをした。

「そりゃあ、しんどいでしょ。ましろちゃんのこと、あれだけかわいがってたし」

「うん…」

「かけがえのない存在をなくしたんだから、心身に不調が出てもおかしくない」

「まあ」

「で、どう変なの?」

「夢を見る」

「悪夢?」

「悪夢だし、白昼夢」

「白昼夢?」

「つまり、」

一瞬言うか言うまいか逡巡した。

「夢か現実かわからくなることがある」

「なるほど」

マリエは頷いて、フォークを皿に置いた。

「それはやばいかもね」

「やばいよね」

マリエの目に同情の色が浮かぶ。

「寝れてる?会社行けてる?さっきからあんまり、食事も進んでないみたいだけど」

「大丈夫。多分ね」

「やだなあ、後を追うようにいなくならないでよね」

マリエの軽口に、思わず笑ってしまう。

「愛猫を追って心中かあ。それはニュースになっちゃうかもね」

「そしたら一番写りのいい写真をマスコミに提供しておくね」

「任せた」

自分の笑い声が耳に飛び込み、これは現実なのだと体が理解する。これは現実だ。ましろがいない世界で、私は笑える。笑ってもいい。


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マチルダの夢想 たれめ @tareme

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