11.夢見る頃を過ぎても……


 

 ……しゅっ しゅしゅっ しゅっ


 ……ん、なんだろう?

 

 ……えっと、たぶん、ペンさきのすべる音だ――



 ぼんやりと目をあける。

 

 まだお日さまがさしてて安心する。

 

 しろくんがつくえにすわってかきものをしてる。

 

 えっと、なんか……

「物語を届けたい人がいる」んだっけ。

 いつかてれくさそうにそう言ってたのだ。

 

 ……う~ん、やっぱり、だれかすきな人でもできちゃったのかなあ。

 だとしたら、ちょっとさみしい。

 

 ……でも、なんでだろう。

 ふしぎと、ちっとも不安にはならないんだよね。


  


 救いたいなんてもう思わない。


 ぼくができるのは感謝をつづることばかりだ。

 ぼくたちがこうしていられるのもきっと彼女のおかげで。

 だから、ただ日々の幸福な暮らしを書き紡ぐ。

 くろちゃんにはちょっと格好をつけちゃったけど、

 つまるところは単なる日記帳だった。


 でも、いつかはきっと、彼女がそこから抜け出せたらなって思う。

 そのときいったいなにが起きるのかなんてわからない。

 やっとがいっしょに過ごせるのか。

 ついにほんとうのお別れが来るのか。

 

 でも、不安にはならない。

 

 ぼくたちが、そのどちらもを受け入れられるようになったいつかそのときにこそ、きっと運命の岐路はやってくるのだろう。

 

 ……でも、それを思うのはやっぱりとてもさみしい。

 

 だから今はもう考えない。


 たとえくろちゃんがぜんぶを忘れていても、

 もう昔みたいにはつながっていなくても。

 きっとぼくたちが笑えばニーナも笑ってくれるから。

 だからぼくたちはただ日々を暮らしてゆく――。

 


 気がつくと、くろちゃんの魂がこっちに戻っていた。


 屍骸に生気が灯っていく。

 ぼくは書き物を続けながらゆったりと見守る。

 

 もうかなしい気持ちになんてならない。

 ただ、ゆるゆるとした姿が微笑ましくて。

 今もありふれた変化譚を見られるのがひたすらにうれしい。



 えっへへ~。しろくんがまたあたしのことをちらちら見てる。

 ちょっとてれるけど、やっぱりなんだかうれしい。

 

 べつにせかしてるわけじゃないってなんかわかるから。

 とってもだいじに思ってくれてるってちゃんとわかるから。

 だからこんなにあたたかいきもちになるのかなあ。

 

 すこしずつ、からだにいのちがやどってくかんじだ。

 

 なんて、ただたんにねおきがわるいだけなんだけどねえ。

 でも、なんだかしろくんのまなざしがからだにやどってくみたいだ。

 

 ――あ~っ……

 あたし、今すっごいことにきづいちゃったきがするよ?



 すっかりしゃきっとなったあたしはもうまちきれなくてこえを上げる。

「あのね、しろくん! あたしね、すっごいことにきづいちゃったよ!」

 しろくんはちょっとびっくりして、それからふうわりとわらう。


「おはよう、くろちゃん。いったい今日はどんなエキサイティングなニュースを――」

 しろくんがなんだかうさんくさ~いしゃべり方をする。

 ちょっとおかしいけど、ぶっちゃけ今は、そういうのいらなかったりしちゃうよ?

 えへっ……しろくん、ごめんね。

 あたしはくいぎみに言う。

「あのね! だれかをおもうあたたかいきもちってね、だれかのそんざいをたいせつにおもうきもちってね、ほんのすこしずつだけど、きっとその人のからだにやどっていくんだよ!」

 しろくんがまたびっくりしたようなかおをする。

 えっへへ~、こんどはなんか、いかにも心をうたれた~ってかんじだ。

 

 しろくんがそばにきて、とってもやあらかくあたまをなでてくれる。

 

 ……うん。

 やっぱりこれはよいものだ。


 すっごくここちがよくって、なんとも言えないうれしさがこみ上げる。

 


 にへら~っ、と幸せそうに笑うくろちゃんがひどくかわいい。

 ほんとうにくろちゃんの言うとおりだとしたら、ぼくは素朴にそのことをうれしく思う。

 だから、ささやかに願いを込めて言う。

「うん、そいつはすごい発見だ。くろちゃん、とってもいいことを教えてくれてありがとう」

「えっへへ~」

 くろちゃんはほこらしげに笑う。

「あと、おはようさん」

「うん、おはよう! って、もうおひるさがりなんだけどねぇ……」

「それでもいつもよりはずっと早いじゃないか、えらいぞ~」

 くろちゃんはまた心地良さそうに目を細める。

 ……たぶんこんな何気ない奇跡の陰にも、彼女の犠牲があるのだろう。

 

 せめて感謝が届けばいい。

 そんな気持ちでぼくも笑う。


 と、そこにのっそり現れるだんごまる。

「ぶっふふ……今日のお祭りが楽しみじゃのぅ……」

「……あのなあ、だんごまる」

「むぅ、どうしたんじゃ?」

 はて、と間抜け面でこちらを見やる。

 

 …………。


「……おまえはうちで留守番だろ」

「な、なに言うんとんのや!? なんでわてだけのけモンなんや!?」

 絶望と憤りにぷるぷる身を震わせるだんごまる。

 ……あいかわらず、けったいでかわいらしい生き物(?)だ。

「……べつに連れてってもいいけど、意味ないだろ?」

「…………っ」

 だんごまるは愕然とした面持ち(?)で言葉も失う。

 そしてのそのそとくろちゃんの膝元へすり登る。

 …………。

 なんともあわれなやつだった。



「よしよし、だんごまるはひとりじゃないよ」

 だんごまるのせなかをさすさすとなでる。

 だんごまるはなんでかお外に出ると「かしじょうたい」になってしまうのだ。

 ……えっと、しろくんが言うにはお外は「大人たちの世界」なんだっけ。

 よくわかんないけど、だからだんごまるはそういうふうになっちゃうみたい。

 でも、だんごまるがこれないのはちょっとさみしいけど、

 しろくんとふたりきりになれるのもいいなあ、って思っちゃうあたしがいるよ。

 ……えへっ。ごめんね、だんごまる。



「まあ、悪いな……またなんかおみやげでも買ってきてやるから」

「……うまいもんうてきてくれるんかいのぅ?」

 ちろりとこちらを見やりながら言うだんごまる。

 なんて懲りないやつなんだ……。

「……まあ、食いもんよりなんか形に残るもんでも買ってきてやるよ」

「……むぅ、思い出は形ではあるまいに?」

 面倒なやつめ……。

 というか、ただ食い意地が張ってるだけなのだろう。ぬいぐるみのくせに……。

 ぼくはただ冷ややかな目で見つめ返す。

 だんごまるはますますふて腐れてしまう。



「……ええんや、どうせわてはパチモンやさけのぅ……なんも食えへんぶざまなぬいぐるみやさけのぅ……」

 だんごまるがあたしのふとももにおでこをすりつける。

 あたしはよしよしとせなかをなでつづける。

 こうされると安心できるって、あたしはしってるのだ。

「うんうん、だんごまるもいっしょにおまつりいきたいよね。みんなでいっしょにおいしいものたべたいよねぇ」



 あいかわらず、その言葉は琴線に触れる。

 でももう取り乱すことはない。

 ただ単純に、楽しいだろうなあって憧れる。

 だんごまるを思う優しさに、しんみり心を洗われる。



 あたしはきずついただんごまるをなぐさめつづける。

 ……えへへ、でもごめんね?

 今日はしろくんとふたりきりでたっくさんたのしむのだ。

 ……しろくんはあたしが心からだんごまるのことを思ってるって思ってるかな?

 でもあたしのあたまのなかは今、今日の「デート」のことでほとんどいっぱいだよ。

 

 あのね、しろくん。

 あたしはしろくんが思ってるより、ちょっぴりだけざんこくでずるがしこいんだよ?



 ……なんだろう。今、軽くどきっとした。

 いっしゅんちらりと覗いたくろちゃんの悪戯っぽい笑顔が、なんだかとっても愛らしくて、ちょっぴりだけすてきだったのだ。

 不意ににやにやとうれしそうな声が上がる。

「ぶっふふ。あまずっぱい匂いがするのぅ、せいしゅんよのぅ……」

 まったく、いちいち大げさなやつめ……。

 ともあれ、すっかり調子の良ろしくなっただんごまるであった。




 さて、あまりのんびりばかりもしていられない。

 ぼくたちはすぐにお祭り用の薬液を調合する。



 これはじゅうだいな「しごと」なのだ。心をこめておこなうのだ。

 ……よくわかんないけど、しろくんがそう言うのであたしもいっしょけんめいにやる。


 

 妙なテンションに任せてつい適当な発破を掛けてしまったけど、工程自体はとても簡単だ。


 まずは調達しておいた薬草を鍋に入れ、とろ火でしばらく煮込む。


 十分にエキスが出たら、ぬるま湯程度の温度に冷めるまで待つ。


 それからべつの薬品を追加して完成、である。


 あとは容器に移し替え、それぞれにお小遣いを持って家を出る。

「……じゃあ、行ってくるよ」

「だんごまる! おみやげたのしみにしててね!」


 めそめそとさみしがるだんごまるを置いて、ぼくたちは意気揚々とお祭りの会場へ向かった。

 ……まあ、すまんなだんごまる! 強く生きてくれ!





    🍀




 石造りの街が、真っ赤な海に沈んでいる。



 その底をたくさんの影が揺れる。

 ちらちらと、ゆらゆらと、舞うように揺れている。


 ぼくたちもそれに混じって歩く。

 まるで海底を徘徊する微生物ぷらんくとんのように――。



 通りの両側には、たくさんの屋台が並んでいる。



「あ~っ、しろくん! りんごあめがうってるよ~!」

 さっそくくろちゃんが飛びつく。



「りんごあめ、おひとつください!」

 おっきなかげさんに、おかねをわたすよ。

 そしたら、うぞぞってうごいてりんごあめをわたしてくれる。

 ちょっときもちわるいけど、りんごあめをくれるのはいい人だ。

 あたしは心をこめておれいを言う。

「ありがとう!」

 えっへへ。あたし、ちゃんとおかいものできたよ?

 ほこらしいきもちでしろくんにせんり品をわたす。

「はい、しろくん。さきにかじって!」

「ありがとう――うん、おいしいよ。ほら、くろちゃんも」

 あえて手でうけとらず、ちょくせつかぷりとかじりつく。

 しろくんは、それをさっしてたべやすいところへもってきてくれた。

 なんか「あ~ん」してもらってるみたいだ。

 あたしはばんかんをこめて言う。

「とってもおいしいね!」

 


 かわりばんこにりんご飴をかじりながら歩く。


 ゴオゴオとセロのように響く雑踏の音――


 飛び交う声はなにひとつ理解できない。

 ただただ静謐なメロディとして、耳朶へ滑り込む。

 

 たくさんの影たちがちらちらと蠢く。

 

 ぼくたちは夕暮れに煙る海底を、ほろ酔うように歩く。



 屋台の並びはなんというか、すごい。


 焼きそばとか、ドラゴン肉(ブロイラー)の串焼きとか、

「木人が当たる!?」紐くじとか、スクラップくず鉄の叩き売りとか……

 ちょっと挙げただけでも世界がわからんカオスっぷり……。


 ……まあ、ぼくたちの見る夢なんてそんなもんだ。

  


「ねえねえしろくん! おめんやさんだよ!」

 くろちゃんがぐいっと腕を引っ張る。

「あ、見て見て! くろねこのおめんとしろいぬのおめんがあるよ!」

「ほんとだ、かわいいね」

「なんかあたしたちみたいじゃない?」

 とっても楽しそうなくろちゃん。

 ……ちょっとだけいじわるをしてやろうか。

「う~ん? どっちがどっち?」

「え~っ、そんなのきまってるよ~」

「……ま、そうだね」

 実にあっけない照れ隠しであった……。

 機嫌を損ねないうちに話を進める。

「ねえ、ついでにだんごまるの分も買ってやろっか?」

「そうだね! 三人そろっておめんをつけてあそぶの、たのしそう!」

「だよね。じゃあ、問題はあいつのお面をどれにするかだけど……」

「――あ~っ、あれ見て! だんごまるみたい!」

 突然狂喜乱舞するくろちゃん。

 脱力系のキャラクターかなにかかな? 

 とか思いながらそちらを見やる――

「うお!? ハゲづらのおっさんじゃね~か!!」

「でもでも! すっごいだんごまるみたいじゃない!?」

 くろちゃんがずずいっと詰め寄る。

 ……ぼくはつい気圧されてしまう。

「う、うん。もうだよ!」

「だよねだよね!? もうだんごまるのはあれできまりだよね!」

 …………。

 ……だんごまる、あわれなり!

「……じゃあ、みんなの分まとめて買ってくるよ」

「うん、ありがとう!」

 まあ、ダンディと言えばダンディだし(?)、おだてれば勝手に得意になるだろう、あいつは……。

 

 お面を購入して戻る。


 

「はい、くろちゃんのお面」

「ありがとう!」

 しろくんからおめんをうけとる。

 ……えっへへ~。

 さっそくすちゃっとおめんをつける。

 ごめんね、だんごまる。さきにたのしませてもらうのだ!

「あ、しろくん! あっち見て!」

 しろくんがりちぎにそっちを見てくれる。

 しばらく「ん~っ?」といっしょけんめいながめてくれる。

 そのあいだにあたしはきえる。

 くろ~いねこは不吉をよぶから、だからあたしはしろくんのまえからきえるのだ!

「……ねえ、くろちゃん。いったいなにがあるの?」

 しろくんがふりむいたころには、あたしはささ~~っとものかげにひそんでいる。

 しろくんもいぬのおめんをかぶっておはなをすんすんさせる。

 さっすがしろくん! わかってるのにゃあ!

 あたしはたのしくって、そわそわしながらいきをころす――



 そういえば、あの物語オリジナルでもいっしょにかくれんぼをしたっけな。

 ……ここへ来るずっと前にも、彼女はよく消えてしまったものだった。


 いろいろと懐かしい気持ちになりながら、くろちゃんの潜む場所へ見当をつける。

 

 ……う~ん、でも普通に見つけるだけじゃちょっと芸が足りないかな?


 ぼくはちょっとしたいじわるを思いつく――



「くろちゃ~ん、頭隠してなんとやら。しっぽが出てるよ、うにょって出てるよ~」

「うにゃ!? そんなばかにゃ!?」

 ――あ、しまった。思わずこえを上げてしまう。

「うっへへ、引っかかりおったな仔猫ちゃん」

 しろくんはみたいなこえをつくってじりじりあゆみよる。

 あたしはおおげさにこわがってみせる。

「うにゃあああ! あ、あたしのていそうがあああ!?」

「げひひひっ」

「うにゃにゃあああああ!」

「――はい、くろちゃん見~つけた」

 しろくんはあたまをふわっとなでてくれる。

 ざんねんだけど、「いぬねこかくれんぼ」のじかんはもうおわってしまった。


 ……でも、やっぱりだ。

 

 こうやってかんたんに見つけられることが、なんだかうれしい。

 こんなふうに見つけてもらえるのって、すっごくうれしい。



 にへら~っと笑うくろちゃんは、やっぱりひどく愛おしかった――。


 

 そんな馬鹿騒ぎをしているうちにすっかり夜が来て。


 海底の街はまるでべつの様相へと変化を遂げる。

 

 ぼうぼうと、ひとつずつ灯っていくランタンの暖かなともし火――


 セカイは、正しく影絵芝居のようにまたたいていた。



 さて、お祭りはここからが本番だ。


 ぼくたちは屋台ひしめく通りから、曲がりくねった路地へと入る。

 すぐに古めかしい区画へと至り、そのうつくしさに心を奪われる。

 

 年月としつきに黒ずんだ石レンガ、亀裂だらけの石畳、回らなくなった時計塔、見棄てられた教会跡―― 


 そんなかなしげなすべてを、ランタンの炎がぼんやりと包んでいる。


 ぼくたちはそのなかをふわふわと歩く。

 迷路みたいに入り組んだ路地を自由気ままに歩く。


 辺りには、地面へ物を並べる露天商が点在する。


 ときどき冷やかしながら、くろちゃんと歩く。


 ……しかしね、くろちゃんや。

 媚薬とか、ほれ薬とか、そういうものにやたらと興味を持つのはどうしてかな?



 とか思っていると、くろちゃんが急に真剣な顔になって立ち止まる――



 あたしはぴ~んときた。

 びびびっとくるちょっかんだ。

 これはぜったいによいものだ。

 きっとだんごまるがよろこんでくれる!


 ぐいぐいとしろくんのうでをひっぱって、じっくりとあらためる。

「どうしたんだい、くろちゃん? そんなに真剣に――あ、そうか!」

 しろくんもやっときづいたみたいだ。

「ね! これがあればきっとだんごまるも!」

「うん! いっしょに――」

 

 ぼくたちはいっしょになって喜ぶ。

 露天商が怪訝そうに首を傾げる。

 その商品はワケありのマジックアイテム――

 出来損ないミニチュアのアイテムポーチだった。


 えっと、なんかそざいのきれはしをつかって、しゅぎょう中の人が、れんしゅうようにつくったものなんだって。

 とってもちいさいのに、お口よりはばのあるものは入れられないし、ようりょうもぜんぜんないみたい。

 だから、子どもがあそんだり、手品につかったり、せいぜいちょっとしたべんり品くらいにしかつかえないんだって。

 ……て、言ってもやっぱりけっこうおたかいみたい。


 余分に持ってきたつもりだけど、足りるかどうかは微妙なところだ。

 互いになけなしのお小遣いを突き合わせ、金額を数えていく。

 いち、にぃ、さん、しぃ……


「――やったあ! たりたね!」

 なんとかぎりぎりでかえるみたい。

 よかったね、だんごまる。

 これからは三人でいっしょにごはんがたべられるよ!


 ぼくたちはほくほくになって歩く。

 影絵芝居の迷路を、踊るみたいに歩く。


 他にはりんご飴とお面しか買ってないけれど、それでもぼくたちは大満足だった。


 ……まあ、いっしょに食べられるって言っても、気分だけなんだけど。

 あいつの存在しない口元に例のものをなにかしらで貼っつけて

(あ~、お面でもいいな。そのほうが取り外しが楽であいつの生地にも負担がないだろうし)

 でもって、そこに食べ物をぱくぱく放り込むって算段だ。


 ……う~ん、しっかし一度放り込んだものの処理はどうしよう? ぼくがあとでもらうとして、あのおっさんの口から出たものを食べるのか……。


 なんてちょっぴりげんなりしつつも、やっぱり心はほくほくなのだった。



 それからあたしたちは、ぐるぐるぐるぐるめいろのなかをあるいた。

 どうあるいたのかもわかんないくらい、ふたりできままにあるいた。

 どこもかしこもランタンのあかりがあったかくて、これからのことを思うととってもたのしくって、

 でも、やっぱりふたりきりのじかんもうれしくって、あたしはもうだった。

 

 そうやって、きがつくとひろばまで出ていたのだ。



 巨大なキャンプファイヤーを囲んで、たくさんの影が踊っている。


 ゴオゴオと燃え盛る炎に照らされ、ちらちらと影絵たちが揺らめく。

 響きわたる音楽は、億百の鐘の鳴るように荘厳だ。


「なんだか、とってもうつくしいね」

 くろちゃんがちょっぴりさみしそうに言う。

「そうだね。でも、やっぱりちょっとかなしいかな」

「うん、それになんだかこわいよ」

 無理もない。ぼくだってそうだから。

 ひしめき合う影たちは、じりじりと炎にかれながら、すこしずつ煙になって闇夜の向こうへ溶けてゆく。

 ……でも、安心していいのかもしれない。

 みんな最後までなくなりはしないみたいだ。

 

 ぼくはぽそりと呟いた。


「いつか、いっしょに混ざって踊れたらいいね」

 

 ぼくたちはその光景を食い入るように眺め続けた――。


 

 うつくしくて、かなしくて、なんだかこわいおどりがおわる。

 なんでだろう? 目をはなせなかった。あこがれた?

 しろくんのあのことばが、みょうにいんしょうにのこっている。

 

 ……ぼんやりしてると、しろくんがとつぜんようきなこえを上げる。 


「さあ、お待ちかねの時間だよ!」

 あ、そうだった。これからが今日のメインイベントだ。

 あたしもきをとりなおす。

 せっかくだもん。せいいっぱいたのしまなくっちゃ!


 広場で踊っていた影たちも、ぞろぞろと思い思いに散ってゆく。

 単に帰ろうとしているんじゃない。

 きっと、それぞれの場所で、それぞれのタイミングで、今日のためのシャボンを吹くのだ。


 あたしたちはまためいろへもどる。

 だんごまるのためのお口をかったところは、あたしたちの思い出のばしょだ。すてきなみらいにつながるばしょだ。

 ふたりでどうにかこうにかたどりつく。

 

 つくってきたえきたいにはまほうがこもっている。

 あたしたちはそれをふく。

 ひとりにたったひとつだけ、おっきなシャボンを――


 ――それはぼくたちひとりひとりの心だ。

 

 感謝を込める。

 想いを込める。


 シャボンがぷわわあっと膨らんで離れる。

 くるくるまわりながら、しばらくぼんやりと漂う。


 たくさんのランタンの光を吸い込んで、

 やがてつよく暖かい輝きを纏う。


 そうして、それらは揺られながらも、高く高くへ昇ってゆく――


 おそらにはもうたっくさんのまあるいひかりがのぼっていた。

 そのけしきは、いつかえほんで見たどんなうつくしいけしきよりも、ずっとずっときれいだった。



 ――いったい、それらは空のずっと向こうまで、届くだろうか? 

 

 

 ぼくたちはその光景を、ひどく幸福な気持ちで眺めていた。





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