キョウシュウエリア・アフター

@Revan_c

ろっじ・あふたー

[001]


 『ろっじ・ありつか』。


 使われていない『ろっじ』を見つけたのが始まりでした。その当時は、作られてから結構経っていたのでしょうか、あちこちボロボロで、とても棲めるような環境ではありませんでした。だからまず、私はロッジの修復から始めなくてはならなかったのです。


 勿論、私一人では難しいので、こういう『いぶつ』?に詳しいハカセたちにも手伝って頂きました。お陰で、この『ろっじ』に棲めるようになりました。


 けれど、最初は、どうして私はこの『ろっじ』に惹かれたのだろう? と思ったこともありました。私、汚部屋が堪らなく大好きで、こんなに沢山のお部屋があるこの場所は、私の住処に最適だと思いましたが、けれどどうしても持て余してしまうのです。分不相応、というやつです。


 私もフレンズですから、どうしてもよく寝床にするお部屋と、あまり使わないお部屋が出来てしまいます。それはとても勿体無いと思いました。どれもこれもいいお部屋なのに、使われずに放られるのは、忍びない。


 じゃあどうしよう? 考えました。


 何度も何度も考えていると、ふと、元々ここはどういう場所だったのか、が気になりはじめました。家なのは間違いありませんが、こんな大きな家、本当に一人だけが住んでいたのでしょうか?


 と、ここで気付いたのです。



「ああ――ここって、大勢のフレンズが住んでた家なんだ」



 間違いないという確信がありました。そう、一人で済むのでは持て余す、ならみんなで住めばいいんだ。元々、私たちアリツカゲラは小さな群れを作って暮らす動物でしたし。


 そうと決まれば、後はひたすらにお客さんが来るのを待ちました。毎日掃除をして、いつ誰がやって来てもいいように。


 ――最初のお客さんがやって来たのは、それからすぐでした。思ったよりもこの場所は需要があったようで、お部屋が全て埋まる、なんてことはなくとも、何日かに何人かはお客さんがやって来てくれました。とても嬉しかったです。


 『ろっじ・ありつか』という名前は、その時にやって来た何人かのフレンズさんに、名前を付けてみたらどうだろうかと提案されて付けた名前です。私の名前をそのまま付けましたけれど、でも、私にとっての蟻塚のように、お客さんに快適に過ごしてもらいたい、という願いも込めています。



 ……と、まあ。こうして、『ろっじ・ありつか』は出来上がったのです。変わらぬご愛顧、感謝します。


 


[002]


「成る程ね……。君がこの『ろっじ』を始めたのは、そういう経緯からだったのか」



 私の話(しゅざい?)を聞き終えて、タイリクオオカミさんは頷きました。


 ――その日は雨が降っていました。ついさっき雨が降り出したのです。お部屋『しっとり』は勿論のこと、『ろっじ』全体がじめじめしていて、薄暗かったです。


 タイリクオオカミさんは、『ろっじ・ありつか』の常連さんです。殆ど毎日ここへやって来て、原稿を描いています(作家さんなのです)。そんなオオカミさんが、不意にこの『ろっじ』と私の馴れ初めを聞いてきたので、こうしてお話ししていました。



「確かに、こんなに沢山部屋があると、どうやっても持て余してしまうよね。私なんかは、静かで落ち着く部屋――まさに今居るこの部屋だ――にばかり閉じ篭もっちゃうし。選択肢が少ないのは不便だけれど、多くてもまた、困りものだね」


「ですね……でも、結果としてこんな天職に付けたのですから、今は困るどころか、有り難さを覚えています」


「天職。天職か。うん、自分のやりたいことをやれるのは、とても良いことだよ。私も作家を始めてそこそこだけど、こうして取材しながら漫画を描くというのは楽しい――でも、それはこの『ろっじ』あっての事なんだろうね。ここくらい創作に良い環境は他に知らない」


「そうですか? ふふ、そう言って頂けると嬉しいですねえ! ジャパリまんをもっと差し入れしたくなります」


「いやいや。ジャパリまんも、いいけど……ね」


 オオカミさんは微笑んで、私の後ろのドアを目で合図しました。


「あぁ。なるほど」


「最近はここに居るだけで、どんどん良いネタがやってくる」


 タイミングを合わせたかのように、ばーん!! と、大きな音を立ててドアが開きました(傷むのでやめてほしいです……)。汗をかいてそこに居たのは、オオカミさんのファン、アミメキリンさんです。


「じ、事件よ!! 難事件、いや怪事件よ!!」


「やあ、アミメ」


「いらっしゃいませ〜」


「アリツさん! お邪魔するわ――じゃなくてっ!! センセイ!! 事件ですよ! 大事件です!」


「どうしたんだい? そんな血相変えて……うん、それはそれで良い顔だね。いただき」


「キリンさん、落ち着いて下さい……どうどう」


「え、ええ。落ち着くわ……ふー」


「ジャパリまんでも食べますか?」


「食べるわっ」


「じゃあ持って来ますね〜」



 アミメキリンさんは、オオカミさんが描いているまんが【ホラー探偵ギロギロ】のファンで、オオカミさんがここに居るときは、最近必ず来てくれます。常連さんが増えて、嬉しいです〜。


 ジャパリまんと言えば、ちょっと前に大発明があったんですよ! へいげんちほーのライオンさん発案なんですけれど、ジャパリまんにカレー(ハカセたちが言うところの『りょうり』というものです。とっても辛いのですが、それがどこかやみつきになってしまう不思議な食べ物です)を付けると凄く美味しかったんです。『ろっじ』の新メニューにしようと思ったのですが……『ひ』を扱うので、ちょっと難しいです……。


 『かばんさん』が海の向こうに行ってしまった今となっては、『ひ』を扱えるフレンズはヒグマさん以外知りません。でも、ヒグマさんはセルリアンハンターで忙しいので、頼む訳にもいかないんですよね〜。悩みどころです。


 なんとかして『ひ』を扱う方法はないのでしょうか……カレー作りたいなあ。れしぴはちゃんと教えてもらったのに。



「あ、窓開いてる」


 閉め忘れていたのでしょうか、窓が一箇所開いていました。雨の日は窓を閉めておかないと、雨が建物の中に入って来ちゃうんです。私は窓に近付きました。すると。


「きゃっ!?」


 そ、外から何かぶつかってきましたよ!? 方向感覚を失ったフレンズさん――じゃないです。これは、腐った木の実でしょうか? なんでそんなものが……。


「キキキッ!!」


「!」


 今度はフレンズさんです。楽しそうな笑い声が聞こえていますが、窓の外には誰もいません。空を飛ぶタイプのフレンズさんでしょうか?(私も空を飛ぶタイプなんですよ)


 窓から顔を出して探ってみても何処にも見えません。フレンズさんどころか、セルリアンも見えません(見えるところに居たなら、それはもう大惨事なのですが)。


「誰ですかー? 出て来てくださーい」


 呼びかけました。すると、


「キキキッ!!」


 また笑い声が聞こえてきました。結構近くから聞こえます。


「……窓の外――壁に張り付いてるとか」


 大きく身を乗り出して壁を確認してみましたが、やっぱり居ません。どういうことなのでしょうか?


「おかしいな……」


「キッキッキ! 本当におかしいな! こんなに近くに居るのに気付かないなんて!」


「え?」


「後ろを向いてみてよっ」


「後ろ? ――ひゃああぁぁぁっ!!?」


「キッキッキッキ!! イタズラ、だーいせーいこー!」


 どうしてか、今まで全く気付きませんでした――ですが納得です。近くから声が聞こえてきたのは、そのまんま近くに居たから――正確に言えば、近くどころか、真後ろに居たから。


 いつの間に後ろに……何度か後ろを見た筈でしたが。


「キキキッ、その度に死角に隠れてたんだ――私、足を動かすの得意だからな!」


「びっくりしましたよっ! ……貴女、何のフレンズさんですか?」


「私はナミチスイコウモリ。雨が降ってきたもんだから、ここに避難してきたんだ。ちょっと居させてもらっていいかー?」


「はい、それは勿論。……え? じゃあさっきのはなんだったんですか?」


「だーかーらー! イタズラだよ、イタズラー! イタズラ大好き! 驚いている姿を見ると、たまらなく楽しいんだよっ」


「ああ、そういう……」


 どことなく、オオカミさんと気が合いそうな方です。オオカミさんが好きなのは、怖がっている表情みたいですけれど。


「じゃあ、お泊まりなさるんですね。お部屋、どこにしますか? 案内しましょう」


「待った! ……熱源がある」


「?」


 ねつげん?


「……2つはここから近い部屋にあるな。他にもフレンズが居るのか?」


「凄いですね! 分かるんですか?」


「私は音じゃなく、熱で獲物を探すんだ。近くに居れば、探知できる――キッキッキ! 私、その部屋行きたいなー! イタズラしたい」


「正直ですね!!」


 でも、どうせなので連れて行ってあげることにしました。イタズラが好きとは言っても、あんまり悪い人には見えませんから。


 あっ、ジャパリまん……取り行くの忘れてました。後でまた取りに行きましょう。



 オオカミさんのお部屋に戻って来ました。


「失礼します――」


「お、来たね」


「アリツさん! この『ろっじ』は危険よ! 今すぐに調査しないと……」


「えっ? えっ?」


 いきなりキリンさんが駆け寄って来ました。……『ろっじ』が危険?


「なんだなんだー?」


「あ、あの、どういうことですか? さっぱり分からないんですけど……」


「そ、そうね! まだ説明してなかった――いい、よく聞いてね」


「は、はい」


 キリンさんは大きく息を吸い込んで、言い放ちました。



「この『ろっじ』には、モンスターが居るのですっ!!」




[003]


「も、モンスター?」


 キリンさんがあまりに突飛なことを言うので、思わず声が上ずってしまいました。


 モンスター?


「なんだそれっ!? なんだそれっ!? ちょー面白そうな話だな!? 聞かせろ聞かせろっ!」


 コウモリさんはとても興味を持たれたようで、興奮気味に羽をばたばたさせています。


 勿論、私も興味があります。『ろっじ』のオーナーとして、危ないことは見逃せませんからね。


「ええ、話すわ! ……いい? これは、私が『ろっじ』の中を歩き回っていた時の話よ」


「むきょかしんにゅーか?」


「ひ、人聞きの悪いこと言わないで!? た、探偵としては? 実地調査、現場捜査は基本中の基本だし!」


「探偵? お前がかー?」


「そうよ!」


 キリンさんはジャパリまんを持って、びしっ! とポーズをとりました。


「私は名探偵アミメキリン! どんな容疑者だろうと、私の目は誤魔化せないわっ! 取っ捕まえて、ぺちんぺちんの刑よ!」


「名探偵……?」


「見るからに疑ってるわね……いいわ! じゃあ小手調べに、貴女の正体を推理してあげる! むむむ……」


「な、なんだよう」


 じー……っと、コウモリさんを見つめるキリンさん。オオカミさんは楽しそうに、その光景をすけっちしています。


「……分かったわ!」


 キリンさんが手を顎にやりました。


「その大きな耳、黒い羽、そしてぴょんぴょん跳ねる仕草――間違いないわ! 貴女は、ウサギねっ!!」


「キキッ、全然違うぞー!」


「なっ!?」


「私はナミチスイコウモリだ! どこをどう見たらウサギに見えるんだよっ!」


「そんな馬鹿な……!? だってウサギって一羽二羽って数えるでしょう!? それがフレンズ化したときに、こう、なんかなったんじゃないの!?」


「私の羽は動物だった頃からあるちゃんとした羽だぞ! キキキッ、お前、へっぽこ探偵だな!」


「へ、へ、へっぽこ!!!」


「ふ、二人とも、それくらいにして、落ち着きましょう! オオカミさんも、何とか言ってください!」


「ふふふ……良いネタ頂きました。ありがとう」


「そういうことじゃなくてっ!?」



 ――それはさておき。


「ふー……脱線しちゃったわね。ま、まあ、とにかく! 私、ここの中を歩き回っていたの。何か事件があるかもと思ってね――探偵のカンってヤツ」


「探偵……キキッ」


「くっ……後で貴女とはきっちり話し合わなくちゃいけなさそうね――それで、色んな部屋を回っていたのよ。『ふわふわ』『みはらし』……それから『しっとり』」


 ここで注釈を入れておきますと、『ふわふわ』はハンモックのあるお部屋。まるで宙に浮いているかのような寝心地が鳥のフレンズさんたちに人気なんです。『みはらし』は外の風景が一望できるお部屋。あそこから見る景色は最っ高なんですよね〜。『しっとり』は薄暗い洞窟のようなお部屋。じめじめしていて、水生のフレンズさんや暗い所を好むフレンズさん向けです。


「この『しっとり』で事件が起きたの! なんとなしにその部屋に近付いてみたら……この世のものとは思えない、恐ろしい唸り声が聴こえたのよ!」


「う、唸り声、ですか?」


「そうよ! けれど、まるで助けを求めるかのような叫び声というか、なんというか――うあぁ……思い出すだけで寒気がしてきたわ」


「そ、それが本当なら怖いな」


「誰か居たのでしょうか? でも、助けを求めるかのような声、だなんて」


 ぞっとする話です。いえ、確かに怖いのですが、もしもそれが本当に助けを求める声なら、とても放ってはおけません。もしかしたら、お部屋が崩れて、生き埋めになってしまったのかも……そんなフレンズさんのことを考えると、本当にぞっとします。


「果たして、それは本当にフレンズなのかな? ……実は、こんな話を聞いたことがある」


 今度はオオカミさんが話し始めました。あっ、でもこれは……。


「知っているかな……セルリアンにも実は住処の好みがあって、じめじめとしたところが好きなセルリアンも居るらしいんだ。そのセルリアンを見てしまったが最後――元の動物の鳴き声しか出せなくなるんだ。そうなったら、もうそのフレンズは誰とも喋ることが出来ず、嘆き、叫ぶも虚しく、セルリアンの餌食となり――!」


「怖い怖い怖い怖いー!!」


「ほ、本当なのかー!? 本当だったら怖いぞ!」


「――なんてね。冗談だよ、いい顔頂きました」


 やっぱり……。オオカミさん、怖い冗談が大好きなんです。慣れてきましたけれど、それでもちょっと信じてしまいそうになります。


「センセイ、怖いですよー!!」


「イ、イタズラは私の得意技なんだぞー! せんばいとっきょなんだぞーっ!!」


「ふふふ、ゴメンゴメン。こういう話を聞くと、つい、語りたくなっちゃうね」


「冗談ならまだ良いんですけど……もしも本当にセルリアンだったら、どうしましょう」


「その時はハンターを呼ぶべきだと思うよ。下手に干渉して暴れさせるのは良くない」


「でもセンセイ、野生解放したらすっごく強かったですよね! いけますよきっと!」


「んー……あれはジャガーとコンビを組んでたからだよ。オオカミは基本、ペアで狩りをする。こう見えても私は一匹狼じゃあないんだよ?」


「だったら私も手伝うぞ。イタズラも好きだがお手伝いも好きだからな!」


「わ、私だって役に立てるんだから! 私も手伝いますっ!」


「お、落ち着いて、落ち着いて下さい、皆さん!」


 段々と白熱しつつあったので、ここらで鎮めておかないといけません。興奮し過ぎるのは体に良くありませんし、安眠妨害にも繋がります。


 ……なんだか、『かばんさん』たちが来た時を思い出します。あの事件は解決しましたけれど、そう言えば、結局あの絵?はなんだったのでしょうか。オオカミさんの言う通り、ボスが時間ごと飲み込んでいた、ということでいいのでしょうか。


「とりあえず……まずは見に行くだけにしましょう。戦うとか、そういうのはまた後で」


 セルリアンでないことを祈ります。かと言ってフレンズさんでも困ります。キリンさんには、ちょっと悪いですけれど――キリンさんの気の所為でありますように。




【ナミチスイコウモリについて】


学名 : Desmodus rotundus

綱目科 : 哺乳綱コウモリ目チスイコウモリ科チスイコウモリ属ナミチスイコウモリ

保全状況 : LC


『吸血蝙蝠』と言えばまさにこのナミチスイコウモリです。血を好み、鋭い牙で獲物の皮膚を切り裂き、垂れてきた血を飲みます。この牙は鋭すぎるので傷付けられた相手は、傷付けられたことに気付きません。ナミチスイコウモリは地上を歩くことに長けていて、獲物に近づく際は歩いて忍び寄るといいます。また、利他行為をするという特徴もあり、社会性の高さは特筆すべきものがあります。


(じゃぱりとしょかん みみちゃんじょしゅ)




[004]


 と言うわけで、やって来ました、お部屋『しっとり』。一体何が待っているのでしょうと、どことなく軽い感じで思っていましたが、お部屋の前に来るなり――



「――う う ―― う う う ぅ ぅぅぅぅ――」



「きゃあぁぁぁーーーっ!!!」


「ぎゃあぁぁぁーーーっ!!!」


「あ、あわわ、あわわわわ!!」


「ほ、ほう……これは……」


 ――いきなり声が。想像以上の呻き声っぷりに慌てふためく私たち。


「す、凄いぞ!? なんだこの感覚……この中に何か居るのは分かるけど、でも、フレンズ一人分なんて熱量じゃないよ!? 何人いるんだ!?」


「な、何人も閉じ込められているのですか!? 或いは生き埋めになって――大惨事ですよ!?」


「じゃあこの悲鳴は、何人ものフレンズが発した悲嘆の声が洞窟内で反響したものか――やはり黄色いセルリアンがこの奥に……!」


「「こわーい!!」」


「ただでさえ混乱した状況なのに更に引っ掻き回すのはやめましょう!?」


「それもそうだね、自重しようか(いい顔いただき)」


 まさか、本当だったとは……いえ、キリンさんは推理を間違えても嘘をつくことはないので、気の所為だつたらいいな、程度に思っていました。


 苦しそうな声です……なんとかして助けださくてはなりません。でもどうやって……。いえ、そもそもどうして、今になってこんな声が……?


「こ、こ、怖いけど、潜入するしかないようね……! 事件を迷宮入りさせる訳にはいかないわっ!」


「うぅ……でも、なんとかしないと、ここに棲めないからな」


「へえ? 君、ここに棲むの?」


「ああ。けっこー居心地良さそうなとこだと思ったよ――棲むっていうか、泊まるだけだけどなー!」


 ふむふむ。どうやら図らずもコウモリさんのお部屋が決まったようです。それならますますどうにかしないといけません。こんな声が聞こえていては、ぐっすり眠ることなんて出来ないでしょう。


 お部屋へ突入!



「う う う ぅ ぅ ぅ ――」



 やっぱり呻き声が聞こえます。そんなに奥が深い部屋ではなかったので、すぐに奥まで辿り着きました。


 けれど、奥にはセルリアンどころか、フレンズさんの姿も見当たりません。お部屋が壊れた形跡もありませんし――けれども、声は確かに聞こえます。


「姿が見えず、声だけが聞こえる……ホラーだねえ」


「言ってる場合ですか……でも、本当にどうしましょう」


「コウモリ、貴女のイタズラだったのね! 私には分かるわ!」


「違うぞー! ぬれぎぬだぞ!」


「コウモリさん、確かにここに何か居るんですか?」


「間違いないぞ。おまえ達の他に、どでかいのがすぐ近くにある――でも、反応が大きすぎて特定出来ないんだ!!」


「大きすぎる反応……冗談でもなんでもなく、セルリアンを警戒したほうがいいね。逃げる体制も整えておくべきだ」


 普通の大きさのセルリアンなら良いのですが、それだと『大きすぎる反応』ではない筈。もしかすると、以前私たちが戦った、あの黒いセルリアン並みの大きさなのかも――でも、セルリアンが悲鳴をあげるものでしょうか? そもそも鳴き声なんて――ああいや、黒いセルリアンは鳴いていましたっけ――うーん……分かりません。さっぱり分かりません。


「アリツカゲラ。もしもの時は、私の爪でこの洞窟を破壊する。セルリアンを生き埋めにする。……本当にどうしようもない時の最終手段として、許してくれるかい」


「それは――はい。勿論です、オオカミさん」


 お部屋を壊すというのは、私にとって、非常に耐え難いこと――ですけれど、それ以上に、お客さんがセルリアンに食べられるというのはもっと嫌なことです。それに比べれば、お部屋の1つくらい。でも……


「それをされると困るんだが……セルリアンじゃなきゃいいなー」


 ……コウモリさん、このお部屋が気に入ったようですし、正直なところ、最終手段としてもお部屋を壊すというのは抵抗があるのですが。


「にしても、どこなのかしら? コウモリの言う通り、沢山いるか物凄く大きいか、なんだったら、体の一部でも見えてておかしくないと思うんだけど」


「しかし、壁にはそういうのが見当たらない」


「感知がめちゃめちゃになってるから、分からないぞー!」


「私から見ても、そういうのは全く――」


 ――と。


 ここで、一つ可能性を思いつきました。


 最初に私は、フレンズさんが生き埋めになっているということを考えました。けれども、奥まで来て、外から見てみれば何も変わっていないことに気付き、コウモリさんの証言もあって、いつの間にか生き埋めという可能性を消していました。



 けれど、もしも、生き埋めだったなら?


 体の一部が見えているとしたら、その場合は壁ではなく――



「コウモリさん。熱がすぐ近くにあるといいましたけれど――それって、上寄りですか? 下寄りですか? 何となくでいいので、分かりませんか?」


「え? んー、それくらいなら……ギリギリ……そうだな…………下寄り?」


「! ありがとうございます――オオカミさん! この辺の地面を掘ってみてくれませんか?」


「地面を掘る? ……ほう。何か気付いたんだね?」


「そんな!? 私、まだ何も分からないんだけど!?」


「もしかしたら、ですけど――お願い出来ますか」


「ふふ、地面を掘るなんていつ以来だろうな。とは言えただ掘るだけでは、土のようにはいかないだろうね――野生部分を解放するとしようか!」


 オオカミさんの目が光りました。野生解放のしるしです。


 オオカミさんは地面を掘る――というよりは、その鋭い爪で削り取っていきます。私たちは掘る力がないので、オオカミさんが削った跡のカケラや石を外に運び出していきました。



 こんな作業を始めてから、恐らく、十数分後。


「!! 見えた――見えたぞ!! 手だ!! フレンズの手が――!!」


「!!」


「じゃ、じゃあ! みんなで引っ張りあげましょう!」


「おー!」


「よし、もうちょっと掘ろう――」


 確かに、掘られた地面からはフレンズさんの手が突き出していました。ぴくぴくと動いていますから、まだ生きています!


 作業は、キリンさん、コウモリさん、私は手を、腕を引っ張り、オオカミさんは周りを削っていくものに変わりました。


 そして、ついに。


「「「えーい!!」」」


「うぎゃーーーっ!!」


「っ!! 抜けた!」


 地面からフレンズさんを引っこ抜くことに成功したのです! その反動で私たちは倒れてしまい、フレンズさんは引っ張られた勢いで宙を飛び、地面に落ちました。


「やったわー!!」


「やったぞー!!」


「だ、大丈夫ですか!?」



 ——埋まっていたのは、羽のある黒いフレンズさんでした。痛そうに呻きながら、咽せたのか咳をしています。


「けほっ! けほっ! けほっ! ――うぅぅ……い、今は朝か、昼か、夜か。分からぬ、まるで分からぬ……けほけほっ!!」




[005]


「ふぅ……うむ、感謝する。あのままでは、余は身動きの取れぬまま一生を終えるところであった」


 暗いのは良いのだが、湿っぽいとどうも力が出なくてな――黒いフレンズさんが言いました。


「申し遅れた。余の名はヤタガラス。時に太陽の化身とも呼ばれるな」


 ヤタガラスさん。聞いたことのない名前のフレンズさんですね。


「太陽のけしん?」


「うむ、化身だ」


「どういう意味なんだ?」


「私にもわかりません……」


「つまり、太陽のフレンズってことね!」


「規模が大きすぎる!?」


「ぬう。化身と言うのはだな……えっと、一言で言うのは難しいのだが――と、とにかく、余は太陽みたいなフレンズ、ということだ!」


「太陽みたいなフレンズ!」


「すごーい!」


 太陽みたいな……ですか。けしんというのがどういう物なのかさっぱり分かりませんし、どういう風に太陽みたいなのかもまるで分かりませんけれども。


「なるほど。だから君には羽があるのか。太陽は空を飛んでいるから」


「そういうこと……なのか? う、うむ。そういうことだろう。いや、そういうことなのだ!」


「さすがセンセイ! 名探偵ですね!」


「お前と違ってなー」


「コウモリさん、後でたいほ決定ね」


「ひどいぞー!」


「でも、ヤタガラスさんはどうして埋まっていたのですか?」


「ああ、それはな……」


 うーん、とヤタガラスさんは腕を組んで考え始めました。ご自分でも分かっていない様子ですね。



 ……苦手ですけど、ちょっと私も『すいり』してみましょう。


 まず、ヤタガラスさんが最初に発見されたのはお部屋『しっとり』。ヤタガラスさんは、暗いところは平気と言っていましたから、多分夜行性のフレンズさん、だと思います。このお部屋は夜行性のフレンズさんにも人気ですから、ヤタガラスさんが自分から入って来た――のかも? ああいえ、でも、ヤタガラスさんは湿った場所が苦手なようですし、自分からと言う訳ではないのかも?


 じゃあ、つまり、どういうことなのでしょう?


 さっぱり分かりません!



「いいえ、分かりましたよ!」



「「「「!?」」」」


 アミメキリンさんが手を挙げました。え? いやいやまさか。


「本当に分かったのかー?」


「この名探偵アミメキリンに、間違いなんてないわ!」


「面白そうだね。一応聞こうか」


「はい! ……結論から言うと、ヤタガラスさん! 貴女は、最初からこの部屋に居たのです!!」


「……むぅ……?」


「どういうことですか? キリンさん」


「最初というのはつまり! この洞窟が出来た頃からここにずっと居たのです!」


「えっ……」


 それは、ちょっと、無理があるのでは。


「ヤタガラスさんは、元々ここで冬眠していました。ですが、眠っていることにまるで気付かれずに、この建物が作られたのです! その場所がたまたまこの洞窟で――ヤタガラスさんの影が薄かったための、可哀想な理由だったのです!!」


「影が薄い!?」


「キキキッ、無理がある『すいり』だなー!」


「幾ら何でも、気付かれると思うんですが……」


「作られたのが夜なら!? ヤタガラスさんは黒くて夜は見えにくい! 夜目の利かないフレンズが作ったのならありえますっ!!」


「……確かに、暗いと見えないかもしれないね」


「あれ、もしかしてこれ、正解なのでは……?」


「え? 正解なのか? キリンのくせに?」


「でしょう!? ふふ、凄いわ……私の名探偵としての才能が怖くなるわね。さすが名探偵だわ!」


「ふむ……確かに、今までの記憶はところどころ怪しい。自分のことながら冬眠するかどうかは分からぬが、そうとしか考えられまい」


 ヤタガラスさんは頷きました。納得した、かどうかは微妙ですけれど、それしか考えられない、といった風な頷き具合です。 


 でも筋は通っています。ヤタガラスさんが自分からここに入る理由はないのですから、そう考えると、確かに元々ここに居た、というのは自然です。もし本当に冬眠するフレンズさんだったなら、きっと正解に違いありません。



 ……あれ?



「あ、ちょっと思ったのですが――それだと、物凄く長い間眠っていたことになりませんか? 冬眠どころじゃなく……この『ろっじ』、そこそこ古めですし」


「…………」

「…………」

「…………」

「そうなのかー?」


 あっ。


 ……どうやら、また『すいり』は降り出しに戻ってしまったようです。




[006]


 ごじつだん。


 結局、ヤタガラスさんがどうしてあそこに埋まっていたのかは分からずじまいでした。キリンさん風に言うなら、『めいきゅういり』というやつです。


「まあ、余がどうして埋まっていたかなど、今となってはどーでもいいことだがな。こうして生きているのだ、それで良い、それで良いのだ」


 とのこと。ヤタガラスさん自身、あまり気にしていないようです。


 お部屋『しっとり』は、ちょっと前とは大きく変わってしまいました。地面がすっかり抉れてしまい、壊れることはなかったものの、私としては複雑な気持ちです。


「あんまり私には関係ないけどな。どーせ天井にぶら下がって寝るし……寧ろ起伏が出来て、良い運動になりそうじゃないか? キキキッ!」


 とのこと。あれからコウモリさんは何度も泊まりに来てくれるようになり、すっかり常連さんの一人です。その分、イタズラに悩まされちゃいますけれど。


 そう言えば、ヤタガラスさんはここに棲むようになったんです! お泊まりじゃないですよ。


「余が覚えていることは少ない。けれど、やるべきことは覚えている――みなを良き未来へと導くことだ。うぬらは余の恩人。喜んで力を貸そう」


「わあ、ありがたいです! 良いんですか?」


「良いとも。まあ、出来ることといえば火を扱うことくらいであるが――」


「!!?」


「!!?」


 ――はい。なんと驚くべきことに、ヤタガラスさんは火を使うことが出来るのです! お陰様で、ついにカレーを作ることが出来るようになったのです! 嬉しいです!


「火を使う、か。私にはとても想像出来ないが――しかし、ますます気になる。ヤタガラス、君はいったいどういう動物だったんだろうね?」


 現実の方がミステリーだねえ――と、オオカミさんはたのしそうに言っていました。きっとヤタガラスさんはオオカミさんの質問攻めにあったことでしょう。


「はぁ……今回の事件、ちゃんと解決したけど――あれね。当然私が名探偵であることは疑いようのない事実だけど、まだまだ修行が足りないのを感じたわ。コウモリに散々バカにされたけど、必ず見返してやるわ! 差し当たってはまず事件を探さないと……」


 キリンさんは、なんだかよく分かりませんが、そんな本末転倒っぽいことを言っていました。でも楽しそうなのはいいことです。


 私は、特に何の変わりもありません。もっとこの『ろっじ』を良いものにしたい、と言う気持ちは、ずっと変わっていませんから。なので、ここ最近は料理を洗練させることに集中しています。出来る限り短時間で、美味しいものを提供できるようになれば、もっとお客さんに喜んでもらえると思いませんか? ……勿論、お部屋の改良も『ボス』の力を借りてやっていますよ~。ふふふ。


 ——おっと。なんてことを思い出していると、お客さんがやって来るんです。さて、このフレンズさんにはどのお部屋がお似合いなのでしょうか。幸いお部屋は沢山あるので、必ずお気に召すお部屋が見つかることでしょう。私が、自信をもって保証します。


 だから私はこう言うのです——お客さんと、そしてこの『ろっじ』そのものへの敬意を込めて。



「いらっしゃいませ! ロッジ・アリツカへようこそ!」




【ヤタガラスについて】


学名 : ×

綱目科 : ×

保全状況 : UMA


ヤタガラスと言えば太陽の化身、三本の足を持つ黒いカラスとして描かれることが多いようです。名前の意味は、ストレートに『大きなカラス』――かなり大きな動物だったのでしょう。我々は賢いので、ヒトが遺した本を読むことが出来ますから、その本を使って解説しているのですが、ヤタガラスについて書かれている本はとても少ないのです。資料不足なのです。それにどれもこれも曖昧な記述ばかりで……だから、この説明があまり充実していないのは我々の所為ではないのですよ。ヒトが不甲斐ないのです。


(じゃぱりとしょかん このははかせ)

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