一冊の記憶
まるい沙凡
一冊の記憶
「じょしゅ、ちょっとくるのです」
「どうしたんです、はかせ」
「このへんにっ……へんな本が……はさまっているのです、いっしょにとるのです」
助手が振り返った視線の先には、本棚にひっついて本を引っ張り出そうと悪戦苦闘するはかせの姿があった。助手は困ったような顔ではかせに近付き、
「分厚い本を先に出して隙間を空けてからそのうすい本を取り出した方がいいのではないですか」
と、ひょいと分厚い本を引っ張り出すと、あっさりとお目当ての本を抜き出せた。
「へぇ~、やっととれたのです。じょしゅも本棚をこんなつめつめにしなくてもよいのではないですか」
「本棚がぼろぼろになって減る以上は仕方がないとしか。しかし、このうすい本は一度も見たことがないような気がしますね。どこからでてきたのやら」
「ぺらぺらでよわそうなのです。ところでじょしゅ、このおもてのここ、いったい何が書いてあるのかわからないのです。今までの文字と少しかたちがちがうようなので」
表紙に書かれている文字は綺麗に残っているが、はかせ達がいつも見る活字ではなく趣のある手書き文字であるためはかせには解読が難しいようだ。任せられた助手も頭を目いっぱい使って、見慣れない文字を苦戦しながらも一文字一文字解読していく。
「ジャパリパーク……ノート?途中の複雑な文字が読めませんが、恐らくパークに関する何かしらでしょう」
「ヒトの遺したものがこんなかたちで出てくるとは、たまにはおもしろいこともあるものですね、じょしゅ。ノートというものが何なのか気になるのですが」
「とりあえず中身を見てみないとどうともいえませんね。はかせ、はやく本を開くのです」
掃除もそっちのけで、大量に積み上がった本に囲まれながら二人は『うすい本』の表紙をめくる。すっかり黄色くなった最初のページが、久々の読み手を歓迎するように微風に吹かれてはためいた。
――――――――――――――――
『ジャパリパーク来園記念ノート』
XX年4月1日(日)
待ちに待ったジャパリパークの開園に立ち会うことができてうれしいです。
動物さんたちと直接お話できるという不思議なアトラクションが新鮮で、
まだわからない言葉も多いみたいですが楽しくお話できました。
うちの小さい子供はギャンギャン泣いていましたが、いつかこの魅力に気づける年になったらまた家族で来て動物さんとお話したいです。
ジャパリパーク最高!!!
パんだがかわいかった
ときがきれい
XX年5月3日(木)
開園から一月経ってまたやってきてしまいました。
前よりも意思疎通がよくできるようになっててこの子たち賢いなあーと感心しちゃいました。うちの子もこれくらい賢いといいんだけど。
カワウソがみれへんかった。ざんねん
ガイドの方が熱心に動物たちを紹介してくれたのですが、若いのにすごい知識量で聞いてるこちらが尊敬したくなるほどでした。彼女のガイドを聞くために通ってもいいかなと思うくらい価値のある内容です。
XX年7月29日(日)
家では暑いのにここでは場所によって雪が降ったりしていて不思議ですね。どういう仕組みになってるのか気になります。
ねこちーターのみみがふわふわしててきもちよかったです。
ライオンかっこいい
XX年8月18日(土)
やっと念願のパークに来ることができました。
とても広い園内をバスで回るツアーが終始わいわいしてて楽しめました。
フレンズ達が弟のゲームに興味津々で、ガイドさんがフレンズに必死に説明してたのがめちゃくちゃ面白かったです。また来たいです。
たのしい。
XX年11月4日(日)
突然一時閉園が決まったみたいで不安になって飛んできました。
雰囲気は今までと特に変わりませんがもうあと1ヶ月ほどするとアニマルガール達とも会えなくなってしまうと考えるとその日が来るのが怖いです。
閉園の理由はわかりませんが、もう少し長く続けていただけないでしょうか。もっとあの子達と交流してみたいです。
XX年12月11日(木)
一時閉園ということで久々にパークにやってきました。
フレンズさん達ももうずいぶんと人に慣れたようで色々話しかけてくれました。
ガイドの方が閉園をとても寂しがっているのを見てもうすぐこの子達に会えなくなるんだなあと思うとなぜだか涙があふれてきます。
閉園には色々と理由はあるでしょうが、またいつか再開してフレンズさんの元気な声を聞ける日がくるといいな、と願っております。
今まで何度も楽しい思い出をありがとうございました。
閉園ショックです。またアニマルガールの子たちやガイドさんに会って色んな話を聞きたいです。
XX年12月12日(金)
たとえどんな困難がパークを襲い
つらい局面に陥ったとしても
きっと乗り越えていけると思います
大分と訪れる人も少なくなりました
好きな場所が一旦なくなるのは寂しいですが
きれいになっていつか戻って来ると信じます
XX年12月14日(日)
とうとう営業最終日がきてしまいました。
フレンズさん達の中にも知ってる方がいるみたいで寂しい寂しいと言っておりました。私も同じように寂しいです。
ガイドさんの言った「いつかパークを再開させてみせます」という言葉を私はいつまでも信じています。また会える日までしばらくの辛抱です!
――――――――――――――――
「……ヒトがパークにいっぱいいた時代、確かに存在していたのですね」
「あくまでも伝承程度のものでしたからね、示唆するものはたくさんあれど」
驚きつつどこか胸の高鳴りが抑えられない二人。思わずページをさかのぼり何度も何度も読み返し、読み始めた時には真上にあった太陽も落ち着く頃にはすでに沈みかけていた。
「しかし文字のかたちがばらばらで読むのがたいへんだったのです。おさとして未熟だったのです……」
「ヒトが暮らした痕跡を見つけて、それを解読できただけでもおさとして十分ではないですか、はかせ」
「じょしゅが言うならそういうことにしておくのです。おさとして弱音なんてはいてられないのですよ」
そう言ってはかせは『うすい本』をぱたっと閉じる。放っている間に辺りに積もった埃が舞い上がり、二人はひどくせき込んだ。
「ところで、これからこの本どうします?はかせ」
「この本は棚の奥にたいせつにしまっておくのです。ヒトがもういちどこの島に足をふみいれる、そのときまでになくなってしまってはこまるのですよ」
「はかせにしてはめずらしくいいこと言うじゃありませんか」
夜空には月が昇り、冷たい夜風が図書館を流れる。
大掃除はまだ終わらず、積み上がったままの大量の本を前にしたはかせと助手。
「じょしゅ、本当に明日までにおわるのですか?」
「大丈夫です、本来われわれは夜行性ですよ」
「ところでじょしゅ、この数字のとなりの
「7種類ほどあるようですから占いか何かで使っていたものだと思いますが、ヒトの考えることはよくわかりませんねえ」
一冊の記憶 まるい沙凡 @marui_shabon
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