5 存さんと、素敵すぎる仲間達。
存さんの友達のひとりに、
彼は絵が売れれば新潟に出てきて存さんを飲みに誘ったが、そういう約束をしていなかったある日、新潟の目抜き通りでふたりはばったり出会った。その途端ふたりは「ここで会ったが百年目」とばかり何ごとか言い合い始めた。ちなみに
周りの人は、身なりのよろしくない二老人がハイテンションでわあわあ言っているものだから心配になり、喧嘩にでもなってはいけないと様子を見守った。しかし、話の内容は純粋な議論だった。ひやひやしていた通りの人も「この爺さん達、いいこと言ってるじゃないか」と思えてきてつい話に聞き入った。次第に野次馬の興味の先は議論の内容そのものに移って、ギャラリーは増える一方。とうとう警官が様子を見に来るほどの騒ぎになりましたとさ。
こんな感じのお友達だけでなく、存さんには各界にたくさんの仲間がいて、陰に日向に彼を支えていた。いつの間にか民俗学者デビューしていた例の高校教師のような
安吾が出た坂口家とは縁が深かったようで、存さんの才能を見込んで新潟新聞主筆に抜擢したのは安吾の父・仁一郎だったし、民俗学との出会いのきっかけをくれたのもその親戚筋の人だった。そして仁一郎の長男で安吾の長兄にあたる坂口
献吉は、戦後開局したラジオ新潟(TBS系ローカル局新潟放送:BSNの前身)の社長だった。漢詩をよむ詩人でもあった亡父・仁一郎が生前書いた詩を存さんが解説してくれ、その解説文に同封されていたのか、献吉はこんな手紙を存さんから貰ったことがあった。
「(略)もっと詳しく説きたいのですが、あなたの所のラジオが例の通り邪魔になって、これだけしか出来ません(略)」
その後、献吉の回想がこう続く。
「お前のラジオが邪魔になってなどと、
楽しいからついつい聞いちゃって、という意味であることは間違いないが。ちなみに献吉、「二代にわたる深い因縁が」とも書いていた。
存さんとの関わりは、亡父から「大事にしてやって」と言われていたからだったのかもしれないし、存さんの姿に破天荒すぎた弟・安吾の面影をダブらせる瞬間もあったのかもしれないし。それでも、存さんがわざわざ「ラジオが邪魔で」などと書いたのも「いつも聞いてるよ」というメッセージ、存さん流の優しさだったのだろうし、献吉もユーモアをもってその存在を振り返ることができるのはお互いが心を開いていたからこそ、だ。
存さんは出先で見知らぬ人の家の風呂が沸いていると分かれば(昔のことだから煙突の煙で分かったのだろう)上がりこんで一番風呂をいただいてしまうこともあったし、横越村の助役を務めていた人のところに押しかけて「温泉に行ってくるからバス賃を」とせびることもあった。世話になった人が亡くなった時には手持ちがなく、香典に出すためのお金を借りて葬儀に参列するつもりが、故人と別れる辛さに耐えられなかったのか途中で飲み屋に寄って全部飲んでしまった。さすがに帰るだろうと思いきや、そのまま葬儀場に行き「香典はツケで」と頼んだという。
温泉に行くからバス賃を、というのはひょっとすると取材に行くから等の事情があったのかもしれないが、お金をせびられた助役も、
「普通の人があんなことをしたら、ずいぶんひどい野郎だと思われ、こちらも胸クソが悪く、二度と金など出す気はなくなるでしょうが、小林さんだと、ちゃんとそれがサマになっており、少しも後味が悪くないんですよね。そして金を取られたという気にならないんだから不思議ですよ。」(「小林存伝」P44)
と語っていたそうだ。サマになるというのもまた存さんマジック、かもしれない。
また別の人も、
「新潟で文化人といえば、
文化人だから大事にしよう、何でもかんでも恵んであげよう、ということでもないだろう。やっぱり存さんマジック、または人徳。存さん自身はまさかそれが当たり前だとは思っていなかっただろうが、周りの人にとってはそれが当たり前、だった。
ずるずるの着流し姿で飄々と現れ、どうも常識が通じないおかしな人だったりするが、高い能力と情熱、それから存さんの心に関しての深いところ。多分、最後の要素については誰でも理解できたのだ。だから「しょうがねえなあ」の一言が出てしまう。
そしていつの間にか「しょうがねえなあ」の輪ができ上がり、その中心で存さんは嬉々として取材をし、執筆を続けることができた。
存さんはそんな良寛を彷彿とさせるということで、今良寛、と呼ばれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます