第4話
男が帰り、病室には彼と私のふたりきりになった。
窓から差し込む夕日が、私たちを照らしている。
「ごめんね。嘘、ついてた」
彼は、静かな声でそう言った。
「本当は、あいつが恋人なんだよ。僕は、フラれちゃったからね」
私はノートに書いた。
「どうして嘘ついたの?」
彼は答えた。
「……好きだから。……好きだから、嘘ついちゃった。……ごめん」
彼は、何度も何度も謝った。
涙を浮かべる彼の姿は、見ていられなかった。嘘をつかれていたとはいえ、記憶を失ってしまった私を支えてくれたのは彼である。
本当の恋人でなくても、いつも私のそばにいてくれたのは彼である。
今の私は、彼が好きだ。
空っぽの私の近くで、笑っていてくれる彼が好きだ。
何にも話さなくても、そばにいてくれる彼が好きだ。
私は、ノートに書いた。
「好き」
彼は、溜まっていた涙を流しきったと思うと、私にチュッとキスをした。
濡れた唇が、温かく、冷たかった。
彼は、笑った。
私も、キラキラと輝く笑顔につられて笑った。
彼といると楽しい。
何をしているから楽しいということではなく、いっしょにいるだけで楽しい。
静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
その時間を共に感じていることが好きだ。
そのとき、私たちは恋人になった。
私は、過去の恋人のことを覚えていない。
私が知っている恋人は、彼だけである。
恋人 柚月伶菜 @rena7
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