第2話 ラグクラフトの定期報告

新生歴980 5月10日


パルミラ王国王都パルコ


黒檀のような艶のある机に倒れるようにして一人の男性が寝ている。

既に外は明るくなり始めているというのにまるで起きる気配はない。

どうやら極度の疲労で起きれないようだ。

しかしそんな彼の事情を無視するかのように部屋のドアが乱暴に開く。


「イーストウッド部長!朝ですよ!朝!起きてください!」


赤毛の軽いウェーブのかかった髪の女性は慣れたものかのようにノックもせずに部屋に入りカーテンを開けていく。

次々に開けられたカーテンから早朝の暴力的な光が男性に降り注ぐ。


「んああ、後五分!後五分寝させてくれ!」


吸血鬼でもないのに朝日を避けながら男性は子供のようなひどい言い訳をしている。


「部長!ラグクラフトから報告書です。起きてください!」


赤毛の女性が左手に持った手紙を右手で叩きながら報告する。

途端に机に突っ伏していた男性は跳ね上がり、女性の持っている手紙を取り上げ読み始めた。

ペラペラと速読していく。

読むに従い先程までとはうってかわり、男が元気になっていく。


「やはりか。青魔法は失伝していなかったぞ!!」


パルミラ王国諜報部部長イーストウッドが狂喜しながら叫ぶ。


「青魔法?童話に出て来るあれですか?」

「そうだとも。あれはお伽噺じゃない!ちゃんと実在したんだよ!」

「え?ヒト族が魔獣の技を盗み取るなんて可能なんですか?」

「魔獣の技をコピーすることは青魔法の基本だ。うほっ、邪眼の行使の可能性?港で雷属性のナニカの行使?年齢は若い。少女かもしれないだって?おいおいおーい。これは事件だよ!イリア君!いったいぜんたい今までどこに隠れていたんだか!?」


報告書を読みながらイーストウッドは子供のようにはしゃぐ。僅か30歳で諜報部の長となった俊英とは思えないはしゃぎようだった。

短くした白髪をかいたり無精髭をいじりながらなお、ぶつぶつと話している。

報告書を渡した女性、イリアは慣れたように興奮したイーストウッドをなだめながら話を続ける。


「落ちついて、部長。邪眼の行使なんてほんとなの?ラグクラフトには悪いけどガセなんじゃ?」

「いやいや、ラグクラフト君は戦闘能力はひどいもんだけど諜報能力は一流さ。精神感応ならパルミラで一番だよ。僕が認めるさ」


イーストウッドは報告書を読みながら上機嫌に話している。


「青魔法は一度は必ず技を受けるなり見るなりしなきゃならないはず。邪眼を使う魔獣との戦闘経験がある少女?幼女?いやー非常に興味がありますねー」

「邪眼ですか。石化ならコカトリスからカブトレパスまでピンキリありますよ」

「しかし、視覚に頼った呪いによる石化はかなり高度。これをこなす少女。信じられないですね」


石化は様々な魔獣が使う技だが簡単な技じゃない。コカトリスの石化ブレスでさえ実は再現が未だにできないでいるのだ。

ましてやカブトレパスやバジリスクなどのような視覚による呪いの再現は不可能といえよう。


「うーん。やっぱり一刻も早く連れてきてほしいね。もちろん他国には秘密で...」

「どうかされました?」

「あー、これ読めよ」


明らかに気分が害されたらしい。

イーストウッドは天才だ。

だがかなりの気分屋で変人なため彼が諜報部長になる事に反対する者は一人や二人ではなかった。

直属の部下であり副部長であるイリアもこの気分屋なところには常に振り回されております、辟易しているようだ。


「対象が社会通念や風習の概念も希釈であり、尚且つ能力だけは異常に高いため強硬な態度を取る事はせず学習を行いながら社会に慣れさせるべきである...ですか。ラグクラフトらしいですね。気の良い男ですから」

「気の良い悪いなんて関係ないんだよ。僕は一刻も早く青魔法を解析したいんだい!」


ラグクラフトはこうなる事が分かっていたからなるだけ王国に引き渡したくないのだろう。おそらくは少女は人外の力を持つが余りに幼く純粋だったのではないだろうか?

だから政争の具やましてや戦の道具、研究動物扱いになんてさせたくなくなったのではないだろうか?

そんな予想をイリヤは瞬時にしていた。


「イリヤ君ちゃちゃっとイスタリアまで行ってくれないかい?」

「いやいや私が居なくなったら部長だけでは仕事にならないですよ。監視が居なくなったら仕事しないでしょう」


これは事実である。

諜報部部長イーストウッド、彼のサボタージュぶりには国王すら眉をひそめている。


「あー仕事したくないなー。あ!ベル君が居たじゃない?」

「彼は謹慎中ですが」

「それ、解除!今すぐにイスタリアに飛んで」

「軍事法廷で決定した謹慎ですよ。流石に不味いのでは?」

「いいよ。僕がなんとか根回しするからさ」

「まーわかりました。では三席諜報員ベルを派遣致します」

「急いでね。駆け足!駆け足!」


イーストウッドに半ば追い出されるようにイリヤは執務室から追い出された。


「ラグクラフト君には参るね。僕が楽しそうなモノを逃したり、待つなんて有り得ないじゃない」


イーストウッドは机の中から名簿を取り出す。それはパルミラ王国諜報員の名簿。各諜報員の能力などが記されていた。

イーストウッドは三席ベル=オムの情報に目を通した。


「彼がこれをどうさばくのか。下手な芝居より気になるね」


名簿には以下の文章のみが記述されていた。


ベル=オム。

渾名は≪行き過ぎた正義≫。

能力などは軍部の機密のため不明。

現在は過剰暴力、過剰破壊、大量殺人で謹慎中。明らかに処罰対象だが能力の高さゆえに減刑。集団行動が不可能なため当諜報部所属とする。尚、形式的な所属のため隠密活動にはつかせていない。

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