繋いだ手

Kuriki

繋いでいた手

初めて手を握った時の感覚は、今でも覚えてる。


「私から離れないようにね」


「うん」


恐る恐る握られたかばんちゃんの手は、細くて、弱々しくて、ほんの少しひんやりしてて。私はびっくりした。

そして気づいたんだ。かばんちゃんは隠してるけど、本当は不安と寂しさで心がいっぱいなんだって。

だから私はなるべくかばんちゃんと手を繋ぐようにした。

かばんちゃんを少しでも安心させたかったから。


たぶん、その時の私は、かばんちゃんの前に立って歩いていた。



私たちはいろんな場所に行った。知らない場所、知らない食べ物、知らないフレンズにたくさん出会えた。

一つ一つの出来事は、どれも素敵な思い出になった。


「あ、一つ思いついたことがあるんですが……」


かばんちゃんは頭がよくて、旅の途中、フレンズ達の問題を何度も解決しちゃった。

かばんちゃんがフレンズに褒められているのを見ると、私まで嬉しくなっちゃって、ついつい横から口を挟んでしまう。

かばんちゃんはすごいんだよ!

かばんちゃんはとっても頭がいいんだよ!

かばんちゃん、やっぱりすごいね!

気が付けば、私はかばんちゃんに驚かされてばかり。



いつからかな。

かばんちゃんは、私の前を歩くようになっていた。







「サーバルちゃん?」

はっとして横を見ると、かばんちゃんが不思議そうな目で私を見ていた。

「えっ? なになに?」

「いや、なんかサーバルちゃん、ぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」

「あ、ごめんね! ちょっと考えごとしてたんだ!」

私とかばんちゃんは二人で海に来ていた。明日、かばんちゃんはここから旅立って別のちほーに行くみたい。

「かばんちゃん、また別のちほーに行くんだよね」

「うん。みんなが作ってくれたふねのおかげで、ごこくちほーに行けるようになってよかったよ。サーバルちゃんも大変だったんじゃない?」

「このくらい全然へーきだよ! みんながたっくさん協力してくれたから、すぐにできちゃったしね!」

「でも、サーバルちゃんが言い出したことなんでしょ? 本当にぼくのことを考えてくれたんだね」

「えへへ~……」

かばんちゃんはまっすぐな気持ちを隠さず私に伝えてくれる。かばんちゃんのそういうところが、私は大好き。

「私たち、いろんなところに行ったよね!」

「うん。パークの中、ぐるっと回ったもんね」

「いろんなフレンズに出会えて楽しかったなあ」

「そうだね。おっきな山の上で紅茶を飲んだり……」

「あそこの紅茶、おいしかったよねー! また行きたいな~」

「PPPのライブを見たりとか」

「みんな歌と踊りが上手だったよね!」

「あと、温泉にも入ったり」

「温泉……温泉と言えば、まさかこれが脱げるなんて思わなかったよー。こんなことも知ってるなんて、かばんちゃんはすごいね!」

「そ、そうなのかな……」

「そうだよ! あ、あとさあとさ、その後キツネ達とそりで滑ったのも楽しかった!」

「あはは。セルリアンが追っかけてきたのは怖かったけどね……」

かばんちゃんとする、なんでもない話。ただそれだけのことが、ずっと終わらないで欲しいと思うくらい楽しい。

「……あの、さ。サーバルちゃん」

「みゃ?」

「ぼく、サーバルちゃんと一緒に旅ができて……本当に良かった」

「私だって! かばんちゃんといろんなとこに行けて、とーーーっても楽しかったよ!」

「……」

「か、かばんちゃん……?」

見るからにかばんちゃんの元気がなくなっていくのを見て、もしかして何か傷つけるようなことを言っちゃったんじゃないかって、私は心の中でひどく焦った。

「……ぼくね、もしもさばんなちほーでサーバルちゃんに出会えなかったら……って、たまに想像しちゃうんだ」

「え……」

けど、かばんちゃんが言い出したことは、私の考えていたこととは大違いだった。

「きっと、何のフレンズかも分からないまま、ずっと一人ぼっちのままだったんじゃないかな……って」

「そっ……」


そんなことないよ! かばんちゃんはすっごい技をたくさん持ってるんだもん!


頭の中で浮かんだ言葉は、なぜか声にならなくて。

私の口からは、ただ不規則な息が吐き出されるだけだった。

「だから、サーバルちゃん」

かばんちゃんはさっきまでの寂しさを振り払うかのように、くるりとこちらに体を向けた。



「今まで、ずっと見守ってくれて、本当にありがとう」



「……」

「……え……っと」

「ご、ごめんね。いきなり変なこと言っちゃって……みんなのところに戻ろっか」

かばんちゃんは顔を少し赤らめて、困ったように笑った後、そのままみんなのいる場所に戻ろうとした。

私は慌てて、ほとんど無意識に、かばんちゃんの手を掴んでそれを引き止めた。

「……サーバルちゃん?」

「へっ、変じゃないよ!」

「え……?」

「変じゃない、全然変じゃないっ!!」

「……!」

「かばんちゃんの言ってること、全然変じゃない……から……だから、その……」



「……そっ……か。うん、そうだよね」

しばらく見つめ合った後、かばんちゃんはうんうんと頷いてそう言った。

言葉できなかったけど、私の伝えたかったことは、この時確かにかばんちゃんに届いたんだと分かって、嬉しかった。

「……行こっか」

本当は、もっと、ずっと、二人きりでいたいけど、わがままはよくないよね。

私は名残惜しい気持ちを押し殺して、かばんちゃんの後ろに着いて行った。

――あ、でも、一つだけ、いいかな。

「……ねえ、かばんちゃん」

「何、サーバルちゃん?」


「手、繋いでいい?」


これはきっと、私からの、最初で最後のささやかなわがまま。

かばんちゃんもきっと知らない、私の一つの願い。

「いいよ」

そっと握ったその手は、大きくて、力強くて。

私がぎゅっと握ると、同じか、それ以上の力でしっかりと握り返してくれた。



そっか。

私はこの時に悟った。

かばんちゃんはもう、どこへでも行ける。

何だってできる。誰とでも仲良くなれる。

本当に強くなったんだね、かばんちゃん。



よかった。



後ろを振り向かず、堂々と前を歩くかばんちゃんの後ろ姿を見ていると、それだけで、とってもとっても嬉しくて、とってもとっても誇らしくて。







ほんのちょっぴり、寂しかった。

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