Ep.8 HARUNA 9

 数か月後――

 真新しい聖エルザの制服に身を包んだあたしは、姫の母の葬儀に参列していた。


 老女はおふくろの家に引き取られ、あたしがパパとママのログハウスに引っ越した後も、店の手伝いなどをしながら楽しそうに暮らしていた。ところが、しだいに寝込むことが増えていき、立てなくなると急速に衰えていった。

 おそらく、滝沢が転移してからも、ローレンスがときどき精神的な活力を注入することで元気に家事などをこなしていられたのだろう。今となってはわからないことだが、その支えを失った老女は、おふくろの手厚い介護のかいなく、ついに帰らぬ人となったのだ。


「母と娘がいっしょのお葬式だなんて、悲しいといえばこれほど悲しいことはないけど、でも、すべてが解決したってことでは、やっぱり幸福な結末ヨ」

 眼を真っ赤に泣きはらしたチクリンママが言った。


 そうなのだ――

 表向きは姫の母親の葬儀ということになっていたけど、棺の中に安置された遺体は二つ。

 冷凍を解かれてまるでつい昨日亡くなったばかりのように見える姫が、母親に寄り添って横たわっていた。そして、姫の母の中には妹の滝沢礼子も眠っているのだ。


 ひっそりとした小さな葬儀に集まったのは、クルセイダーズと空手部の仲間たち、そしてあたしだけだった。

 ミホ母さん一家もヨーロッパから駆けつけてくれ、あたしはその場で全員を前にあらためて今回の一連の出来事の全容を説明した。


 エルザハイツ地下の隠れ家で起こった事件の終結後、極秘の事後処理を担当した公安の伊勢さんの手によって、『若』の遺体は姉小路家へ、ローレンスが転移していた男子高校生の遺体は故郷の家族の元へと返された。もちろん、事件は完全に闇の中に葬られ、『若』の武装戦闘集団は解散させられた。

 そして、水谷パパが三バカの建築会社を使って隠れ家を埋め立ててしまうと、〝恋文屋ローレンス〟という人物の痕跡は完全に消え、最初からどこにも存在しなかったのと同じことになってしまったのだ。


『人格転移』という言葉の意味や実態、転移が行われた順序やローレンスが関わった出来事の経過は説明できても、そこに秘められた肝心のローレンスの意図や想い、姫そしてあたしとの心の交流の模様は、この葬儀までうまく言葉にして言い表せていなかった。

 ところどころでママやパパ、そしてオヤジが助け舟を出して、裏の事情やいきさつを補足してくれたので、あたしもようやくすべてを語りつくすことができた。


「あのローレンスが、姫の恋人で……そしてハルナの本当の父親だったんだ。そうと知ってたら、あいつを一発殴って、それからいっしょに酒でも飲むんだったよ」

 オヤジは泣き笑いするような妙な顔で言った。彼は、先代のローレンスを知る唯一の人間だったことになる。


「いいえ、わたしもその人を知ってるわ。若松クンの最初の赴任地がパリだったから、姫の代理でお母さんを迎えに来たという青年と、実は老人ホームで顔を合わせているのよ」

 そう言ったのは、ミホ母さんだった。

「あのスラリとした素敵な青年が、姫の恋人だったなんて……」

 涙をぬぐいながら、いかにも母さんらしく夢見るような眼をして言った。双子のカツヤとアツヤが不思議そうにその顔を見上げている。


「だけど、アタシにはどうしてもフに落ちないところあるアルね――」

 キャティが彼女らしい冷静な口調で言った。

「ローレンスは『若』への転移に成功したわけでしょ。いくらあいつが危険人物だって、なにもいっしょに死ぬ必要はなかったはずアルよ。彼を新しいローレンスに変えればいいんだもん」


 すると、シンイチローが横で大きくうなずいた。

「余罪はあるかもしれないけど、『若』自身は殺人まで犯したわけじゃない。何年か刑務所に行くことになったとしても、そのあとは姉小路財閥の跡を継いで、ローレンスの思いどおりにやり直せるわけだしね。なあ、ヤスジロー?」

「そうだとも、シンイチロー」

 ヤスジローもそっくりの納得のいかない表情で相づちを打つ。


 あたしはその疑問に答えるように言った。

「それはあたしも考えた。どんな形でもいいから、生き延びていてくれさえしたらって。でも、そうせざるをえなかったあの人の気持ちもわかるような気がするんだ」


 すると、おふくろがあたしの気持ちを代弁するようにしんみりとつぶやいた。

「そうだよ。ローレンスは、長い転移の人生の中で初めて姫という人を愛したんだ。姫を失って、もうこれ以上生きつづける意味はないと思ったのかもな……」


 そうか。姫と愛し合った先代のローレンスが魂の脱けガラのようになってしまったのは、その大きな喪失感のせいだったのかもしれない。

 ローレンスは、どうにもならない絶望を古い身体の中に置き去りにし、深い悲しみの底からもがき出るようにして若い新たなローレンスへと乗り移ったにちがいない。


 ママがコクンとうなずく。

「きっとそのとおりヨ。でも、まだ何も知らずに本当の母親を探し求める娘のハルナが残っていた。姫のお母さんとその中にいる妹の滝沢礼子をどうするかっていう気がかりもあったわけヨね。だけど、とうとうすべての真実をハルナに明かし、父親の名乗りを上げることができた。そして最後にハルナを守って、聖エルザを宿敵として狙う『若』の脅威を取り除き、姫のお母さんと滝沢礼子のことを託せた。たしかに、ローレンスはやるべきことをすっかりやり終えたんだワ」


 長い長い時の旅人にとって、三〇年なんてほんのつかの間のことだろう。だけど、ローレンスは最後の最後であたしたちと同じ時間にたどり着いた。あの人も、もしかしたら聖エルザの仲間たちに加わりたかったのかもしれない……。


「おれは……」

 と、ふだんは無口なパパが、巨体を前に折り曲げるようにして唐突に口を開いた。

「ハルナが始めた探索をずっと見守りつづけているうちに感じはじめていたことがある。実の父親だとわかったローレンスが亡くなった今、不謹慎に聞こえるかもしれないが、この事件を通じて、おれは初めて本当の〝パパ〟になれた気がするのだ。これで胸を張ってハルナの父親だと言える、と」


 すると、その隣に座ったオヤジがキッとパパをにらみつけた。

「この子は『宇奈月』なんだぞ。『春菜』って名前だって、このボクがつけたんだ。ボクの娘にきまってるじゃないか!」

「ふん。オトシマエとちゃんとよりをもどしてから言うんだな。今はうちの家族だ」

「な、なんだと! よし、こんどこそ決闘だ――」


 しめやかな静寂の気が漂う会堂が、ときならぬ爆笑に包まれた。

 悲しい葬儀だったはずなのに、クルセイダーズと空手部の仲間たちにとって、いつのまにか新たな深い絆ができたことを確認する嬉しい集まりになっていったのだった。


(その中心にいるのが、このあたしだなんて……!)

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