Ep.6 HARUNA 6
「恋愛、そして恋愛をめぐって男女間に起こるさまざまな出来事に巧妙に手を加え、特等席に座ってその成り行きをとっくりと鑑賞すること――それこそが、ローレンスの本望なんだ」
「じゃあ、白河邸の事件も、そうだったっていうのか?」
「そのとおり。もともとは先代のローレンス――つまり、きみが予備校で見た男が、異常な兄妹愛を嗅ぎつけたことがきっかけだった。しかし彼は、妹を兄から引き離そうとする途上で投げ出さざるをえなくなった」
「あんな風におかしくなっちゃったせいでってこと?」
「ローレンスを長くつづけることは、精神に大きすぎる負荷をかけてしまうんだよ」
(やっぱり、そうだったのか――)
オヤジが推測していたことを思い出す。
『恋文屋ローレンス』というのは、ひとつの異様で特殊な生き方や考え方を、何代にもわたって過去現在の膨大な情報とともに受け継いできた存在なのではないか、と。
それが正しかったことになる。
「私がその後を引き継ぐことになったのだが、白河兄妹については、あの状態なら当面介入の必要はないだろうと思われた。ローレンスを探すきみが現れるまではね」
「そうか。あたしがあの二人にきっかけを与えてしまったのか」
「私にとってもね。私は、だれかが過去のローレンスの足跡をたどっていることに気づいた。すると、むしょうにその人物に会ってみたくなってね。ミス・ランドルフにきみを連れてきてくれるように頼んだのさ」
「あの女とグルだったのか?」
「まさか。むこうから手を組まないかと接触してきたんだ。きみが白河邸を訪問したと聞いて、その後にどんなことが起こるかだいたい予測はついた。駒彦のような身勝手で傲慢な人間の行動は読みやすいからね。あんな男と生来のニンフォマニアの妹には、ミス・ランドルフのような強引で荒っぽい相手がちょうどいい。それで彼女を利用することにしたわけさ」
ローレンスはさらりと説明した。見かけはあたしといくつも違わないのに、駒彦の異常さや行動パターンを鋭く見抜いていたうえに、あの女王様気取りのミス・ランドルフまで意のままにあやつっていたなんて!
「ミス・ランドルフには、きみに危害が及ばないようにとクギを刺しておいたけど、不安はあった。彼女は、兄妹をおどして横取りするだけのこととタカをくくっていたからね。私は監視だけは怠らないようにした。すると、案のじょうきみを求める第三の勢力が現れた。水谷にひきいられた昔の空手部の連中だ。三者が入り乱れる争いに巻き込まれてしまったきみがどうなることかと、さすがの私もハラハラしたよ」
勝手な言い草だけど、どこかで高みの見物をしていたローレンスからすれば、まさにそういう展開だったのだろう。
「実は、ミス・ランドルフにはこれ以上きみにつきまとってほしくなかったのさ。水谷と彼女では役者の格がちがう。突入のタイミングも絶妙だった。その後に多少の混乱はあるとしても、ああいう結果になることは最初から見えていた。彼らはどちらも十分見ごたえのある活躍をしたし、面白い場面も見せてくれたよ。ミス・ランドルフはこれでもうお役御免だろうね。だから、私は予定どおり最後にきみをかっさらうだけでよかったんだ」
得意がる風もなく言うと、若者は優雅に長い脚を組みかえた。
あたしはこんどこそ心底驚いた。
逆転につぐ逆転だった白河邸の事件は、すべての登場人物の考えと行動が見すかされ、展開もほとんど読まれていたことになる。ローレンスの言い方はむしろ控えめなくらいで、ストーカーにつきまとわれた女性の事件のとき以上に、実は手が込んだ仕掛けの中であの場に居合わせたあたしたち全員が踊らされていたのだ。
もちろん、あたしの身の安全を含め、そうとうのリスクはあったはずだが、ローレンスにとってはそれくらいのスリルがなければそもそも仕掛けた意味がないのだろう。いざとなれば、自分自身が介入することだって想定していたのかもしれない。
「あなた、ほんとに高校生なの?」
いくらローレンスにふさわしい資質や性格を見込まれた人間だとしても、あたしと一つか二つしかちがわない若者に、そんなにしたたかな実行力まで備わっているなんて……。
「もちろん。きみはチクリン校長の娘でもある。当然、春には新入生として上級生の私と出会えるはずさ。でも、けっして『ローレンス』なんてうっかり呼びかけないでくれよ」
楽しそうに笑顔で言うローレンスに、あたしは強引にキスされた怒りもすっかり忘れ、思わずうなずいてしまっていた。
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