Ep.6 HARUNA 7

 車のドアがバタンと閉まると、あたしはひっぺがすように眼隠しをはずした。

 薄いクリーム色のルノーが背後から急発進する。すぐに追いかけたけど、信号が変わるタイミングを見計らっていたらしいローレンスの車は、あたしを置き去りにしてたちまち車列の流れのむこうに遠ざかっていった。


 そこは四ッ谷の陸橋の上だった。聖エルザとエルザタワーが見える。スマホも財布もキャティの部屋のスペアキーもなくしてしまったあたしは、しかたなく正門の守衛室で用務員のパパを呼び出してもらった。


「キャティと伊勢から話は聞いた。どこにもケガはないか?」

 大げさに抱きしめたり急きこんでいろいろ尋ねたりしないから、パパに迎えられると何よりホッとした。周囲の眼があるにもかかわらず、あたしの手をしっかり握ってログハウスへと連れていってくれた。


 リビングの暖炉の前でパパが温めてくれたミルクを飲んでいると、キャティが現れた。ママは手が離せない用事があるらしかったけど、キャティはエルザタワーからあたしの着替えも取ってきてくれていた。


「ふうん、そういうことだったアルか……」

 テーブルにヒジをついて座ったキャティが、驚きに眼を見張りながらうなずいた。

 パパとキャティを前にして、あたしは推薦入試の日以来のことをすべて打ち明けた。

 姫の遺言はやっぱりママたちクルセイダーズの間だけの秘密になっているらしかったけど、それを抜きにあたしの行動を説明することはできないし、命がけの戦闘になることを承知のうえで白河邸にあたしを助けに駆けつけてくれた二人には、もうこれ以上黙っているわけにはいかなかったのだ。


「〝恋文屋ローレンス〟か……」

 パパには、ミス・ランドルフを背後からあやつり、あたしを拉致した元凶であるローレンスという謎の人物のことがいちばん気になるようだった。

 あの後ローレンスは、あたしが調査してきた一連の事件について語ってくれた。



 レオポルド教授につぎつぎと女子生徒をヌードモデルとして差し向けたのは、彼の才能を見抜いていたばかりでなく、意外にも、異国の地で美しい少女たちにあこがれる孤独で純情な中年男にささやかな贈り物をしたかったからだという。


『教授は滝沢礼子のスケッチ画という傑作を残した。あれだけでも大成功だったよ』

『あの人が生涯の傑作だって言ってた油絵のほうは?』

『ああ、あっちは凡作だな』

 ローレンスは、まるで自分の眼でそれを見たことがあるかのように言って笑った。


 ストーカー事件は、当時まだ怪しげなメディアだったネットを通じて共謀した、見知らぬ者同士が起こした新奇な犯罪というのが真相だった。

『実は、被害者の女性が犯罪に気づくより前に解決することもできたのさ。でも、それじゃありがたみがないし、面白みもないからね』

 と言ってローレンスはいたずらっぽくウインクした。


 予備校講師の先代が関わったのは、学生結婚と白河家の兄妹の件ということになる。

『両方の事件とも、実はある共通点がある。何のことかわかるかい? きみが知りたがっていることとも関連してるよ。そのことを考えてごらん』

 ローレンスはあたしの顔をのぞき込み、謎かけをするように尋ねた。


 あたしが知りたいこととといえば、本当の母親がだれかということだ。それとどう関係があるのかまったく見当もつかなかったが、ローレンスが言うのはそのことではなかった。

『先代が手を染めたこの二件は、白雪和子の依頼によるものだということだよ』

 あたしは『エッ』と声を上げてしまった。


『つまり、この頃には白雪和子は先代のローレンスの存在をつかんでいたばかりか、事件の解決を依頼するようにまでなっていたっていうことなのさ。彼女は妊娠した女生徒と相手の男子に面接し、スキャンダルになって彼らの将来に禍根を残すよりは、学園が積極的に祝福することで両親や周囲を納得させ、幸福な結末へ導こうと決断した。しかし、学園のサポートには卒業という限界がある。その後の彼らの運命は、彼ら自身が切り開いていくしかなかったんだ。ローレンスは、けっして面倒見のいい恋のキューピッドではないしね』

 オヤジに高校生カップルを預けたのは、姫の意志だったってことだ。


『白河祥子の場合はちょっとちがった。姫の意向はあくまでも不登校の理由の解明と事態の改善だった。不健全な近親愛を突きとめたのは先代のローレンスで、姫は彼にその解決を全面的にゆだねたんだ。結局、彼女の生前に果たされることはなかったんだが……』

(ウグイス色の紙が白紙だったのはそういう理由だったんだ……。そうか! てことは……)

 姫の遺言が意味していたことが、それでようやく完全に納得できた。


『じゃあ、滝沢礼子の捜索も、やっぱり先代のローレンスに頼んでいたってことなんだね』

 あたしの言葉に、ローレンスはめずらしく複雑な表情を浮かべてうなずいた。

『ローレンスの理想は、あくまでも自分の嗜好と情動によってのみ行動することだ。そこには正義感とか公平さなど関係ない。熱愛する男女の間に隙間風を吹き込み、ほっておけば自然にケンカ別れするカップルを泥沼の恋愛地獄に落とす。見向きもされない平凡な女の子を突然シンデレラに変える……。だれかに頼まれてというのは、それに反することなんだがね』


 予備校の教壇に立っていた頼りない姿を思い浮かべ、あたしはブルッと身を震わせた。

(あんな風になってしまったのは、もしかしたら姫と関係あるんだろうか……)



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