Ep.6 HARUNA 3

 キャティ、シンイチロー、三バカ――

 彼らが絶妙のコンビネーションを発揮するのを見たとき、彼らを結びつけ、統率している者の存在にすぐに思いがおよんだ。三バカが突入に使ったロープと同じものがパパの肩にある。あたしの救出を指揮していたのは、やっぱりパパだったのだ!


「争っている場合ではないぞ。ここはもう危険だ。全員、すぐに退去するんだ!」

 パパの冷静沈着な一喝はさすがに迫力があった。


 黒スーツも空手部もギョッとして戦闘をやめ、周囲を見回す。いつのまにか壁のあちらこちらを火がヘビのように伝い、今にも天井に届こうとしているところもある。部屋の空気はひどく熱く、きな臭さが充満してきた。


 と、そのとき、床にはいつくばっていたミス・ランドルフが動いた。駒彦が取り落としたバタフライナイフを拾い上げると、ベッドに横たわるあたしの頰に刃を突きつけた。


「何をする!」

 パパが思わず声を荒げる。

 ミス・ランドルフは乱暴にあたしの身体を抱き起こし、ナイフで三バカたちを牽制しながらそばにいた黒スーツの肩にかつがせる。そしてすばやく窓際に寄っていき、ほかの黒スーツたちも銃をかまえてそれにつづいた。


 テラスに出ると、ミス・ランドルフはオオスギが突入に使ってそのままになっていたロープをつかみ、勝ち誇るように笑った。それを伝って地上に降りるつもりなのだ。

「ホホホホホ。宇奈月春菜さえいただけば、こんなところにもう用はないわ。おまえたちは勝手に逃げるなり、焼け死ぬなり、どうとでもなるがいい……」


 女のその声は、しかし、どこからともなく聞こえてきた奇妙な機械音によって急速にかき消されていく。

 ふり仰ぐミス・ランドルフの白い顔に、屋根の上を越えてきた巨大な物体から照射された強烈なサーチライトが降り注いだ。

「アッ――」

 女が声を上げるのと、光の柱の中を一つの人影が飛び降りてくるのが同時だった。


「うがっ……」

 真っ先にうめいたのは、あたしをかついだ屈強な男だった。

 人影はあやうく地上へと落下しかけたあたしを寸前で抱きとめると、小脇に抱えたまま窓の中へ飛び込んだ。

 窓際にいた黒スーツたちが、あわてて拳銃をこちらに向け直そうとする。


 だが、人影は手にした棒のようなものを眼にも止まらぬ早ワザで振り回しながら、男たちの間を一気に駆け抜けた。

 彼らは一発の銃弾すら発射できないまま、声もなく折り重なるように倒れ込んだ。

 めまぐるしく展開した騒動が、それでたちまち終結した。


「やあ、みんないたのか。まさか、ガン首そろえて敵のお見送りしてたんじゃあるまいな」

 唖然としている空手部の面々を見回して、あたしを抱えた男が皮肉たっぷりに言った。


「うっ、うっせえ。最後にしゃしゃり出てイイトコ取りしやがって!」

 オオスギが憤然として言い返す。

「それなら、おまえらがさっさとケリをつけとけばよかったじゃないか」

 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべると、

「久しぶりだな、水谷。大事な娘を返すぞ」

 木刀を手にした三つぞろいのスーツの男は、あたしの身体をパパの両腕に抱かせた。とがったアゴと切れ長の鋭い眼が印象的だった。


「ヘリで登場とは派手なことだが、遅かったな。この騒ぎと火事、どうする気だ?」

 まるで世間話するみたいな平然とした口調で、水谷パパが尋ねる。

 男はパパにだけは気軽にペコンと頭を下げた。

「スマンな。ことを荒だてないためにはおれ一人で来る必要があったんだ。上層部を黙らすのにちょいと時間を食ってね。なあに、こんな騒ぎくらい、国家権力を利用してどうとでも闇に葬れるさ。明日の新聞には、小さなボヤがあった程度の記事しか出ない。おれは警視庁公安部一の敏腕で聞こえた一匹オオカミだからな。姉小路コンツェルンが、傘下の警備会社の中にひそかに武装戦闘グループを養成していたことはつかんでいる。こいつらはまちがいなくその組織の一部さ。だからおまえらに協力してやったんだ」


「礼は言おう。だが、そうしたくない者もいるかもしれんぞ」

 なぜかパパの声には笑いが含まれている。

 すると、キャティがツカツカとヒールを鳴らして進み出た。

「あなたネエ……」

 バシッ――

 キャティの張り手がみごとに男の頰に決まった。


「か、かんべんしてくれ」

「そう、素直に謝ればいいアル。いつもアタシをほっぽりっぱなしにして、あちこち別の女のところばっかり泊まり歩いてたわね。すこしは反省しなさいよ。……でも、アタシが危ないところを助けに来てくれたお礼はするアル」

 そう言うと、キャティは男の首に長い腕を回し、吸いつくような濃厚なキスを浴びせた。男のほうも、あたしたちの眼もはばからず、キャティのスタイル抜群の身体を抱き寄せる。


 あたしは初めて会う相手だったけど、男がだれなのかはすぐにわかった。空手部の最後の一人、居合抜きの名人、そしてキャティの別れた夫――伊勢一機だった。



〝コウアン〟っていうのがどんな組織なのかは知らないけど、いかにも身勝手そうな伊勢が何百人と集まったような、あきれるほど強引で荒っぽい連中らしいことはすぐわかった。スパイやヤクザが相手だっていうのもうなずける。

 駆けつけた警官たちは数人の伊勢の部下に阻止されて一人も邸内には入れず、門の外でヤジ馬の整理をさせられている。中に入れたのは数台の消防車だけ。それも屋敷があらかた燃えつきた後だった。証拠はほとんど燃えつき、たしかにこれじゃ事件にしようもないわけだ。

 救急車も門の前に足止めされ、おかげで三バカと水谷パパが白河家の一家と使用人たちを背負ってそこまで運び出さなければならなかった。


 その様子を眺めながら、伊勢が悔しそうに舌打ちした。

「クソっ、しくじったなァ。あの女を取り逃がしちまった……」

 木刀の打撲傷でうめく黒スーツの男たちは、みんなまとめて厳重な護送車につめこまれてどこかに連行されていった。その中にミス・ランドルフの姿だけがなかったのだ。


「あなたがちゃんと殴らなかったからアルね。相手がちょっといい女だと、すぐ手加減しちゃうんだから。……でも、久しぶりにアタシんとこに泊まってかない?」

「いや。この子を預かってるんだろ。またこんどにするさ。いちおうマンションの部屋の前までは護衛するよ」


 あたしはキャティのBMWの後部座席に寝かされ、伊勢とキャティの会話を聞いている。感覚はすこしずつもどりはじめたけど、まだ力がぜんぜん入らない。

 ウフン……と運転席から鼻にかかった声が聞こえ、キャティの金髪がヘッドレストの上にのけぞった。また二人で何かやっているらしい。ケンカ別れしたバツイチ夫婦のはずなのに、まったく大人の世界ってのは不可解だ。


 そのとき、ウインドーをコツコツと叩く音がした。あわててキャティたちが離れる気配がして、ウインドーが下がる。

「お取り込みのところを失礼――」

 わずかに笑いを含んだ若い男の声がして、つづいてプシュッと聞き憶えのある物音がした。


(駒彦にかけられたスプレー……!)

 そう思い当たったときには、あたしの意識はまた遠くなっていた。

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