Ep.6 HARUNA 2

 助かった……とはとても思えない。

 そろいもそろって屈強な体躯をした男たちが、同じ距離をとってぐるりとあたしたちのベッドを取り巻いた。彼らのスタイルには既視感がある。この中の一人は、湘南のオヤジの病院に侵入した男にちがいない。


「宇奈月春菜だけは丁重に……といっても動けないようね。先にこの兄妹を縛り上げてちょうだい」

 女は勝ち誇るように男たちにアゴで命じた。


「イヤっ。やめて!」

 どんな仕草をしても優雅だった祥子も、身に危険が迫れば反応は同世代の女の子と変わりない。抱きすくめる腕に歯をむき出して噛みつこうとするし、あられもなく足をバタつかせて暴れた。駒彦のほうはというと、怯えた眼をして立ちすくみ、なんの抵抗もできずにあっさり縛り上げられてしまう。


「はい、ストップ! そこまでアルよ」

 いつのまにかドア口に二つの人影が立っていた。

 なんと、この前いっしょにここに来たキャティとシンイチロー(たぶん)だった。


「残念ながら、逆転のまた逆転アルね。アタシたちこそ正真正銘の正義の味方よ。おとなしくハルナちゃんを返すアルね」

 キャティがいつもの歯切れのいい口調で言うと、向かい合った外国人女がせせら笑った。

「これはこれは……だれかと思ったら、聖エルザのアバズレ外国人司書と、法廷ゴッコがお似合いの顧問弁護士――のほうだったかしら?」


「よくご存知アルね。こっちもあなたのことを知ってるわ。エルザタワーのご近所さんよね、ミス・ランドルフ」

「ど、どうしてその名前を――」

 女の顔がサッと引きつった。


 シンイチローは、持参したタブレットの画面を慣れた手つきで操作しながら言う。

「やっぱり図星だったね。マンションの契約者は何重にも巧妙に隠されていたけど、ヤスジローがちゃんと突き止めたよ。姉小路コンツェルンの末端組織につながってた。その部屋に堂々と住んでいる外国人女性っていえば、当然――」

 シンイチローの言葉ジリを、キャティが絶妙の呼吸ですばやく引き取る。

「ミス・ランドルフってことになるわ。それにしても、よく化けたアルね。アタシより年下に見えるなんて。相当ご苦労なさったんだろうけど、すべては無駄……いえ、でも、こんなムキムキマッチョを何人もはべらせてるんだから、うらやましいというべきアルか?」


 外国人女の白い頰が、屈辱と怒りでみるみる紅潮していく。

「ここに宇奈月春菜が囚われているのがどうしてわかったのか知らないけど、どうせたまたま家庭訪問にでも来たんでしょ。飛んで火に入る夏の虫よ。女とチビのたった二人で、私たちと張り合えるとでも思ってるの? 遠慮はいらないわ。やっておしまい!」

 手の空いている黒服二人が、胸元からおもむろに例のサイレンサー付きの拳銃を抜き出す。


 と、そのとき――

 二つの小さな窓とテラスに面した大窓を突き破って、三つの人影がいっせいに飛び込んできた。一人はその勢いのまま拳銃をかまえた男にタックルし、二人めは巨体を利して二人まとめて体当たりで吹っ飛ばし、三人めはうまく着地を決められずにゴロゴロ転がったけど、運よく祥子を抱きすくめている男の足元をすくって倒した。


 迷彩服に身を包んだ男たちは、なんとマツオカ、オオスギ、ヤスダの三人組だったのだ。彼らの乱入で形勢は一挙に逆転した。

 キャティが長い脚をみごとに伸ばし、三バカに拳銃を向けようとする男の手を蹴り上げる。シンイチローが投げたタブレットは、円盤のようにクルクル宙を飛び、ヤスダの首をロックしようとしていた男の頭部を直撃した。


 広い部屋とはいっても、敵味方が入り乱れる乱戦になった。じゃまなサイレンサーなんかついた銃はもう使えない。あたしが動けないでいるベッドの上に取っ組み合ったまま倒れ込んでくる者さえいる。


 動こうとしてもどうにもならない身体だからだろうか、機能する神経がすべて観察と思考に集中し、大混乱の中なのにあたしの頭は不思議なくらい冴えわたった。

(キャティとシンイチローが現れたのは、隠しカメラか何かをこの前来たときに仕掛けておいたからだろう。でも、つぎには三バカが……これってどういうこと?)


 ……そうか!

 湘南の宇奈月医院に黒スーツが現れたってことは、ミス・ランドルフって女の一味はずっとあたしの探索を尾行してたってことだ。白河邸を三人で訪れたことも知りつくしているにちがいない。だから、女はキャティたちがいきなり現れても、両親か祥子にまた用でもあって来たのだろうと決めつけて油断していた。


(だけど、三バカの絶妙なタイミングの突入から逆算すれば、キャティたち二人はあたしに迫る危機を引きのばすための時間稼ぎをしてたことになる。てことは、彼らには前もって綿密な打ち合わせがあったんだ! でも、いくら昔の仲間同士でも、いきなりそんな息の合った連携がとれるものだろうか。もしかして……)


 それに、あたしはもう一つの重大なことにも気づいていた。

 部屋のいたるところに灯されているキャンドルが、衝撃でつぎつぎ吹っ飛んだり落下している。その数が多すぎて目立たないだけで、タペストリーやカーテンの裾をくすぶらせているものもある。それらが一挙に燃え上がれば、部屋はたちまち炎に包まれるだろう。その瞬間は刻一刻と近づいているのだ。


 あたしの眼がある人物の動きをとらえた。部屋の隅に追いやられた駒彦が、床に落ちているあたしのバッグを足を伸ばしてこっそり引き寄せようとしている。

(そういえば、あいつはさっきバッグの中をかき回していた……)

 あたしのイヤな予感は当たった。駒彦は取り出したバタフライナイフで自分と妹を縛っているロープを切ると、獲物を狙う眼をして前に立つ人物に忍び寄った。


「きゃあっ」

 悲鳴を上げたのはミス・ランドルフだった。

 たちまち黒スーツたちの動きが硬直し、空手部の連中も思わずそちらに眼をやる。


 駒彦はミス・ランドルフの背後から首にナイフの切っ先を突きつけ、祥子の手を引いて用心深く部屋を横切っていく。

「みんな動くんじゃない。部屋から一歩でも踏み出してみろ。この女の首から真っ赤な血が吹き出すぞ。僕らがカマロに乗り込んだら解放してやる……」

 なんて卑劣なやつだろう。駒彦は、火事になりかけている屋敷に眠ったままの両親たちを置き去りにし、自分たち兄妹だけで逃げ出すつもりなんだ!


 黒スーツたちを牽制しながら、駒彦はドア口にむかってジリジリと後ずさった。

「あっ――」

 ドアのむこうで先に逃げていた祥子の細い驚きの声が聞こえた。

 駒彦が思わずそちらをふり向いた瞬間、彼の身体はミス・ランドルフとひと塊りになって部屋の中央まで軽々と吹っ飛ばされてしまった。


 代わりにドア口に現れたのは、巨大な体躯の人物だった。祥子の細い腕をつかみ、肩にはロープの束をかついでいる。

(やっぱり――)

 あたしのしびれた全身に温かい安心感がたちまち広がっていく。


 それは、なんだかとっても懐かしい気がする水谷パパの姿だったのだ!

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