Episode 6 Please Allow Me to Introduce Myself ―― 我が名はローレンス
Ep.6 HARUNA 1
青白い月明かりからオレンジ色のキャンドルの光の中へのわずかな移動なのに、白河祥子はまるでおとぎ話の挿絵から抜け出して、生々しい陰影にくま取られた女性の肉体へと実体化したかのようだった。
彼女は一糸まとわぬ裸体となり、優雅に身をくねらせてベッドに上がってきた。
あたしのほうが恥ずかしさで思わず身を引いたとき、後ろから駒彦にガーゼのようなものを顔に押し当てられた。わずかな刺激臭が鼻をつく。
「眠らせてしまうの? お兄さま」
「いいや。だけど、暴れたり叫んだりされたら興ざめだからね」
言いながら、駒彦があたしの足のいましめを解こうとしている。
あたしは空手の段こそ持っていないけど、おふくろに鍛えられた体技には自信がある。駒彦はそんなことを知るよしもない。
けど……
なんてこと!
解いたばかりのロープを手にした駒彦は、暖炉のそばまで吹っ飛ばされてるはずなのに、あたしを見下ろして平然と笑っている。あたしの脚は、制服のスカートをちょっと持ち上げただけで、また力なくベッドの上に落ちてしまった。
「効いたようだね。しびれ薬みたいなものさ。身体に力は入らないけど、意識だけはしっかりしているはずだ。大丈夫、変なクスリじゃないよ。僕らといっしょにどんなことをして楽しんだか、ちゃんと憶えていてほしいからね」
(な、なに勝手なこと言ってやがる!)
せめて怒りをぶつけてやることくらいしたいのに、声を出すことはおろか、歯をくいしばることもできない。
駒彦は、あたしにはもう抵抗する力がないとみて、ためらいもなく自分も裸になる。
あたしをはさんで三人が横たわるってことがどういうことか、今こそようやくあたしの中に実感をともなった恐怖を呼び起こす。
二人はあたしをオモチャのようにいじくり回し、さんざんもてあそぶことで自分たちの快楽をかき立てようとしているのだ。二人だけでは頼りなく、どうしても不安でたがいに越えられなかった一線を、あたしを道具か踏み台のように使い、無理やり突き破ろうとしている。
それは、あたしがちゃんと人格を持った一人の人間で、何を考え、何を求めて生きてるかなんて完全に無視した行為だ。二人の関係にしたって、兄妹同士の混じり気のない純粋な愛情のように勝手に思い込んでいるらしいが、他人のあたしを巻き込まなきゃならないというなら、倒錯した異常な欲望を正当化しているだけのことだ。
祥子はもうあたしにぴったりと身体を密着させている。駒彦が反対の側に身を横たえると、いよいよあたしは完全に身動きがとれなくなった。
手首のロープもようやく解かれたけど、それは制服のブレザーを脱がすためだった。あたしはそれなりに抵抗したつもりなのに、いともあっさりと腕から抜けてしまった。祥子は楽しそうに笑みを浮かべ、あたしのブラウスのボタンを一個ずつはずそうとしている。
(やめろ! やめるんだ……!)
心の底からの必死の叫びさえ、力のないうめき声にしかならない。
あたしの身体は完全にしびれ、かろうじて眼を動かすことができるくらいだ。身体をあちこちまさぐる手の感触は、奇妙なことに冷たさとして感じられた。けっして気持ちいいとか悪いとかいう感覚的なものにはつながらず、ゾワゾワとひっきりなしに鳥肌を立てさせる。
(そうだ……こいつらの狂気になんか巻き込まれてたまるか……どんなことになったって、あたしは自分を見失ったりしないぞ!)
あたしは心の中でしっかり唇をかみしめた。
ついにどちらかの手がスカートの下に侵入してこようとした、そのとき――
部屋じゅうに灯されたキャンドルの炎が、いっせいにフワリとなびいた。
「あらまあ、不用心にカギもかけずにお楽しみ?」
ドアを開けていきなり入ってきたのは、濃い紫のタイトなロングドレスをまとった人物――髪をたっぷり盛り上げ、唇に毒々しい色のルージュを引いた派手な外国人女だった。もちろんキャティとは似ても似つかない、見たこともない女だ。
後ろには黒メガネに黒スーツの、いかにも怪しげで危険なムードをただよわせた三人の屈強な男たちが従っている。テラスのほうからも同じ格好の二人が現れた。
駒彦と祥子はさほどあせった様子もなく、むっくりと身体を起こす。肌を隠そうともしないのは、使用人に裸を見られることくらいなら慣れきってしまっているからだろう。
「しかも、嫌がる女の子をはさんで三人でだなんて、刺激が強すぎやしない? でも、イケメンの兄と美少女の妹の倒錯した狂態は、古めかしいお屋敷にはいかにも似つかわしいわね」
「おまえはだれだ? いったいだれの許しを得て……」
駒彦がふてぶてしく問い返す。
「残念ね。ご両親も使用人たちも、全員ぐっすり眠ってもらったわ。泣こうが叫ぼうが、広大な敷地の外までは届かない。あなたたちのほうが痛い目に合いたくなかったら、おとなしく言うことを聞くことよ」
「な、なんだって……!」
ようやく事態がのみこめてきて、駒彦はうろたえた声をあげた。
「私たちは正義の味方とはちょっといえないけど、まずはその娘をあなたたちの毒牙から救ってあげないとね。大切な人質にするんだから――」
女は口の端を吊り上げ、悪魔のように笑った。
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