Ep.5 HARUNA 1

「ハルナノナハ、ナッパノナ! ――あなたのシャウト、最高に感動したアルねぇ~!」

 中古で買ったという青いBMWを軽快にぶっ飛ばしながら、キャティがかん高い声であたしのマネして大声を上げる。ロイドの濃いサングラスに赤のスーツ、ブロンドの髪に紫色のルージュはとても学校の先生とは思えない。


「そ、それはありがとう……」

 後部座席のあたしは、キャティがアクセルを踏み込むたびにグンと身体がシートに圧しつけられ、ハンドルを切るたびに右へ左へと振り回される。

 車を運転すると人間が変わるとか、本性が現れるって言うけど、キャティはまさにその典型だと初めてわかった。


「コックリさんもナイス父親アルけど、心のリハビリ必要アルね。アタシでよければいつだって手伝うのに」

「手伝うって?」

「モチ、大人のお付き合いしてあげるのよ。オトコを元気にするのはオンナの役目アル」

 キャティは、なんのためらいもなくすごいことを言う。昔から論理的でモノにこだわらないサッパリした性格だったっていうけど、考え方もトンでいる。


「で、でも、オヤジにはおふくろが……」

「マア、たまには別の相手もいいのにネエ。アタシの結婚式のときだって、あんなに酔っ払って正体なくしてなかったら、優しくなぐさめてあげたのに。オトシマエ姉さんほどじゃないけど、アタシのオッパイだってなかなかのものなんだから」


「そういう問題じゃ……それに結婚式の当日だろ」

「デキチャッタ結婚だったからね。でも、もう流産しちゃってたし、相手はだれでもよかったの。三バカはアタシがパンツ見せたげるといつも興奮してたのに、そろって意気地なしでネエ。顔を真っ赤にして胸に触ってきたのは、空手の練習のときだけだったわ」

 あたしはあきれて何も言えなくなった。


 キャティがこんどは助手席に声をかけた。

「ボーイ、あなたはどうなの? オトコの二人暮らしなんて不健康よ。たまにはアタシんとこへ泊まりにいらっしゃい。アタシはバツイチの独り身だし、二人いっしょでもぜんぜんOKだから。コックリさんもそうだけど、アタシも最強の博愛主義者アルよ」


 すると、子どもみたいな黄色い悲鳴が上がった。

「ヘンなとこ触らないで! それに、〝ボーイ〟はもうやめてよ。これでもキミとは聖エルザの同学年、同い年なんだから」

「そうだったっけ? あの頃は小学生にしか見えなかったし、今もやっと高校生になったくらいにしか見えないけどネエ」


 バックミラーごしに見えるクルッとした愛くるしい眼と丸いほっぺの童顔は、たしかにあたしにもそんな印象だ。オヤジの病院に緊急通報を入れてあぶないところを助けてくれたヤスジローの双子の兄、シンイチローだ。

「これでもれっきとした東大法学部卒の弁護士なんだよ。それに、キミの昔からの過剰なお色気サービスもけっこう。なんたって、ぼくらは二人で完璧なユニットなんだから」


「それにしても、よく二人そろって東大入れたアルね。サインとか決めといてカンニングしたわけ?」

「まさか。ぼくらも聖エルザの大騒動が終結して、目標を失いかけてた。だから、二人で東大を目指そうって誓いを立てたんだ」

 そうか。空手部のメンバーにも、同じような危機感を抱いた者がいたのだ。


「それでまず、医大に現役合格した宇奈月センパイに勉強法を聞いたんだけど、ぜんぜん役に立たなかったよ」

「どうして?」

 オヤジの名前が出て、あたしも興味がわいてシンイチローに尋ねた。

「あの人は天才さ。授業をぼんやり聞きながら教科書をチラ見するだけで、勉強らしい勉強なんて必要ないんだ。そのくせ何にでも興味があって雑学の大家だからかないっこない」

 なるほど。まさにオヤジらしいエピソードだ。


「そしたら、生物の教師がおもしろいことを言ったんだ。『君たちは一卵性双生児で遺伝子は同じ。しかも驚くほど同じ考え方や行動をする。だったら精神をシンクロさせるようにして勉強してみたら』って」

「精神をシンクロさせる?」


「そう。半信半疑でいろいろ試してみた。すると、不思議なことが起こったんだよ。ぼくがジックリ勉強した後、ヤスジローの頭に手を当ててその内容を思い浮かべながら精神集中すると、なんとヤスジローにぼくの知識がそっくりコピーされたんだ!」

「そ、そんなことができるの?」


「詳しくはわからないし、その方法が最適だったかどうかも不明さ。でも、脳にはまだまだ未知の能力が秘められてるって話だよ。とにかくそのやり方で、ぼくらは普通の受験生の二倍の勉強量を確保できたってわけ。ぼくは弁護士、ヤスジローはコンピューターの専門家になったけど、あいつがその気になれば司法試験に受かるくらいの知識はあるし、違法スレスレのハッキングはお手のもの。その逆も同じさ。〝無敵の双子〟って意味がわかった?」

 それはヤスジローが言ってた言葉だ。いったい二人はどこまでシンクロしているんだろう。

 キャティにしろ、ヒロオカ兄弟にしろ、三バカにしろ、空手部はつくづく常識はずれのキャラぞろいだ。


 今日二人と出かけてきたのは、ローレンスが関わったと思われる最新の事件の聞き込みをするためだ。


 オヤジと二人でいるところをなぜ襲われたのか、敵の正体は何者なのか――。わからないことが多すぎる現時点では、警戒や防御に限界のある深川のウチに、あたしがおふくろと二人きりでいるのは危険だった。ママとおふくろが相談し、しばらくキャティにあたしの身柄を預かってもらうことになった。


 姫が亡くなった今では仲間はキャティ一人しか住んでいないエルザタワーだけど、警備員が二四時間常駐するセキュリティシステムは万全だし、パパとママのいる校長住宅は眼と鼻の先にある。しかも、中学校への送り迎えは、仕事の現場にずっと張りついている必要のないヤスダが気軽に引き受けてくれた(ヤスダの自家用車はなんとベンツだった!)。


 だけど、ここまで来たらローレンスの探索を途中でやめるわけにはいかない。悩んだあげくキャティに打ち明けると、なんとあっさりOKが出た!

『ただし、アタシもいっしょに行くアルね。あなたの身柄を引き受けた責任もあるし、そういうドキドキワクワクするシーン、アタシ大好きアルから! モチ、チクリン校長たちにはナイショでよ』


 どうせ行動が全部つつ抜けになってしまうヤスジローにも相談すると、『ああ、そういうことならシンイチローも連れてったらいいよ』ということになった。


 調査したい事件、というか、問題が起きたのは姫の死のしばらく前のことで、高等部の女生徒の一人が不登校になったことだった。そのこと自体はとくにめずらしいことではないし、女生徒が自殺するとか、大きな騒ぎを引き起こしたというわけでもない。


 だけど、保管庫の棚のいちばん端っこにあったそのファイルにあたしが妙に引きつけられたのは、ほとんど資料らしいものが入っていないにもかかわらず、中にちゃんと姫のウグイス色の紙がはさまっていたことだ。


 そして、その紙には何も書かれていなかったのだ――。

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