Ep.4 HARUNA 3

「いちばん最初にボクがやつを目撃したのは、教師の姿をして滝沢礼子にミホちゃんを美術部室に監禁する方法を教えているところだった。なんと、それにはまずヌードモデルになって美術教師をたぶらかすのだ、と」

 やっぱりそうだった。滝沢の動向を監視していたオヤジは、その場面をしっかり目撃していたのだ。


「ちょっと待って。オヤジはそもそもなぜ滝沢を見張ってたの?」

「ボクは聖エルザを卒業した姉から学園の危機を伝え聞き、姫たちの仲間である証拠の印を託されて編入してきた。滝沢は狡猾にそれを奪い、ボクを出し抜いて姫たちに近づいた。そしてさらに、ミホちゃんを閉じ込めて彼女からも同じその印を奪おうとしていたんだ」


「それは、そんなに大切なもの?」

「すでに敵の手先が多数入り込んでいた。姫にいくら説明しても、あれなしでは反対に怪しまれて警戒されるだけだっただろうな。両親を亡くしたばかりのミホちゃんにいたっては、聖エルザを守る使命はおろか、姫たちの存在すら知らず、印は親の大切な形見だとしか思っていなかった。もしあれを失っていたら、彼女がクルセイダーズの一員だとは永遠に気づかれずに終わってたかもしれないんだ」


 最初から、なんて劇的な展開だったんだろう!

 それでスッキリとわかった。オヤジは、滝沢から印を奪い返そうとして滝沢を逆に美術室に閉じ込め、その結果ミホ母さんを救うことになったというわけだ。


「ところが、その翌日にはやつはボクのところへやって来て、ミホちゃんとチクリンが美術教師の教官室に忍び込むというような無謀な行動に出そうだから、助けてやったらどうだと言ってきた。彼女たちはまだ滝沢が仲間だと信じていて、美術部室から救出しようとしたんだ。やつの言葉には半信半疑だったけど、やっぱり駆けつけてよかったよ」

 どういうことだろう。滝沢の味方をするかと思えば、オヤジにミホ母さんたちの危機をわざわざ知らせている。結果的に、クルセイダーズを分断するという滝沢のたくらみは阻止されたわけだ。なんでそんな矛盾したことをやったんだろう……?


 あたしはこの数日で調べてきたことをオヤジに説明した。

 美しい女生徒をつぎつぎレオポルド教授のところへやったのは、審美的な趣味からとも、単なるスケベないたずら心からとも考えられる。ストーカー事件に巻き込まれた女性の場合は、明らかに徹底した正義の味方として振る舞った。聖エルザ初の学生結婚を実現したカップルの場合は、尻切れトンボのように破綻してしまったけれども……。


「ローレンスはボクに、熱愛する恋人たちを出産するまでかくまってくれと言ってきた。ところが二人は、おままごとのカップルのように認識の甘い連中だったよ。臨月になるまで江ノ島あたりのカフェやゲーセンで遊びまわっていた。ここも海辺のプチホテルかなんかくらいに思っていたんだろう。中絶が不可能な段階にまで行っていなかったら、ボクは即刻親に連絡して堕胎手術を強制したと思うよ」


「ローレンスは何を考えてたんだろう」

「そこだよ。この場合は、スキャンダラスな『聖エルザ初の学生結婚』を強引に実現してみたかったか、あるいは軽薄な二人に当然その後に待ちかまえている苦難を味わわせてやろうとしたのか。学生結婚のほうは、姫をはじめ聖エルザが全面的に祝福をあたえることで醜聞にならずにすんだが、卒業後は悲惨だったのだろう?」

 貧しい母子家庭となった現在の女の様子を見てきたあたしは、大きくうなずいた。


「やることがぜんぜん一貫してないよね」

「いや、それはどうかな。こう考えたらどうだろう。恋文屋ローレンスの目的とは、人の運命をもてあそぶことだとしたら、と。彼に介入された結果、みんないろいろな形で運命を狂わされている」


「そうか、滝沢礼子やミホ母さんたちの場合だって、運命はどっちに転ぶかわからなくなったわけだもんね」

「そうさ。ボクもコマの一つとして操られていたことになる。やつにとっては、おもしろければそれでいいんじゃないのかな。ストーカーから助けられたっていう女性の場合にしたって、四人組は最後ローレンスのわなにかかったわけだろ。だったら、そもそも彼らにストーカーをやるように仕向けたのも、四人を結びつけたのも、ローレンスの仕業だったかもしれないじゃないか」


 なるほど、たしかにそうだ。ふつうならそこまで手の込んだことをやるのかと思われるようなことでも、それがおもしろくてたまらないのなら骨身を惜しみはしないだろう。

 さすがに姫につぐ頭脳の持ち主と言われたオヤジは、姫のように綿密な調査をしなくても、恋文屋ローレンスの本質を見抜いていたのだ。


「長い間、ボクには一つだけどうしても気がかりだったことがある。ローレンスに言われるがまま高校生カップルを預かって出産まで面倒みたりしたのも、下手に逆らってやつを刺激したくなかったからなんだ」

「どういうことだい?」


 オヤジは初めてあたしの顔にまっすぐ眼を向けて言った。

「聖エルザには、いかにもローレンスがつけ込みたがりそうな秘密があるじゃないか。なのに、まったく手出しをしてきた形跡はないし、その秘密は完全に守られている。だれの眼にも奇妙に映り、いくらでも大きな騒ぎの火種になりそうな危うい秘密であるにもかかわらずだ」

「あっ……」

 あたしは息をのんだ。

「そ、それって、もしかしてあたしのこと?」


 オヤジは重々しくうなずいた。

「三人の母親がいるなんてことがそもそもおかしいし、そうせざるをえなかったのは裏に抱えた特別な事情や秘密を隠すためだろうというのは容易に推測がつくことだ。なのに、ローレンスは行動を起こさない。考えられるのは……」

 あたしはつぎの言葉を待ったが、オヤジはなぜか唇の端に奇妙な笑みを浮かべた。


「冗談としか思えない、あまりに見えすいたウソなんだ。さすがのローレンスも、それを暴き出してスキャンダラスなだけでつまらない現実的な真相をさらすなんてことより、その結末がいったいどうなるかを黙って見守ることのほうがおもしろいと判断したのかもしれない」

「てことは、いつかあたしが真実を知りたくて行動に出ることを見越してたってこと?」


「ほかにも可能性はあったさ。秘密を守るべきクルセイダーズのだれかの言葉や行動から、思わぬ形で真相が露見することもありえた。だが、それはボクらの鉄壁の誓いによって守り抜かれてきた。やつがその謎に挑戦してくることだけが気がかりだった。刺激しないようにしてきたっていうのは、そのためだったんだ。残るは……わかるな?」

「そのウソのおかげでいちばん恩恵をこうむり、ぬくぬくと幸福にひたってきたあたし自身が、こともあろうにその立場を危うくするようなまねを始めたってことか」


「ボクがローレンスなら、それがもっとも興味ある展開だと考えるだろうし、そういうことが起こるのを一五年もの間待ちかまえていたとも思えるな」

 あたしはこんどこそ背中にゾクリとするものを感じて、思わず両手で腕を抱きしめた。


「じゃあ、あたしがローレンスのことを必死に調べて探し出そうとしてるつもりが……」

「そうだよ。やつには待ちに待った事態ってことになるだろう」

 なんてことだ! ローレンスを追っていたはずなのに、反対にこちらから招き寄せるようなことになっていたなんて。


「だから、くれぐれもうかつなまねをしないよう、よく考えて慎重に行動することだ。ボクはおまえの母親たちから一五年前にあの話を持ちかけられたとき、そんな荒唐無稽な計画がうまくいくはずがないと思ったし、よくこれまで秘密が保たれてきたものだと思うくらいだ。だけど、悪い形でこれが暴露されれば、学園を揺るがすスキャンダルになりかねないし、おまえ自身にとっても望まない結果になるかもしれない」

 オヤジの言葉に、あたしはウンウンと何度もうなずいた。


「だからといって母親探しに反対はしない。母さんも、ママも、おふくろも、そろそろ覚悟はしていると思う。だけど、それでもボクらの口から話すことはできないし、もう一方におまえの気持ちにつけ込もうとする者がいることも知っておいてもらいたいんだよ」

 あたしは、やっぱりオヤジに会いに来てよかったと思った。オヤジはみんなにニヤけてるって言われるいかにも人のよさそうな笑みを浮かべ、あたしの顔を見た。


 と、そのとき――

 けたたましい音を立ててあたしのケータイが鳴り出した。ディスプレイが真っ赤に点滅して「緊急!」の文字を浮かび上がらせている。


 あたしは発信元を確かめるのも忘れて耳に押し当てた。

「すぐ逃げろ。そこに侵入者がいるんだ。武器も持ってる。気をつけて!」

 電話のむこうからカン高い声が早口にまくしたてると、またいきなり通話が切れた。


 ミシ……

 休日でオヤジ一人しかいないはずの建物に、そのかすかな物音は異様に大きく響いた。

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