Ep.3 HARUNA 6

「カーッコイイ!」

 あたしは思わず大きな声を上げてしまった。

「ね。でしょっ?」

 女性のほうも、まるで友だちにでも同意を求めるようにはしゃいだ声で言った。


「私は最初、彼がたまたま通りかかって助けてくれたんだと思ってたし、その場の光景を持っていたビデオでとっさに写しただけだと思っていたの。ところが……」

 ビデオにはその現場のシーンだけでなく、四人がファミレスで彼女のおびえぶりを話題にして盛り上がったり、ストーカー行為の分担を相談している生々しい会話も撮影されていた。仲間の一人が彼女の買い物にしつこくつきまとう一部始終や、別の男が満員電車の中で乗客をかき分けて彼女に無理やり近づいていく様子なども映っていた。それぞれの顔がはっきり見えるところには、ごていねいにも住所氏名年齢のテロップまでつけてあったという。


「ローレンスって、どんな人だったんですか?」

「二〇代半ばかな。大学生には見えなかったわね。背が高くて細おもて、ちょっと翳のある表情をしてて、でも笑顔は優しそうだった……。まだ高校生だった私には、颯爽と白馬に乗った騎士のように思えたわ。ずっと彼と再会することばかり夢見て、いつのまにか婚期をのがしちゃったのよ。やっと結婚して三年めですもの」

 女性は顔を赤らめて照れくさそうに言った。


 あたしは、女性が親切にくれたビニール傘をさして最寄り駅まで歩いた。


 彼女の前に現れた恋文屋ローレンスは、まさに正義の味方だった。たまたま急場を救ったどころじゃない。何日も、あるいは何週間も彼女の身辺を警護し、ストーカーの人物を特定し、動かぬ証拠まで積み上げたことになる。

 それに、四人が最後に鉢合わせすることになったのは、どう考えてもローレンスが何らかの〝仕掛け〟をしたとしか考えられない。ローレンスは決定的な場面を演出し、そこで決着をつけてしまおうとしたのだ。


 そのビデオテープにローレンス自身が写っていることはないだろう。だけど、それは、まるで都市伝説のように『恋文屋ローレンス』という名前だけが一人歩きしているにすぎなかった人物が、確実に存在するという証拠でもあった。



 そのこともあり、まったく手探りで始めたばかりの聞き込みが予想外にうまくいったことにも気をよくした。その翌日は北風に逆らって隅田川沿いに北上するコースを走り、つぎの証言者の元へと向かった。


 そのあたりは深川の家の近所以上に小さな家屋がごちゃごちゃと建て込み、細い道が入り組んだわかりにくい場所だった。ようやく探し当てた木造アパートはかなり老朽化していて、昼でも暗い板張りの中廊下を足音を忍ばせて歩き、なんとか部屋を探し当てた。


「うるさいなあ、もう」

 不機嫌そうな声は、中で走り回っている子どもとノックしたあたしのどっちに向けられたものかわからず、ドキドキしながら待った。

 若い女性が、寝乱れた髪を直そうともせずに戸口に現れた。どぎつい下着姿から想像するに、これから夜のお仕事に出かけるらしい。


「聖エルザのこと? あんた、私の人生最悪の失敗をほじくり返しに来たってわけ?」

「そ、そんなつもりはないんですけど、『恋文屋ローレンス』って人物について何かお話がうかがえたらと思って……」

「ローレンスだって! あんたもあいつに何かちょっかい出されてるの?」

「いいえ……でも、そのうちきっと会うことになると思うんです。いろいろ噂のある人物だから、すこしでも彼について知っときたくて」


「あんたずいぶん若そうだけど、悪いことは言わないから、親切めかした言葉にだまされちゃダメよ。あいつは人を破滅させるのが無上の楽しみなんだから」

「破滅……させるですって?」

「そうよ。駆け落ちして子どもまで産んでしまった女子高生に、世間がどれほど冷たいものか、私は骨身にしみて感じたわ」


 あたしのメモには『聖エルザ初の学生結婚事件』と記されている。同級生の男女が失踪し、数か月後に生まれた赤ん坊を連れてもどって来た。両方の親たちは渋々二人の結婚を認めた。学園はそれを受け入れたばかりか、二人の授業にさしさわりがないようにと育児の補助までしたとあった。


「どういうことですか?」

「画期的なことを成しとげたヒーロー、ヒロインみたいにちやほやされたのは、聖エルザを卒業するまでのほんの二、三か月よ。子どもを育てるのは大変だったし、大学にも行けずに働かなきゃいけなくなったし。男はすぐにこんな生活に嫌気がさして出てったわ。とうとう両親にも見放されて、私はどん底の貧乏暮らしよ」


「そ、それがローレンスのせいだったというんですか?」

「ちがう? 女子高生がうっかり妊娠しちゃったら中絶するのが当たり前じゃない。そうすりゃ、いくらでもやり直しがきくし、もっといい男に出会えたかもしんない。それを、あのローレンスとかいう怪しげな男が、『純愛をつらぬくことはいかに素晴らしいことか』なんて甘ったるい言葉で駆け落ちしろってけしかけて……」


 後は女のとりとめのないののしりやグチになった。そういうセリフをまともに聞いてくれる相手はほとんどいなかったのだろう。言いたいことを一通り吐き出してしまうと、ようやくせいせいした表情になってポツンと言った。

「でも、私と彼をかくまってくれた先生だけは親切だったわね」


「先生?」

「私が赤ん坊を産むまでの間、病院に住まわせてくれたのよ。きれいな海が見えるところでね、私もなんだか未来に明るい希望が持てるような気持ちになれたわ」


「それって、まさか湘南の……」

「あら、知ってるの? そう、宇奈月医院の先生よ」


 あたしは、こんどこそめまいがして倒れそうになった。

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