Ep.2 CAMERA EYE

 学園の正門を斜め前から見るアングルである。それがじょじょに上がっていくと、校舎の後方に巨大な塔のような超高層ビルがそびえていく。建物の角度がゆっくりと変わっていくことで、それが移動する車の中からの視点であることがわかる。


 高層マンションのシックなデザインの門の中に、車はすべるように入っていく。降り立った人物が集合インターフォンに暗証番号を打ち込むと、エントランスのドアが音もなく開く。


 いきなり正面のガラス壁いっぱいに閑静な和風庭園が広がる。高層建築には容積率や日照権といった問題で周囲に広大な土地が必要となるのだが、この庭は元からの優雅な姿をそっくりとどめたままでその基準を楽々とクリアし、都心の一等地という立地条件とともにこのマンションに大きな付加価値をあたえている。


 しかし、視点の人物はだれもが眼を奪われるその風景にまったく関心を示さず、エレベーターホールへと足を向ける。彼が行き着いた先は中層階のある一室の前だった。


 カメラはドアスコープの内側からの視点に切り替わる。魚眼レンズに映った男は宅配便業者の制服姿である。男はチャイムを鳴らさず、通路の左右にすばやく眼を配ると自分のキーを使って中に入り込んだ。


 カメラはふたたび男の視線に変わる。この部屋は靴のまま歩き回る洋式だとわかる。足音を忍ばせるというより、男の自然な動きが足音を消している。

 高級マンションにふさわしい派手で豪奢な内装だ。リビングの大きなソフアの背もたれのむこうから、押し殺したクスクス笑いが聞こえてくる。


「真っ昼間からお楽しみのようですな、ミス・ランドルフ」

 その声でヒィッと小さな悲鳴が上がり、ソファの上に跳ね上がるように男女の頭がのぞいた。


「し、柴田くん! なによ、いきなり。チャイムくらい鳴らしなさいよ!」

 女があわててきらびやかな部屋着の胸元をかき合わせ、髪をととのえながら怒鳴った。相手の男はこちらも見ずにそそくさと別室に逃げ込んでいく。


「私を〝くん〟づけで呼ぶのなら、元教師らしくお行儀よくなさってください。今日は特別の日だから監視員を増員したのであって、あなたの遊び相手をさせるためではありませんよ」

「わ、わかってるわよ。ちゃんと見張らせているわ。あなたは私のことを、このマンションに部屋を確保しとくための飾り物くらいにしか思ってないだろうけど、あの方からは聖エルザを監視する責任者の大役を命じられているんですからね。敵地の至近距離に屈強な不特定の男を招き入れることができるのも、私という存在があるからだわ。そこにずっと一人で住んでいる女の心細さをすこしくらい察してくれてもいいじゃない」


「たしかに、ここはかつて聖エルザ関係者の巣窟だったし、厳重な警備システムには侵入する隙さえありません。逆に見張られてるって恐れもあります。若い男をとっかえひっかえする金持ちの好色な外国人女というキャラは実に都合がいいが、目立ちすぎるのも困ります。息抜きはほどほどになさることです」

 女はフンと鼻を鳴らし、光沢のある部屋着のヒモを手慣れた手つきで結び直して立ち上がる。身長は相手の猫背の小男より軽く二〇センチ近く高い。


「また若くなりましたな。あの当時生徒だった私より、教師だったあなたのほうが一〇歳以上年下に見えるとは驚きだ。こんどはどこをいじくったんです?」

「なによ、その言い方。魅力を保つ努力と言いなさいよね。それに、私の正体が知られたら今までの苦労がすべて水の泡になるのよ」

 そんな会話をしながら、二人は若い男が駆け込んでいった部屋へ入っていく。


 ドア一枚隔てただけで、そこはリビングとはまるで異質な空間だった。大小のモニターが壁面に隙間なく並べられ、周辺の街路や聖エルザ学園の正門を映し出している。中には、学園構内の木立ちや壁面にこっそり仕掛けられているとおぼしいカメラからの画像もあった。女とイチャついていた若い男と、あと二人の男が食い入るように画面をにらんでいる。


「異常はないか? 今日は白雪和子の一周忌なんだぞ」

「はっ。正門、裏門、通用口、学園を出入りする者はすべてチェックしています。学園の外部関係者としては、空手部に所属していた三名が工事用のバンで来校しています」

「ああ、建設会社をやっているやつらだな。目的の調べはついているか?」

「はい。教員として潜入させている者に調べさせましたが、数日前に教室棟のトイレの水の出が悪いという苦情があったようです。会社のほうにも問い合わせたところ、聖エルザで水道管の修理という予定がたしかに入っていました。校舎はかなり老朽化していますから、補修はたえず行われていて、やつらのバンも月に一、二度はきまってやって来ています」


「通常の仕事ということか……ほかには?」

「学園長とほかに数名の教師が黒服で出勤しましたが、特別な行事や会合が行われている様子は見受けられませんし、とくに異常はありません」

「だから言ったじゃないの。私の部下に抜かりはないわ」

 外国人の女はわざと色っぽく身体をくねらせるようにして男に言う。そういう仕草をすると、三〇代の外見よりはいくらか年配であるらしいことがようやく察せられる。


「そうかな。本当に見落としはないのか……」

 宅配便業者の服装の男は、報告を受けてもまったく変わらない無表情で、置いてあったラップトップを勝手に立ち上げた。鋭いヘビ眼を光らせ、つぎつぎ再生される画像を凝視する。

「む……」

 トラックパッドに触れる男の指が止まった。その画面がただちに壁面のモニターの一つに表示される。


「これは何だ? ……見ろ。校舎の壁際のところだ。あれは人影だぞ」

 男の手がゆっくりトラックパッドの上を動くと、舞い落ちる葉の動きのむこうにかすかに移動するものがある。静止させてみると、それはトレーニングウェアの女性らしかった。


「顔が見えるところを探して拡大しろ」

 男たちは急いで作業に取りかかる。

 帽子の男と外国人女がジリジリしながら見上げる画面に、ようやくぼやけた女生徒の横顔の画像が現れた。

「だれ、この子? 学園関係者じゃないわね」

「いや、関係者だ。見憶えがある――」

 男の手がすばやい指づかいでキーを叩く。


「これだ」

 男が指さすラップトップの画面に一人の少女のポートレートが浮かび上がった。

「宇奈月……春菜。あの軽薄男の娘ってこと?」

「ああ、グラマーな空手女の娘でもある」

 帽子の陰でヘビ眼が妖しく光った。


「そ、それなら、一〇時前後に他校の女生徒らしき者が一人来校しています!」

 部下の男たちが大急ぎで正門の画像を巻きもどしていく。

 この高層ビルの窓際に仕掛けられた望遠カメラの画像に切り替わる。

 ピタリと静止した画像には、守衛室の前にたたずむ制服姿の少女がとらえられていた――。

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