Prologue

A Monologue for Prologue あるモノローグ

 三〇年……

 それは、限りある命しか持たない人間にとって、かなり長い時間だ。

 出会った人々、遭遇した出来事は数知れない。どの一年として似たような年はなかったと思う。波乱に満ちた歳月と言っていい。


 ふと過去をふり返ってみると、不思議と道はまっすぐここへ続いていたように思えるものだ。

 だけど、やっぱりそれは錯覚にすぎない。曲がりくねってはすぐに高い壁にぶつかり、そのたびに呆然としながら新しい道を探してさまよった。どっちが正しい方向かなんて、一度としてちゃんと確信を持てたためしはない。


 生きていれば、親しい仲間にさえどうしても言えない思いや秘密ができてしまう。

 単純なことだったらいつか心を決めて打ち明けれぱすむかもしれないけれど、それが二重になり三重になり、いろいろな事情がからんできたりしたら……


 いくら困っても、「助けて」とは言い出しにくいものだ。

 どんな相手も同じように自分の責任や事情をかかえているし、こちらと同じように秘密にしておきたいことが生じてさえいるかもしれないのだから。


 ふと気がついてみると、そうやって長い間に開いてしまったへだたりは、とり返しがつかないほど大きくなってしまっている。

 人生という時の流れを共に生きていくというのは、そういうことでもある。


 けれど、希望がないわけではない。

 言葉をその相手に直接かけることはできなくても、代わりに届けてもらうことならできるかもしれない。手を差しのべてくれたり、へだたりを埋めることまでは無理でも、この思いを遠くへつないでくれる人なら……


 もうすぐ待ちわびていた人物が校門を入ってくるはずだ。

 ちゃんと立ち止まって守衛にていねいに頭を下げ、学園中央の通りをためらいのない足取りでやって来ることだろう。

 短く無造作にカットされた髪、きりりとした表情、まっすぐな背筋、細身で無駄なところのまったくない肢体。あふれるほどの健康さが全身から匂い立つ。


 あの子は、私たちの間に生まれた唯一の娘――


 だから残された唯一の希望……などとは思わない。

 希望ならだれにもある。それをかなえるのがひどく困難で、おっくうに思えるだけのことなのだ。そこにきっかけを与えてくれさえすればいい。


 彼女はそれだけのものを持っているはず。三〇年という年月を軽やかに飛び越える力を。たとえ彼女自身には今はまだ自覚できないことであるにしても……

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