Episode 2 Searching for My Real Mother ―― 第四の母を求めて

Ep.2 HARUNA 1

 管理棟を出たあたしは、すぐ横の植え込みの中にすばやく身をひそめた。

 どこかから姿を見られていないか、グルリと視線をめぐらせてたしかめる。さいわい、やって来たときと同じく授業の最中で、構内は無人だった。


 手ばやく制服を脱ぎ捨てた。代わりにトレーニングウェアを身につける。こうすれば、一眼でよその学校の生徒とわかる制服姿より、いくらかでも怪しまれずに行動できるだろうという計算だ。ウェアも派手な配色のものをさけて着てきてある。


(もちろん、見つかったって道に迷ったフリでもすればいい。だけど、それじゃもう門からサッサと出ていくしかなくなるしな。推薦入試のために来たんだっていう公明正大な通行手形の有効期限は、なんたって今日限りなんだから……)


 正門を入るときに構内の案内板を何気ない風をよそおって眺め、建物の配置はだいたいのみこんでいる。できるかぎり舗道の上に身をさらさず、建物の壁際にそって移動していく。

 向かいの建物から見つかるのだけが心配だったが、木々の葉っぱはまだ完全に透けて見えるほどには落葉していない。むしろ、パラパラと絶え間なく視界を舞う枯葉は、あたしの動きを隠してくれるはずだ。


 なんとかだれにも出くわさずに体育館までたどり着けた。ようやくちょっと安心する。



 やっぱり行動に移ろう――

 そう決心がついたのは、ほんのついさっきのことだ。


 チクリンママから姫・白雪和子の遺言のことを聞かされた。

『妹の礼子を探して』

 と姫は言い遺していたのだった。


 学園のすべてのことに気を配ってきた学園理事長なのだから、急死する間際ならさぞさまざまな懸案が彼女の脳裏を去来したことだろう。自分の後をまかせることになるチクリン校長に対してなら、よけい言い遺したいことはたくさんあったにちがいない。なのに、最後に口にしたのは、意外なことに失踪したままの母親の違う妹のことだった。


 滝沢礼子のことは、母たちの仲間うちのプライベートな場で、声のトーンを一段下げるようにして語られるのをかたわらで断片的に耳にしたことがあるだけだ。滝沢はいろいろと問題を抱えた女性だったらしく、禁句とまではいわなくても、彼女のことには気安く触れるのがはばかられるムードだった。


〝腹ちがいの妹〟という言葉が、あたしにはたぶん衝撃だったのだと思う。三人の母親が協力し合って産んでくれたと信じ込んでいたあたしは、自分はなんておとぎ話みたいな絵空事をうのみにしていたんだろうと、頭を殴られたような気がした。姉妹なのに母親が違うなんて……。そしてそれがまぎれもない事実だというのだ。


 その衝撃は、いつしかあたしの中にある考えをめばえさせ、それが自分ではどうにもならないほど大きな疑問へと成長していった。

(今日こそ、それを確かめるんだ――)


 三〇年前は出来たばかりだったという楕円形の体育館、オーバルホールもだいぶ年季が入って、打ちっぱなしのコンクリートが黒っぽく変色してきていた。その湾曲する壁を回り込んでいくと、山野草や野生の花々がわがもの顔に生い繁る一角に行き着いた。

 草取りもしてない荒地に見えないのは、その真ん中に気持ちよさそうなログハウスが建っているからだ。見上げればここが都心部だとすぐわかる高層ビル群が取り巻いているのに、その建物のたたずまいはまるで草原の中の一軒家だ。


 おふくろの話では、チクリンママ夫婦がログハウスの組み立てセットのようなものを個人輸入し、老朽化して取り壊された旧講堂の跡地に、休日を利用して二人でコツコツ建てたものだという。あたしがここに来るのは初めてだから、ママたちがエルザタワーを出て移り住んだのは二、三年前ってことになる。つまり、ここが校長住宅に当たるわけだ。


 さわやかな木の香りを鼻孔いっぱいに吸い込みながら、呼び鈴になっているカウベルをカラカラと鳴らした。しかし、いくら待っても反応がない。

(マズイなあ。こんな場所にグズグズしてたら怪しまれちゃう)

 どこか姿を隠すところでもないかと考えながら、建物をそろそろと回り込んでいく。


 ちょうど裏手に曲がりかけたときだった。眼の前が急に暗く翳ったと思うと、いきなり巨大な人影が立ちはだかった!

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