ウマレタイミ/イキルイミ

狼二世

ウマレタイミ/イキルイミ

 道具は、目的をもって生み出される。

 それは、"ソレ"にとっても例外でなかった。


 乾いた風が吹くサバンナ、頂上が霞む高山、ヒトを拒む砂漠に雪山――

 ヒトが一人で歩くにはあまりにも広すぎる大地で、訪れた観客を案内するために、"ソレ"は生まれた。


 けれど、"ソレ"は生まれた意味を果たすことは出来なかった。


『ラッキー、留守をよろしくね』


 突如訪れた災厄に、人々は大地を離れた。

 希望を捨てずに立ち向かった存在も、後悔と共に立ち去ることを余儀なくされた。


 人々を迎え入れるための大地は意味を失い、そこで人々を導く"ソレ"も、意味を奪われた。

 

『マカセテ』


 それでも、"ソレ"は了解の返事をする。いつの日か、生まれた意味を果たすため、"ソレ"は存在し続ける。


 鬱蒼と木々が生い茂るジャングル。報せも便りもない中、"ソレ"は大地で待ち続けた。


 人々が立ち去っても、時は進む。もう、見る人も居ない案内板。そこに描かれたた地図も文字も色あせていく。

 日が昇るたびに景色は変わる。草木は枯れてはまた育ち、動物たちも世代を重ねていく。

 星だけが同じ周期で巡り、気が付けば、同じ形をしたものはなくなった大地で、"ソレ"は待ち続けた。


 そうして、邂逅の時は訪れる――


「ハジメマシテ ボクは ラッキービーストだよ ヨロシクネ」


 ヒトが、訪れた。

 幾星霜の果て、ようやく生まれたい意味を果たす時が来た。

 “ヒト”と”けもの”、そして、ラッキービーストは旅をはじめる。


 生まれた意味さえ分からない”ヒト”と、隣を歩く”けもの”。彼女たちとラッキービーストは、広い大地を歩んでいく。


 橋をかけ、山を登り、砂漠を超えて森へ。

 

 行く先々で、”ヒト”は”けもの”と出会った。

 行く先々で、”ヒト”は”けもの”と絆を結んだ。

 行く先々で、”ヒト”は”けもの”と再会を約束した。


 雪山を超え、海へといたる。


 生まれた意味を探す旅は、いつしか、どう生きるかを知るための旅に変わっていった。


 大地から、ヒトは消えた。

 けれど、生命は消えなかった。

 朽ちた文明を掘り起こし、けものたちは自分たちの世界を広げていく。動物園と言う形は変わっても、生命は消えていない。

 だから、彼女はこう言ったのだろう。


「――パークに、何かが起こっているなら――」


 災厄を前に、”ヒト”は毅然と宣言する。

 かつて人々を大地から追いやった黒い災厄。

 ラッキービーストは、自らの生まれた意義を果たすため、”ヒト”に退避を促す。

 けれど、”ヒト”はそれを受け入れなかった。


「みんなのために、出来ることをしたい」


 もう、”ヒト”は旅に、生まれた意味は関係なかった。

 ただ一つ、この大地を生きる生命として、成すべき事を為すと言った。


『ラッキー、留守をよろしくね』


 赤と青の羽がついた、ボロボロの帽子。それを被った”ヒト”は、記憶回路に焼き付いた、いつかの映像と重なる。


「ワカッタヨ カバン」


 かばんと”けもの”、そして、ラッキービーストは災厄に立ち向かう。

 だが、奮闘も空しく災厄はかばんと”けもの”を傷つけた。


 けれど、彼女たちは痛みに屈せずに戦った。既に終わった筈の大地と友を守るために、身を削り立ち向かったのだ。


『タス――ケテ』


 だから、ラッキービーストも戦った。

 今までの旅路に向かって、助けを呼ぶ。

 その先に、聞き届けてくれる人が居ると分かっていたから。

 

「サーバル、ココハ ボクニ マカセテ」

 

 苦楽を分かち合った仲間の背中を押して、ラッキービーストは言う。


「サーバル――三人での旅、楽しかったよ」


 生まれた意味を果たすことが出来なかった機械は、偶然にも自分の役目を果たすことが出来た。

 けれど、それは、もう終わりだ。

 生まれた意味を――パークを守るために、ラッキービーストは自らを差し出すことを決めたのだから。


 災厄を船に乗せ、自沈することによって大地を守る――作戦は成功だった。

 多くの仲間たちの協力により、災厄は船の上まで誘導される。

 船が、ギシリと軋む。経年劣化により衰えた船体は、今にも崩れ落ちそうであったが、まだ耐えている――まるで、そこで耐えることが自分の役割であると宣言するように。

 災厄の無機質なノイズが響いた。断末魔のようなそれを聞き届けながら、ラッキービーストは燃え盛る船を沖へと出す。


炎は勢いを増して船を焼き尽くし、ラッキービーストと災厄もろとも海へと沈む。


 

 ――その時、声が聞こえた気がした。

 自分と一緒に旅をしてきた、二人の声が聞こえた――


 その内容を確かめる間もなく、ラッキービーストは暗い海へと呑み込まれた。

 まもなく、溶岩のように黒い災厄は海に飲まれ、意志を持たない岩石へと姿を変えた。

 パークの平和は守られた――それを確認すると、ラッキービーストは闇が支配する海の底へと沈んでいく。


 着水したショックでボディは既に潰れていた。大量の質量から発生した海流は、欠片を瓦礫に変え、海の果てへと流していく。

やがて、ラッキービーストは核とも言える部品だけになった。文字通り、足をもがれて泳ぐことも、歩くことも出来ない体になる。


 物理的な死は、刻一刻と近づいている。


 ――ソレが、パークを案内するための機械であるなら、ここで果てたとしても上等だろう。

 本来は生まれた意味さえ果たすことが出来ずに、ただ時の流れに朽ちていくはずだった機械は、ヒトと出会った。

 旅の果て、ヒトとけものを守る――この上ない、上等な結果だ。


 思えば、長い夢だったのだろう。機械が夢を見るのも滑稽な話であるが、そうとしか言いようがない。

 ラッキービーストも、ジャパリパークも、一度終わってしまった世界だ。それが、長い微睡の果てに、再びヒトを迎え入れて旅をした。

 役割を失ったものが、長い時間の果てにそれを取り戻した。今生の終わりに見た夢幻と言っても否定できないだろう。


 ――でも、それでよかったのだろうか。


 旅の間、ラッキービーストは何度も見てきたことがある。

 役割を放棄されたジャパリパークが、楽園として生命を育んでいる光景を――

 生まれた意味は果たされなかった。けれど、存在し続ける意味はあった。

 それは――ボクはどうだろうか?


 それは、ラッキービーストの回路に宿った、本来はあり得ない疑問だった。

 機械は、プログラムされた行動しかとれない。自分の役割が終わるのなら、それを粛々と受け入れるのみである。

 現に、ラッキービーストのボディはほとんど残っていない。愛らしい小動物の体は、既に海の果てに散らばり、元に戻すことは叶わないだろう。


 それでも、と願う。

 それが、機械として間違っていると認識しても、ラッキービーストは願った。


 そもそも、もうとっくにおかしかったのだ。


 ただの機械が『タノシカッタ』など思う訳ないのだから。


もう、ソレが存在する意味は変わっていた。いや、存在したいと言う理由が変わっていた。

生まれた意味を果たすのではなく――仲間たちと生きていたい。

 体は朽ちても、まだ意志は残っている。

 

まだ、望みは遺っている。


 もう、今までのようにガイドすることは叶わないだろう。

 けれど――とても都合のいいことかもしれないけれど――まだ、生きることが出来るのなら――


 一緒に、旅がしたい――


 ――そうして、どれほどの時間が経っただろう。


 光が見えた。

 視界は海水で濡れていて、ぼやけてよく見えない。だけど、声だけでわかる。

 朝日が照らす夜明けの砂浜。そこには、旅の仲間が居た。


「おはよう、かばん」


 夢の続きを見るために、それは、また、目覚めた。

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