ジャガーの門出

じんじゃ

ジャガーの門出

 ジャングルを流れる川を、ジャガーは泳いでいた。

 泳ぎながら曳いているのはかつての橋の残骸で、これを船として川の渡し守をするのが日課なのだ。

 今、その船にふたりの客が乗っている。

 片方は知り合いのコツメカワウソ。

 そしてもう一方は、サバンナから来たというカバのフレンズだった。


「――で、どこまで行くんだい?」

「誰か探してるんだよね?」

「ええ。多分、図書館へ向かっているはずなんですけれど」

「ふうん? ――あ、大きい川に出るよっ」


 船が本流に入ると、広くなった川幅に沿って視界がひらける。雄大な景色にカバは感嘆の声を漏らした。


「やっぱりこの眺めはサイコーだねっ」

「本当、素敵ですわ」

「へへっ、そう言ってくれると嬉しいよ……で、誰を探してるって?」


 ジャガーの問いに、カバは顔をくもらせた。


「アライグマとフェネックというのですけれど、見かけまして?」

「知らなーい。ジャガーは?」

「もしかして、アライさんって子かな?」

「あー、あの溺れかけてた子?」

「きっとそれですわ」

「それなら山に登ったはずなんだけど……もう下りたかも。昨日の話だよ」


 あの山かな? とカワウソは適当に指差す。


「そう、無事だったのね」


 カバは緊張を解くと、これまでのいきさつをふたりに語って聞かせた。


「――それで、見送ったふたりをどうして追いかけることにしたのさ?」


 ジャガーの質問に、カバは再び憂いを帯びた声音で答えた。


「どうもこの間の噴火の後から、セルリアンを見かけることが多くなった気がするんですの」

「そうなんだぁ、こっちはまだ見てないや。見なくていーけど」


 さしものカワウソも、セルリアンと聞いては楽しくない様子だ。


「泳げないから川に近づかないとか? ……いや、わからんけど。それで、心配に?」

「ええ、まあ。自分の身は自分で守るべきとはいえ、あんな戦い向きでない子達を放っておくのも気がとがめてきて」


 船は川を少しずつ下りながら渡っていく。やがて、川を横断するものが姿を現した。


「あら? あれは何ですの?」

「かばんと私達で作ったんだよ! ぷかぷかゆらゆらして、たのしーの!」


 先日、かばんとサーバルというフレンズに出会い、協力して作った浮橋である。

 おかげでジャガーが渡し守をせずとも、だいぶ安全に川を渡れるようになったが、まだできたばかりで存在はさほど知られていない。

 今まで自分の目の届かない所で川に流され、救えなかったものがいたことを思うと、あの浮橋はもっと知られなければいけない。

 そうジャガーは思っているのだが、一方で、自分の価値を失うおそれもあった。


「そういえば、サーバルもあれを、かばんが作ったのを教えてもらったと言っていたわね」

「あれ?」

「カミヒコーキとかいう物らしいですわ。戻ってくるまで預かっていて、と頼まれたの」

「へー? いいなあ、私ももっとかばんに面白いもの教えてもらいたーい!」


 船を対岸につけ、客を降ろす。


「せっかくだから、ゲートまで案内するよ」


 ジャガーは船が流されないよう岸に引き上げておいた。


「あんたも図書館まで行くの?」

「あの子達がサーバルと合流しさえすれば、私は帰ってもいいのだけれど」


 サーバルも頼りないけれども、とカバは続けた。


「砂漠を渡るのは大変だからね、気をつけな」

「かばん達はバスでピューって行っちゃうかもだけど、歩くのはねー」

「ばす?」

「バスっていうのはねー……」


 一行が話しながらいよいよゲート近くまで来た時、ふっと空から影がよぎった。

 羽ばたきの音とともに、誰かを抱えた鳥のフレンズが降り立つ。


「――はい、着いたわよ」

「いやあ、ありがとねえ。大変だったでしょう?」

「いいのよ、たくさん休ませてもらったから」


 和やかな雰囲気のふたり。鳥の方が声をかけてきた。


「こんにちは。私はトキ。みんな、私の歌を聴きに集まってくれたの?」

「いえ、違いますわ」

「そう……」


 ほとんど無表情ながら、カクリとうつむいた様子で、がっかりしたのがわかる。


「私はアルパカだよぉ。あっちの山の上でカフェをやってるんだあ。ちょっとの間休むけど、戻ってきたらおいでよぉ」

「かふぇ? 面白いの?」

「面白いんじゃなくて、美味しいんだよぉ」

「私の歌も聴かせてあげられるわ」

「あははー、なんかたのしそー! ねえジャガー、あとで行ってみようよ!」


 無邪気なカワウソは気づいていない。ジャガーはふたりに尋ねた。


「山の上のカフェ……あのさ、ボスを連れたフレンズが行かなかった?」

「来たよぉ。あの子にはほんとに感謝してるんだわぁ」

「私のファン第一号よ」


 かばんは、また誰かのためになることをしたらしい。ジャガーは自分が誉められたように嬉しくなった。


「ということは、アライグマ達もそちらへ寄りまして?」

「ああ、あのちっこい子達ねえ。来たけど、かばんちゃんを追ってすぐに下りたよぉ」

「ほっ……では、やはり私も砂漠へ入らないと」

「ありゃ、あんたも行くの?」


 カバは自分の事情をふたりに話した。


「追っかけの追っかけかい、大変だねえ。そんならあたし達も図書館に行くから、一緒にどう?」

「あら、そうなんですの?」

「カフェにお客さんが来てくれるようになったから、もっと色んなおもてなしがしてみたくってねえ。ハカセに教えてもらうのさ」

「私も、歌について知りたくて」

「それは心強いですわ」


 ゲートの先は、がらっと風景が変わる。地面はすっかり乾き、見渡す限り緑はない。


「砂漠を渡るにはコツがいるんだぁ。あの子達にも教えたけどね」

「どうするんですの?」

「ボスを探すんだよぉ。ジャパリまんを配りに、他のフレンズの所に行くからねぇ」

「なるほど、それに付いて行くのか」

「誰かに会えたら、その子から日陰やお水のある所、教えてもらうのさぁ。まぁ大変は大変だけど、無理しなきゃ平気平気ぃ」


 みんなで辺りを見回すが、今は近くにボスがいないようだ。


「私、空から探してみるわ」


 トキがふわりと飛翔すると、カワウソが歓声を上げた。


「ねーねージャガー、私もかばんに会いに行きたいな!」

「そう? あんたは水辺の動物なんだから、気をつけなよ」

「なにさー、ジャガーは来ないの?」

「あたしは……仕事があるし」


 そう答える彼女の脳裏には、かばんの姿があった。

 不思議なフレンズだった。

 生まれたばかりなのにボスを手懐けているし、何も知らないようで、誰も知らないことを知っていた。


「でも、まあ……会いたいとは、思うけど」

「行こうよ! 絶対たのしーよっ」


 自分のためらいなど意に介さないカワウソの様子に、ジャガーは苦笑するしかなかった。


「日差しが強いから、その辺の大きな葉っぱを頭に乗せていこう。あの子の真似してさ」

「いーね、葉っぱの帽子っ」


 ジャガーは通りがかったフレンズに浮橋の場所を教え、周知させてくれるよう頼んだ。

 これでいいんだ、と彼女はひとり頷く。


「――向こうにボスがいたわ。みんな、行けるかしら?」

「ええ」

「そんじゃあ出発しようかねぇ」

「わーいわーいっ、みんなで冒険だーっ!」


 みんなの背中を見ながら、ジャガーもその後に続いた。


 あの子に会えたら、また新しい何かが見つかるさ――などと、考えながら。

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ジャガーの門出 じんじゃ @ginger0818

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