おくのほそ道異聞録
浅尾 真可
第1章 始まりは突然に~その1
時は元禄2年。
関ヶ原の戦いを制した
最近では「
そんな時代のお話でございます。
さて、物語の主人公芭蕉は、深川のほとりに小さな庵を構えておりました。
庭先に門人が植えた大きな芭蕉の木があったことから、皆から「
桃の香りを運ぶ暖かい風が時折、いたずらに強くなるのに手こずりながら、芭蕉庵の前をせっせと掃いている娘の姿がありました。頭に着けた大きなリボンが、口ずさむ数え唄に合わせてテンポよく揺れています。
この娘の名は「
芭蕉の
また皆から「芭蕉先生の舵をとれるのは、ソラしかいない!」と言われる人物でもありました。
でもね……その理由はソラの優秀さより、芭蕉の性格そのものにあるんですけどね…。
「あ、せんせーい!」
ソラが手を振る方向には、通りをこちらへ歩いてくる芭蕉の姿がありました。
すらりとした長身、ポニーテール状に束ねた美しい長髪…。口元を扇子で隠しておりますが、見える目元は涼しげで凛々しく、女性的な美しささえあります…。男女を問わず行き交う者が思わず振り返り、足を止めため息を漏らすほどの容姿を持っておりました。毎日見慣れているはずのソラでさえ、改めてうっとりする始末でございます。
「お帰りなさいませ。帰りは歩きだったんですかぁ?」
ソラが不思議そうに芭蕉に尋ねたのには理由がありました。芭蕉は今朝、お殿様しか乗らないような立派な
「いえ……しばらく江戸の町も見れなくなるなぁ~と思いましてね…。」
涼しげな口元から発せられる甘く優しい声に
「ちょっと旅に出ます。」
「は?」
「そういうことでソラさん。庵を売りに出してください。」
「え?!」
「もちろんソラさんにも付いてきてもらわないと困りますよ。私一人じゃ何もできませんからねぇ~。はははは…。」
芭蕉は眼を線にして、美しく笑っていました。
「えぇーーーーーーー!!」
そうなのです。これが松尾芭蕉という人間なのです!
ザ・ノン・エア・リーダー!(空気読まず)の自由人!!
「ちょ…ちょっとの旅で…庵を…売りに出されるのですか?」
しどろもどろと未だ脳内が整理されていないソラからの質問に、芭蕉は空を仰いで答えました。
「白河の関を越えようかと…。」
「し…白河って、みちのくじゃないですかーーー!」
確かに「ちょっと」の
「道祖神が呼ぶんだよねぇ~。ははははー。」
「答えになっていませーーーーーーーーん!!!!」
桃の香りを運ぶ暖かい風が、時折いたずらに強くなり、芭蕉の髪とソラの大きなリボンを揺らしていきました……。
いや、ソラのリボンは、はたして風で揺れていたのでしょうか?
今となっては誰も知る由もありません…。
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