魔帆留日誌

初夢なすび

8日目~ 僕の決心

「ただいまー」


「お邪魔します」


「お帰りなさいませお嬢様、夜想様」


 お嬢様が大切な人を連れて帰宅されたので僕はお迎えした。


「おじゃまします」


「どうぞごゆっくりお過ごしください夜想様」


 御二人が屋敷に入っていかれたのを見届けると、僕は庭掃除の続きを始めた。


 僕の主、湊都八津芽様は最近好きな人ができた。


 名前は古刀音夜想様。夜想様はまだお嬢様を好いておられてないが、いづれお嬢様の想いが届いてお二人は結ばれる、と僕は信じている。


 お二人は文学が好きなので文学書が多い湊都家でほぼ毎日、文学談議や本の感想を言い合ったりしている。


 僕も文学が好きなので時々空いた時間にお二人に混ざって話した事がある。すごく楽しい時間だった。時間が経っている事を忘れてしまうほどに。


 そして話しているうちに確信した。「この人ならお嬢様を幸せにできる」と。


 梔子家で働いていた僕は長男である賭針様の事の噂を少しだけ耳にしていた。


 『賭針様は解剖が好き』。それを聞いて僕は身震いしたが『生物学が好き』という話を聞いて納得した。


 それからは賭針様の解剖好きは気にならなくなったが、しばらくすると耳を疑うような噂が使用人の間で噂になった。


 『虫や動物だけでは飽き足らず、今度は人間を解剖したいと思っているらしい』


 最初は嘘だと思っていた。しかし噂が流れてしばらくすると『噂を広めた使用人がクビになった』という話を聞いて本当の事だと確信した。


 それから僕は賭針様を避けるようにして仕事をしていた。賭針様の近くにいると残酷な話が出てきそうだったからだ。


 生き物の解体など残酷な話は僕にとっては聞いただけで気分が悪くなる。


 しばらくすると僕は転勤が命じられた。『手伝いの中で一番頼りないから』という勝手な理由で。


 だがこれで賭針様とお別れができる。気分はいい。


 しかし東京という大都会から名前すら聞いた事が無い小さな村への転勤は不安でいっぱいだった。


 知り合いもいない中で慣れない田舎暮らしは苦労の連続だった。何度東京に帰りたいと思ったことか。


 そんな中、僕を支えてくれたのが趣味の読書だった。でもまさかこの趣味が僕をもっと救ってくれるなんて思ってもみなかった。


「ねぇ、こんな所で何読んでいるの?」


「え!?」


 お昼休みの昼食が終わり、仕事再開まで時間があるので読書をしているとお嬢様が声を掛けてくださった。


「見せて」


「はい」


 僕は読んでいた本をお嬢様に渡した。


「アンタ志賀直哉好きなの?」


「は、はい」


「私も好きよ。わかりやすくて読みやすいから」


「お嬢様もですか!? 僕もそれが好きで読んでいるのです」


 まさか好きな理由も同じだとは!


「アンタ読書好きなの?」


「はい! 大好きです!」


「私も。気が合うわね」


「そうですね」


 まさかお嬢様とこんな風にお話できるなんて! ずっと雲の上の存在でこんな風に親しく話せるとは思った事すらない。


「ねぇ、まだ仕事まで時間ある?」


「はい。少しだけなら」


「私と文学談議しない?」


「僕でよろしいのであれば喜んで!」


 その日から僕とお嬢様は時間があれば文学談議をしていた。

 書庫を見せてくださった時は感動して「ずっとここで働いていたい!」と思った。


 ある日、お嬢様といつものように文学談議をしていると他の使用人が来てお嬢様に『旦那様がお呼びです』と伝えに来た。


 父親である旦那様に呼ばれたお嬢様は僕との文学談議を中断し、他の使用人に案内されて行った。


 しばらくすると帰ってこられた。


「おかえりなさいませ」


「マホル。私に許婚ができた」


「おめでとうございます!」


「相手はね……」


 誰だろう?


「梔子賭針」


「え?……」


 梔子……賭針?


「まさか幼馴染と結婚するなんてね。そういえばマホルはそこから転勤してきたんだよね」


「はい……」


 何で?


「まぁ知らない人よりはいいけどね。賭針は変わった趣味持ってるけどそれ以外は普通だから」


 普通じゃないんですよお嬢様!


 あの男は……。


「お嬢様、一芽様がお呼びです」


 他の使用人がまたお嬢様を呼びに来た。


「お爺ちゃんが? わかった。じゃあねマホル。仕事が終わったらまた文学談議しようね」


「はい……」


 呼ばれて行っただけなのにお嬢様がまた僕にとって雲の上の人になった気がした。


 しかしその縁談も夜想様が介入してきた事により話がややこしくなり、最終的には梔子家から断られる、という結果になった。


 僕はすごく気分が良かった。


 これでお嬢様はあの男と結婚できなくて済む。それだけで自分の事の様に嬉しかった。


 夜想様にはお礼を言わなくては。そうだ、明日言おう。きっと明日も文学談議をされにここに来られるであろうから。


 そう決めた後、手が止まっていたのが気づいたので急いで仕事を再開した。


 ここでもクビにならないように頑張らないとな。


 いつかお二人が結ばれるのを見届けるまでは!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔帆留日誌 初夢なすび @hatuyumenasubi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ