No time like the present
『当機はあと十分程で腐れ雑草どもの勢力圏ど真ん中に到着致します。鉄帽の顎紐、初弾の装填、ハーネスフックを確認し、各自信じる神か仏にお祈りください』
パイロットの場違いに陽気な声。
「隊長。終わったら隊全員に『天使の別荘』を奢ってください」
「マジかお前らあんなババアの巣に通ってんのか⁉︎ よくもまあ三万クレジットも払って大事な息子を安タバコのヤニまみれのタン壺に突っ込む気になるな」
隊のムードメーカー、サド陸士長の軽口に、ミヤモトは軽口で答える。下卑た笑いが機内に重なった。
「選択肢がねーからしゃーねえっスよ隊長。最近付き合い悪いじゃないスか」
「よせ。隊長は左手と仲がいい」
「情報古いぞ。今は左手とは別れてヘッドセットのスピーカーが恋人だ」
「趣味がニッチ過ぎやしませんか? 」
「チゲーよバカ。本部の新しい女オペさ」
「マジっすかいつの間に⁉︎ 」
「週二くらいでヤッてんすか? 週二くらいでヤッてんすか? 」
「通信での喧嘩はカムフラージュか」
「話聞かせて下さいよ! 彼女が夜はどんななのか」
「……誤情報の流布で味方を混乱させるな。草っぱのスパイかてめえら」
飛び交う冗談に笑いながらそう答えるミヤモト。
「でも隊長、あれだけ罵り合っててもゼッテーあの子にエロい下ネタ言いませんよね」
「それそれ。で、いっくら罵倒してもあの子も隊長に『死ね』とだけは言わねえのな」
「……知らん。イチイチ悪口を選んでねえよ。たまたまだろ」
「ほーんとーかーなー?? 」
「どーなんスか隊長。素直になりましょーよー」
その時、無線機のコール音が鳴った。
『コウモリマルヒト。こちらノキシタ。状況送れ 』
「無駄口はここまでだ。ノキシタ。こちらコウモリマルヒト。ここまでは順調だ。タイムスケジュールに遅延なし」
誰かがヒョウ、と口笛を吹き、誰かがそれをシッ、と制したのをミヤモトは無視した。
『三分後には通信管制に入る。以降こちらからは通信は入れない。そちらも一時間毎の定時連絡と緊急時以外は連絡しないで』
「了解だ」
『…………』
「…………」
『…………』
「通信は以上か? 」
『えっ? ……ええ』
「間も無く降下ポイントだ。幸運を祈っててくれ。オワリ」
『待って! 』
「……なんだ? 」
『死なないでコウモリマルヒト』
「…………」
彼女の言葉には、それまでにない逼迫した真剣さがあった。
『必ず、生きて帰って』
「……分かった」
『約束……』
ズズン、という地響きと、唸りを上げる非常サイレンが、彼女の言葉を遮る。
ヘリではない。本部に非常事態が起きたのだ。
「なんだ⁉︎ どうしたノキシタ! 」
『大変……敵の攻撃だわ! 』
「敵の、攻撃⁉︎ どこからだ⁉︎ 」
『地下からだ。コウモリマルヒト』
答えたのは女性オペレーターではなく、低い男性の声だった。
「司令……? 」
『良く聞けコウモリマルヒト。状況が変わった。たった今複数の敵が地下から当施設内に直接出現。損害不明。守備隊が展開して応戦中だ。現時刻をもって作戦指揮をハコネHQに移管。ノキシタは侵入者の撃退に専念する。以降はハコネHQ……ヤマゴヤの指示に従え』
「そっちは大丈夫なのかノキシタ! 戦況は⁉︎ 」
『自分の務めを果たせミヤモト三等陸曹! この作戦が人類の趨勢を決めるのだ。振り向かずに前に進め! いいかこれは命令だ! 』
「しかし……! 」
『行ってコウモリマルヒト! 』
再び声は女性オペレーターに替わった。
『自分の面倒は自分で見るわ。泣き崩れて助けを待つ女なんて、あんたは嫌いな筈でしょう? 』
「だが……! 」
『だがもしかしもカカシも駄菓子もないでしょこの類人猿! こっちは平気だからとっとと行けっつってんのよ猪の同位体が! 世界を救え底抜けバカ! ケツまくったり死んだりしたら……死んだりしたら……許さない、から……』
『……まずいっ! 』
『きゃあっ……』
僅かに聞こえた銃声と怪物の鳴き声。
それを最後にノキシタ……フジHQ、要塞司令部からの通信は途絶した。
「ノキシタ! クソッ応答しろノキシタッ! 嘘だろ畜生! フジHQ! 応答しろフジHQ! クソォッ! 」
『……ますか? コウモリマルヒト。聞こえますか? 』
「ああノキシタ、聞こえてる! 戦況は? 司令部はどうなった⁉︎ 」
『コウモリマルヒト。こちらヤマゴヤ。ハコネHQです。本作戦指揮は当司令部に移管されました。宜しくコウモリマルヒト』
「……あんたにゃなんの恨みもないがなヤマゴヤ。一言だけ言わせてくれ」
『どうぞ』
「クソ喰らえだ畜生ッ‼︎ 」
***
「残弾はあるか、ササキ二曹」
「はい司令。残弾三とマガジン一本です」
あれから一時間。
オレンジの非常灯の薄明かりの下、踊り込んだラプター級敵性植物との戦闘で滅茶苦茶になった司令部戦闘指揮所では、生き残った兵員やスタッフが集結し、バリケードを築いて籠城していた。
正確な数は不明だが、少なくとも百を超えるオープスが数箇所から侵入し、真っ先に地熱発電施設が破壊された。
近隣方面隊司令部に救援要請を打診した直後に通信施設もやられ、救援が来るかも定かではない。他の司令部も似たような奇襲を受けている可能性も考慮すると、状況は絶望的と言えた。
生存者は皆、傷付き、汗にまみれ、憔悴していた。
「今の内に新しいマガジンに替えておけ。やけに静かだ。向こうは戦力を再編成中だろう。次に来る時は団体客だぞ」
「了解」
「いよいよとなれば君だけ逃げろ。足をやられたのは私のミスだ。君が付き合うことはない」
「そんな……」
「コンタクト! 敵だ! クソ! すごい数だぞ! 」
入口通路の奥から悲鳴が上がる。
殆ど同時に現存戦力ありったけの武器の多重奏が耳を劈く。
空気の振動は絶え間なく頬を張り、立ち込める硝煙は瞬く間に雲となって天井近くに層を作った。
司令席のデスクの下に籠る女性オペレーター、ササキ二曹は手にした9ミリ拳銃のスライドを少しだけ引いて薬室に初弾が装填されているのを確認した。
「手榴弾がある。私が血路を開く。君は逃げたまえ」
「お言葉ですが。事ここに至っては逃げることこそ自殺行為です。私は最後までここにいます」
「……世話好きだな、二曹。出世しないぞ」
「寿退役の予定ですので」
力無く笑ったカナヤ三佐に、ササキがにっこりと微笑み返したその時--。
「突破された! 一匹行ったぞ‼︎ 」
声と同時に緑の獣が破壊の風となって指揮所に飛び込んで来た。形を取った死そのものの四つ脚の変異植物は、触れるもの全てを死体と残骸に変えながら二人の隠れるデスクに急迫する。
「司令! 伏せてくださいっ! 」
二曹は絶望に崩れそうになる身体を内心で叱咤し、狂える殺戮機械に向けどうにか銃を構えた。
(あなたが、私の死、ね……)
冷静な部分では、その不可避の結末を受け入れながら。
草木で造られたネコ科の肉食動物のようなそれは、二曹を視野に捉えると、彼女に向かいデスクを蹴って高く跳躍した。
ササキは眼を閉じた。
銃声。
べしゃっ、と何かが弾ける音。
荒々しい足音。
たたたん、と更に三発の銃声が、ごく近くで聞こえた。
ササキは恐る恐る眼を開けた。
死んだ怪物を踏み付け、なお怪物に向け銃を構えるその男。
自分の血と怪物の体液でどろどろになりながら、肩で息をするその男。
その視線が自分の視線と交差した時、彼女は初めてあったその男が誰であるかを確信していた。
「こちらコウモリマルヒト。現着した」
「……遅いのよ。バカ」
スピーカー & ブリップ 木船田ヒロマル @hiromaru712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます