After storm comes a calm
「ヤタガラスマルヒトのパイロット、タガミ二等陸曹だ。あんたがミヤモト三曹か! 一緒に働けて光栄だ。MAO奪還作戦で兄貴があんた達に命を救われていてな。タガミ一族は全員あんた達のファンなんだ。LZまでエスコートする。乗り心地は保証できないが」
偏向遠心力航空機、通称ディーン・ヘリのパイロットはそう自己紹介したが、飛行敵性植物と接触しなかった幸運と相まって、その言葉とは裏腹にナイトフライトは快適この上ない乗り心地だった。
偏向遠心力航空機とは、回転錘から生じる円に対して外向きの遠心力を上方に偏向する事で浮揚力を得る「ディーン・ドライブ」を搭載した航空機の事である。
その機動特性から機体は、回転翼の代わりに回転錘を収めたフリスビーのような円盤が据え付けられている事を除けば、従来のヘリコプターに似た構造の物が殆どで、だが回転翼機とは区別する為に「ディーン・ヘリ」と呼称されるのだ。
揚力効率こそ回転翼機に一歩劣るものの、下降風を生じないその飛行は隠密性に優れ、偵察や潜入には正に持ってこいの機体であった。
目を閉じ、低く唸るようなディーン・ドライブの駆動振動に身を任せながらミヤモトは、出発前のブリーフィングの内容を反芻していた。
***
「恐竜のクソを取って来いってのか⁉︎ 旧チチブっつったら敵勢力圏のド真ん中だぞ正気か⁉︎ 」
特戦群の面々が集まる作戦室。生化学研究班の担当者、タカハシ教授の説明を聞いたミヤモトはそう感想を漏らした。
「恐竜のフンの化石、です。リスクを追う価値があるという理由を今から説明致します」
白髪混じりでほうれい線の目立つ眼鏡の教授は、スクリーンに二重螺旋のCGモデルを映し出した。
「我々の研究の結果、我々の敵--亜種も含めると現在確認されている八◯◯種類を越す敵性変異植物は、たった一種類の植物の形態派生種である事が分かりました。--ヒマラヤスギ、です」
「ヒマラヤスギ、か。ばあちゃんがいつも言ってたぜ。スギは人類の敵だってな」
「ヒマラヤスギは厳密にはマツの仲間です。ご存知の通り、ペルム紀後期にヒマラヤスギは絶滅の危機に瀕しその生息域を著しく狭めた経緯がありますが、その原因となったのがこちらです」
スクリーンには微生物らしき物の顕微鏡写真が映る。
「ギドドンガス・トリオナリウス・クボ。通称クボ真菌。ヒマラヤスギ及びその近縁種のみを宿主とし、木質の主成分であるグルコース・ミクロフィブリルを分解し短期間で液状化する」
「ヒマラヤスギの天敵ってわけか」
そうコメントした眼鏡の優男はサソリマルゴーの部隊長、シゲナガ三曹だ。
「ええ。クボ真菌は当時のヒマラヤスギの凡そ九◯%を駆逐し、その生息域が通年低気温の高山地帯のみになり真菌を媒介していたマツクイムシの一種が絶滅すると、急速に勢力を失い地球上から姿を消しました。ある生物の腸内を除いて」
「それがさっきのテリジノなんとかって恐竜ね? 」
キツネマルサンの背の高い女性三曹、サクラバがそう確認する。
「テリジノサウルス・チチブリアレクティス。クボ真菌を腸内細菌として共生していた珍しい種で、クボ真菌はこの恐竜の主食であったヒマラヤスギの近縁種の消化を助けていた、と考えられています」
「そのフンの化石が、旧チチブの博物館地下収蔵庫に保管されている……」
ぼそりと呟いたコヨーテマルヨンの部隊長オオツカは初老と言って良い年齢だったが、筋肉質の堂々たる体格は彼がまだまだ現役である事を言外に物語っていた。
教授は頷く。スクリーンには該当施設の高々度航空写真が投影された。
「該当施設は開戦直後に住民の避難が実施され、以降は戦闘区域にはならずに現在に至っています。オープスは人間のみを目標に攻撃行動しますので、博物館は手付かずにそのままである可能性が非常に高い」
「フンの化石を手に入れ、その遺伝情報から真菌を再生出来れば、人類に取って強力な対抗手段になるって訳だな」
「対抗手段どころか、我々の試算では戦争終結の決定打になります」
丸坊主の大男、ゲンブマルフタの部隊長シバタ陸曹の解釈を教授は誇らしげに補足する。
「と、いう訳だゴロツキども」
一通り説明を終えた教授の後を作戦司令のベテラン士官、カナヤ三佐が継いだ。
「当日は四つの地区方面隊が協力し、敵勢力圏に対し大規模な陽動攻撃を仕掛ける。そのドサクサに紛れて敵陣深くに侵入し、恐竜のクソを拾って来るのが貴様らの今回の仕事だ。上手くやれば人類史にその名を永遠に刻む英雄になるチャンスだぞ。では作戦当日の各部隊の行動を時系列で説明する--」
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