迷子の子猫とヤキモチサーバルちゃん

穂村一彦

迷子の子猫とヤキモチサーバルちゃん

 ガサガサッ!


「たっ、食べないでくださーい!」


 背後からの突然の物音に、思わず叫んで腰が抜けてしまう。ぼくのこの臆病な癖はなかなか治らない。


「大丈夫だよー。こんにちは! 出ておいでよ。きみは何のフレンズ?」


 サーバルちゃんがぼくをかばうように前に進み、音のした草むらへ話しかけた。

 さすがだなぁ。サーバルちゃんは誰にでも物怖じせずに話しかけ、すぐに友達になれる。

 でも今回は、今までのケースとは違った。


「…………」


 相手は無言のまま姿を現した。

 それもそのはず。だって草むらから出てきたのは……


「こ……子猫だー!」


 手のひらにおさまるほど小さな白い子猫。四本足で立って、ぼくたちを見つめている。


「フレンズ化していない動物……」


 動物はサンドスターと触れてフレンズに変わる。だから当然フレンズになる前の動物もいる。今までもフレンズ化する前の鳥が空を横切るのを見たことはあった。

 でも、こんなに近くで見るのは初めて。どう接していいか戸惑ってしまう。


「親とはぐれちゃったのかな? おーい、おいでー」


 さすがサーバルちゃん。相手がフレンズでもフレンズになる前でも、そして相手が何のフレンズかわかっててもわかってなくても、接する態度は変わらない。

 そんなサーバルちゃんの声に導かれるように、特に警戒することなく歩み寄ってくる子猫。尻もちをついていたぼくの膝に乗っかってきた。


「ど、どうしよう……?」

「あはは、かばんちゃんのこと、好きみたいだね」

「そ、そうなのかな?」


 そっと、その小さな頭をなでてみる。目を細める子猫。ふかふかした優しい感触が手のひらに伝わった。


「気持ちよさそうだね!」

「うん、柔らかくて気持ちいいよ。サーバルちゃん、交代してみる?」

「えっ、いいの?」

「じゃあ、はい」


 ぼくは両手で子猫を抱えあげ、サーバルちゃんのほうへ渡そうと……


「わーい!」


 子猫を受け取る前に、サーバルちゃんはぼくの膝の上に飛び込んできた。


「ええっ!? サ、サーバルちゃん!?」

「どうしたの? 交代してくれるって言ってたじゃない」

「こ、こっち!?」


 いや、ぼくは子猫を抱く役を交代するものだと……

 戸惑うぼくにかまわず、サーバルちゃんはぼくの膝の上で、ゴロゴロとのどを鳴らした。


「ほんとだー、やわらかくて気持ちいー!」

「サ、サーバルちゃん、ちょっと恥ずかしいよ……」

「ねえねえ、さっきみたいに私の頭もなでてよ!」

「ええ……」


 こ、困ったな……まぁ断る理由もないし……

 さっき子猫にしたようにサーバルちゃんの頭をなでる。大きな耳がぴこぴことリズミカルに揺れた。


「えへへ、きもちいーね」


 うれしそうに笑うサーバルちゃん。ま、まぁ喜んでくれてるならいいのかな……?


「いたっ! 痛いよ!」


 突然サーバルちゃんが悲鳴をあげた。

 見ると子猫がぺしぺし音をたてて、サーバルちゃんの頭に猫パンチを繰り出している。


「もー! なにするの!?」


 怒ったサーバルちゃんは、子猫に対し「ミャー!」と威嚇のポーズ。それを無視して、子猫は空いたぼくの膝にのっかった。


「あー! そこ、私の場所だよ! とらないで!」


 呑気に眠り始める子猫と、悔しそうにじだんだを踏むサーバルちゃん。


「ひどいよー! ねえ、かばんちゃん! ひどいよね!?」

「お、落ち着いて……ほら。見て。かわいいよ。しっぽがゆらゆら揺れて」

「私のしっぽのほうが、もっと揺れるもん!」


 ブンブンと、はちぎれんばかりに振り回されるサーバルちゃんのしっぽ。

 これって、もしかして……ヤキモチ?

 あはは……困ったな……


「かばんちゃん! かばんちゃんはどっちの味方なの!?」


 サーバルちゃんが詰め寄ってくる。


「えっとね……」


 ぼくは悩んだすえに、ぎゅっとサーバルちゃんの手を握った。

 ぼくの本当の気持ちが、ちゃんと伝わるように。 


「あのね……この子、親とはぐれてきっと不安だと思うんだ」


 そう。その気持ちは、とてもよくわかる。だって……


「ぼくも……最初は不安だったから」


「かばんちゃん……」


 サーバルちゃんが悲しそうに眉をひそめる。僕は慌てて首を横にふって、


「大丈夫。ぼくの不安はすぐに消えちゃったから。だって、ぼくには……サーバルちゃんがいたから」


 見るからにダメで、なんで生まれたかもわからなかったぼくを、サーバルちゃんが見守ってくれた。

 自分のことも、自分の周りの世界のことも、何一つわからなかったけど、何も怖くなかったよ。


「だからぼくも迷子の子には優しくしてあげたいんだ。サーバルちゃんがぼくにしてくれたみたいに」


 サーバルちゃんはじっと顔を伏せて僕の言葉を聞いていた。


「もう……しょうがないなぁ」


 サーバルちゃんが顔を上げる。その顔は……いつもと同じ、ぼくの大好きな、優しい笑顔だった。


「じゃあ、膝はその子にゆずってあげるよ! でも、そのかわりにー……えいっ」


 サーバルちゃんは隣に座ると、ぼくの肩に頭をのせてきた。


「えへへ、じゃあ、こっちは私の場所ね!」

「……うん!」


 サーバルちゃんの耳がぼくのほっぺたをくすぐる。くすぐったくて、でもそれが心地よくて。

 フレンズと、動物と、何者かもわからないぼくと、そんな三人が寄り添う。

 この時間が永遠に続けばいいのに。心のどこかで生まれるそんな願い。でも……


「あ」


 サーバルちゃんの大きな耳と、子猫の小さな耳が同時に動いた。

 目を覚ました子猫が顔を向けると、さっきの草むらから子猫と同じ白い色の大人猫が現れた。


「親猫かな?」

「きっと、そうだね」


 ちょいちょい、と背中を押して送り出す。

 子猫はタタッと一目散に親猫のもとへ駆け出した。

 親猫と子猫は、まるでお礼を言うかのようにこっちをじっと見つめてから、また草むらのむこうへ消えていった。


「家族が見つかって良かったね」

「うん……」


 子猫たちが消えていったほうを見つめながら思う。

 あの子はちゃんと自分の居場所が見つかったんだ。

 じゃあ、ぼくは?

 本当に見つかる日が来るんだろうか。ぼくの仲間、ぼくの居場所、ぼくのいるべき場所が……


「かばんちゃん」


 立ち尽くすぼくの右手を、サーバルちゃんがぎゅっと握りしめた。


「大丈夫。かばんちゃんの仲間もきっと見つかるよ」

「……うん。ありがとう、サーバルちゃん」


 サーバルちゃんの手から、ぬくもりが伝わる。まるでサーバルちゃんの優しい気持ちが流れ込んでくるように。


 サーバルちゃんの隣に立ちながら、ぼくは思った。


 もしかしたら……


 もしかしたら、ぼくの居場所はとっくに見つかってるのかもしれない……って。


(おわり)

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迷子の子猫とヤキモチサーバルちゃん 穂村一彦 @homura13

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