タイリクオオカミさんのまんがしゅざい

@tororo240

タイリクオオカミさんのまんがしゅざい

 以前のサンドスター放出が招いた数々の事態は、今でも多くのフレンズの胸の内に残っている。

 主だったものとして、ヒトのフレンズである彼女の存在があった。

 そんな彼女も今は海を隔てた向こう、新天地を探して旅立ってしまったが、いつだかはかせが言っていたヒトの「文明」の話を思い出すと、それも道理かと頷ける。

 ――おっと、つい物思いに耽ってしまった。きっと集中が切れたのだろう、今日はこれまでにしておこうかな。

 ここは山間の憩いの場、ロッジアリツカ。

 不肖この私タイリクオオカミは、件の彼女とは相反して、今もロッジにこもりきって鋭意執筆中というわけだ。

「ふう……」

 筆を置いて、グッと背を伸ばす。

 こうして伸びをするとき、つい昔の名残で両手を床について、それこそ犬のように振る舞ってしまいそうになる。本能では野性を望んでいるのかと邪推するけれども、無論、漫画という知的文化に携わっている現状は酷く気に入っているので、セルリアンに喰われてやる気もない。

 肉球でペンは握れないしね。

「あらタイリクオオカミさん、進捗はいかがです?」

 横合いから覗くのはアリツカグラ。ここの宿主だ。

 こないだ私がここに長期滞在したいと申し出たところ、返事は一も二もなく。ゆえに、のけものもなく。

 この子の営むこの宿を、私はとても気に入っている。

「ああ、原稿の方は上々だね。ただ――」

「ただ?」

「ちょっと久々に、気分転換でもしてみようかなって、さ」


       ・・・


 かばんちゃんはヒトとして多くのものを残していった。

 彼女のもたらした断片的な知恵は、はかせたちのいる図書館によって考証され、彼女が去った今でも確かな「知識」としてここに息づいている。

 図書館にこもりきりで伸び切った爪がかえって書物を傷つけてしまうと、この前助手が嘆いていたのを思い出す。フクロウ事情も複雑らしい。

 まあそういったはかせ達の努力によって新たに結実した文化はいくつかあるが、中でもとりわけ好ましいのは、これだろうね。

「おっ珍しい、タイリクオオカミじゃないか。乗ってくかい?」

「ああ、こうざんのふもとまで頼むよ」

 ジャパリバス二号――イカダ引きのキャリアもあるジャガーが率いるそのバスは、さばんなちほーに打ち捨てられていたらしい。はかせいわく「ここはかつての娯楽施設。専用の交通網があったのなら、一台だけというのもおかしい話なのです」とのことだ。

 なるほど確かにその通りで、いまや四台のバスがパーク内を行き来し、フレンズ達の移動を気兼ねないものにしている。もはや当たり前となったこの仕組みも、あの子がいなければ誰も見つけられなかった。そう思うと、やはり与えた影響は計り知れない。

 まあ、他にも各種そういったものはあって、積もる話もあるのだけれど、しかし今私にとって大事なのは楽にちほーを行き来できるこのバスだ。

 何せ、今からは気分転換――もとい取材活動の時間なんだから。


       ・・・


「いらっしゃいませぇ! あぁ、またお客さんが来てくれたゆぉ!」

「ふふ、アルパカはいつも騒がしいね」

 ジャパリカフェにはかねてから興味があったんだけれど、立地のせいでどうにも手を出しあぐねていた。まあそれも、ここまでのバスは言わずもがな、かばんちゃんの開拓したリフトのお陰で、随分と楽に来られるようになったものだ。

「ねぇなに飲むぅ? コーヒーでも飲むのかなぁ?」

「申し訳ないけれど、期待には応えられないかな。苦いのは得意じゃないんだ」

「あぁそうなのぉ。なら紅茶入れとくねぇ」

「ああ、お願いするよ」

 コトコトと、耳をくすぐるような心地よい音を楽しんでいると、厨房から背中越しにアルパカが話しかけてきた。

「しっかしまたどうしてぇ、こんなとこにタイリクオオカミさんが来たのぉ?」

「ご迷惑だったかな?」

「いんや、そんなことは全然ないんだけどねぇ。お客さんが来るのは素直に嬉しいんだよぉ。ただ不思議だなって思っただけでぇ」

「それを言うなら、君こそどうしてゆうえんちの方でお店を出さないんだい? パーティの時はあんなに盛り上がっていたじゃないか」

 しばらく「んー」と唸った後、紅茶を淹れ終えたアルパカが振り向いてこう言った。

「確かにそれがお客さんもいっぱいでいいんだろうけどぉ、ほらぁ、元々ここってあたしが「あぁ、ここで一休みできたら楽だろうなぁ」って思って出したお店だからぁ。賑やかにさせたいんじゃなくて、単に誰かの役に立ってほしいんだよねぇ」

「へえ……」

「それにさ、そういうのはあたしのやることじゃないよぉ。頭のいいしっかりしたことは、はかせに任せとけばいいんだゆぉ」

「はは、それもそうだね。失礼、野暮だったみたいだ」

「いんやいいよぉ。はいこれ、紅茶どうぞぉ」

「どうも、いただくよ」

 クイッとカップを傾けて、特製の紅茶を堪能する。

 うん――、いい香りだ。

「話を戻そうかな。私がここに来たのは漫画の資料として、取材活動の一環としてでね。どうだろう、次のお客さんを待つがてら、何かお話でも聞かせてくれないかな」

「ああぁ、そうだったのぉ。よく知らないけど、まんがって大変なんだねえ?」

「ふふ、それが楽しいところでもあるんだけどね」

「んじゃあまず、こないだ来た子の話なんだけどねぇ――」


       ・・・


 私がこうして苦もなく見聞を広げられているのは、かばんちゃんの残していった文明の利器によるものに他ならないし、それに対する感謝を忘れたことはない。現にバスにはおんぶに抱っこで、オオカミの健脚もそろそろ鈍ってしまわないものかと危惧すらしている。

 さっき、アルパカは言った。

 店の繁盛よりも、来るかも定かでない誰かのために、役に立ちたいと。

 客商売が流行らなくたって構わない、だなんて言う始末だ。きっとフレンズにはここを発展させるだけの素養はなくて、となれば、かばんちゃんの残していった文明に一体どこまで報いることができるんだろうか。そんな疑問が浮かぶわけだ。

 ある時鈍り切った足に嫌気が差した私は、バスを使わなくなるかもしれないし、アルパカだって、いつかあまりの客足のなさに紅茶を沸かさなくなるかもしれない。

 けれど、ひとつ確かに思うことはある。

 私がペンを握るように。またアルパカがこの僻地で店を構え続けるように。

 それが最適解か、文明をより良く使えているかは別として、皆思い思いの形で楽しむことくらいは、叶っているんじゃないかと。

 ヒトは、前に進んでいく。

 そんな彼女が残したモノを、足踏みのままに使役していくのが私たちけものだ。

 ――きっと、はかせに言えば怒られるような話だろう。折角の文明開化がもったいないのです、と揶揄される光景が目に浮かぶようだ。

 だが、これはこれでいいんじゃないかと思う私もいる。

 だって、ここはジャパリパーク。

 身の毛のよだつホラーでもなければ、荒廃した土地を改革するサイエンスフィクションでもない。けもの入り交じる、私たちの「現実」そのものだ。

 好きなように、気の向くままにやったって、誰も怒らない。

 そう、無理に気を張ることなんてないんだ。

 だから次に彼女がまたここに帰ってきた時には、胸を張ってこう出迎えよう。



 ――――ようこそ、ジャパリパークへ――――。



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