古城の魔術師

 数日が緩慢に過ぎた。

 ほぼ損害もなく戦を退けた二国の部隊は、城の前庭に待機所を設えていた。

 殿下の機械化部隊は戦車、自行車の整備点検。セレンの第八特技研鑽房は、里の調査を当面の任務にして活動中だ。

 実際は、その半分の時間を割いて、城の清掃、整備に動員されている。代償として、城の施設が開放された。大浴場や厨房、客間の一部だ。

 城外では、何十体もの空洞の鎧が、径や里を整備しつつ、撤退中のマグナフォルツ軍に睨みを利かせている。何気に周囲を行き交うフィアノットに、皆もどうにか慣れ始めた。中には意思の疎通を試みる者もいる。

 少数の駐留兵を里に残して、ラルファスは全軍を本国に引き揚げた。

 途中、何度も城を訪れては、ヒメネスの同行を要請し、素気無く断られた。彫像と化したバフェットを持ち帰ったところで、自分にはこの状況を説明できる自信がないと云う。当然ではある。

 ゼノとアリスの手錠が外れたのは、落ち着いてしばらくのことだった。

 ところが、ようやく解放された筈のアリスは、鎖で繋がっていた頃よりも、ゼノに付いて回っている。

 城の外ではラーズの指揮下にあり、城の内ではフィーアの指揮下にあって、アリスの自由は制限されているものの、ゼノの逃亡を監視すると云う一点で、アリスの行動は黙認されていた。もちろん、ゼノとセレンの意向には反している。

 城の行方はまだ定まっていない。

 城の復活が明らかとなった今、マグナフォルツは元より、それぞれの祖国さえも利権を求めて動き出すだろう。今後を睨んだ対応は山積していた。

 故に、ゼノは面倒を恐れ、城を逃げ出そうと画策している。


 回廊を行くゼノを見つけて、セレンは声を掛けた。隣にアリスがいないことに、内心、安堵していた。

 帰還以来、寡黙に、孤独になって行くアリスに対して、セレンはどう接して良いか分からなかった。それは今も変わらない。

 ただ、ゼクスに再会して何かが変わるならと、アリスの選んだ生き方を黙認して来た。

「君、ノインのこと知っていただろう」

 ゼノは振り返ると、いきなりそう言った。セレンが口籠ると、意地悪く目を眇める。

「日記くらい付けてたんだろ?」

 観念して頷くと、ゼノは小さく首を振って溜息を吐いた。

「本当に面倒くさいな、君ら皆」

 貴方も相当だ、とは言わなかった。

 しばし並んで無言で歩く。ゼノは時折、空模様を探るように、窓の外に目を遣った。

 こうして、セレンの紙の鳥を見つけたのだろうか。

「結局、貴方も皆も、師匠の道楽に付き合わされたのですね」

 セレンが呟いた。

「ロウエンは傍迷惑な奴だったな」

「師匠はどうしてこんなことを。城の後継者探しなどを買って出たのでしょう?」

 セレンが訊ねる。うんざりした顔を見せると思いきや、ゼノは珍しく素直に話した。

「あれは、クラウスの弟子だ」

 セレンは、記憶の中の歳老いたロウエンとクラウスの外観に惑った。想像が難しい。

「甥弟子だったかな? まあ、どっちでもいいや」

 およそなことを言う。

「あれも良い歳だったから、自分の他に後継者を探すことにしたんだ」

「それが、私たち?」

 ゼノが頷く。

「見込みがありそうなのを探して、そこいら中を廻ってたな」

 セレンはしばし沈黙し、迷うように呟いた。

「本当に私で、良かったんでしょうか」

 ゼノは意表を突かれたような顔をして、セレンが不安になるほど笑った。

「魔法で空を飛びたいなんて言う奴には、この城がぴったりだよ」

 セレンは驚いて立ち止まり、ゼノの横顔を見送った。

 ひらひらとセレンに手を振って、ゼノは城の外に出た。

 陽射しに目を眇めていると、アリスが目敏く見つけて駆け寄って来る。

「今度は娘か」

 ゼノは宙に目線を彷徨わせ、肩を竦めた。

「手錠も外れたし、隊にも復帰したのだろ。いつまでもついて来るな」

 アリスはすっかり定位置になったゼノ右手を歩く。二人は並んで橋を渡った。

「命令」

「命令?」

「隊長とフィーアの」

 アリスが言う。得意気な顔をしている。ゼノはげんなりして顔を顰めた。最近、アリスとフィーアは結託しているのだ。

 ゼノは今、バンドゥーンの煤熊亭にある借金を盾に、遠出を主張していた。車を寄越せとディースに言うと、彼は意地悪く笑って、操縦士付きなら構わないと言った。

「あれが、そう」

 アリスが指さす広場の小型車両には、何故かミストとエルルとクリスが陣取っていた。

 茶器を手にしたアインスが傍にいて、ぜひ腕も付けるべきでは、などと余計なことを吹き込んでいる。

「勘弁してくれ」

 ゼノは呻いた。


「人なんて、せいぜい生きて百年です。好きになさい」

 フィーアの小さな呟きに、レイズは少し意表を突かれた。たまたま二人は傍に並んで、アリスに手を引かれたゼノの背を眺めていた。

 レイズはフィーアを振り向こうとして、留まった。どうせ氷のような頬は微動だにしていないだろう。

「そう云や、アンタが酔ってるところ、見たことないよね」

 前を見たままフィーアに声を掛ける。彼女は横目でレイズに一瞥を返した。

「貴方より強いと思いますよ?」

 一瞬、互いに視線を交えて、二人は同時に顔を背けて小さく笑った。

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古城の魔術師 marvin @marvin

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