新しい“友達”

みぺこ

新しい“友達”


 サバンナの中を一台のバスが進む。

 太陽を照り返す黄色い車体に乗客は一人もおらず、運転席にはラフな服装に白衣を纏った男性が座っていた。

 男はハンドルを巧みに操りながら、片手で顎に生えた無精ひげを撫で、時折その黒縁の眼鏡を揺する。

 その表情は笑顔。フンフンと陽気に鼻歌を口ずさみ、少年のようにキラキラとした瞳を外界へと向けていた。


「フンフンフーン♪ ――……お!?」

 

 ――ほどなくして運転席の彼は唐突に何かへ気付き、バスを停車させる。

 バスを停車させたのはサバンナのど真ん中。乾燥した大地と幾本かの木々しか見えない。

 一見すると何もいないように見えるそこで、彼はバスの運転席から降り、手を振りながら声かけた。 


「おーい、元気にしてたか!」


 誰へ声かけたというのだろう。

 この場に男以外のヒトが居れば、疑問に思ったかもしれない。

 男の発した大声がサバンナへ響き渡る。それは木々の間を通り抜け――。


「――あっ、メガネさんだっ!」


 ――ひょっこりと、一つの影がサバンナの大地へ降りた。

 日の光に照らされて、くっきり見えるようになった姿。

 男の乗っていたバスと同じく黄色い体躯に、好奇心でキラキラとした眼。

 

 ここ――『さばんなちほー』に住む〝フレンズ”、サーバルキャットのサーバルだ。


 木の上から降り立ったサーバルは、シュバババと男へ駆け寄ると眩しい笑顔を向けた。男もニッカリと笑顔を浮かべ、それに応える。


「おう、サーバル! 元気だったか?」


「元気だよー! メガネさんも元気そうだねっ?」


「そうかそうか。――って、お前なぁ……、いい加減俺の名前覚えろよ……」


 黒縁眼鏡をかけた男は、演技臭いため息をサーバルへ吐きながら両手のひらを青空へと向けた。


「えー? だって、メガネさんはメガネさんだよ?」


 それに対してサーバルはキラキラとした瞳を揺らし、首を傾げる。

 黒縁眼鏡だから、メガネさん。

 なんとも安直で身もふたもないネーミングだが、これでも進歩した方だ。

 ――……それに、サーバル自身がそのネーミングを気に入っているようだし。

 男はそう考え、苦笑する。


「まぁいいか…………。

 ――それよりサーバル。今日はお前に凄いモン見せてやる」


「凄いもの!? わーい、見たい見たいっ!」


「おー、おー、そんなに喜ばれると研究者冥利に尽きるってもんだ。

 ちょっと待ってろよ」


 男はそう言ってサーバルへ背を向け、乗ってきたバスの助手席を漁り始めた。

 様子を見守るサーバルは、「わくわくっ!」と言いながら身体を左右へ揺する。


 「…………よっ、と! ――じゃーん、これだっ!」


 そうして男が助手席から取り出したのは、抱えられるほどに小さな物体。

 その外観をあえて形容するなら、二頭身のキツネ。あるいはネコ? それともイヌ?

 全体的に青みがかった姿をしたそれは、とんがった耳にまあるい尻尾。前足と思われる部分はなく、二足の可愛らしい足がひょっこりと生えていた。


「どうだ、可愛いだろ?」


「? メガネさん、この子だれー? 〝フレンズ”……、でもないよね?」


 先ほどと同じく首を傾げるサーバルに、男は『待ってました!』と言わんばかりに言葉を返す。


「あぁ、〝フレンズ”じゃねぇよ。もちろん、ヒトでもない。

 ――――こいつは、〝ガイドロボット”だ」


「がいど、ろぼっと……?」


「あー、『ロボット』つってもお前には分かんねぇか……。

 えーっと……、そうだな。こいつは…………――そう、〝ラッキー”っていうんだ!」


「ラッキー? この子はラッキーっていうの?」


「あぁそうだ。今度からジャパリパークで一緒に過ごす、俺たちの……、〝友達フレンド”だ」


 「どうだ、仲良く出来るか?」と言葉を続ける男に、サーバルは少し俯いた。


「私たちの……、友達……。

 うんっ! 私、仲良く出来るよ!」

 

 顔をあげたサーバルに浮かぶ表情は笑顔。

 その答えに満足したのか、男もうんうんと頷く。


「そうかそうか。じゃあまずは挨拶でもしてみるか!」

 

 そう言って、男は抱えていたラッキーを地へと下ろした。


「うん!

 私、サーバル! よろしくね、ラッキー!」


 サーバルはすぐさま頷き、ラッキーへと挨拶をするのだが――――。 


「……ガビビ!」

 

 ――挨拶が返ってこない。

 

「あれ? ラッキー、返事してくれないよ?」


「あー……、まだちょっと挨拶は早かったか?

 悪いな、サーバル。ラッキーは生まれたばかりでな……。これから色々教えていくんだ。

 そのうちお前にもきっちり挨拶させるから、そんときはまた仲良くしてやってくれないか?」


「うんっ、大丈夫だよ! ラッキー、いつか私ともかりごっこしようねっ?」


「ガビ、ガビビ……!」


 笑顔で問いかけるサーバルへ、先ほどと同じく言葉ともならない電子音で返事をする。


「ははは、かりごっこが出来るようになるにはまだまだだな」


「うーん、人見知りなフレンズ――じゃなかったフレンド、なのかなぁ?」


「ま、今はそんなとこだな。

 ――でもいつかきっと……フレンズ達にとって、このパークに居なくちゃいけない友達になるさ。俺よりも、な」


「えー、そんなことないよ! メガネさんも、私にとって大切なお友達だよ!?」


「ははっ、そうかそうか!」


 そうして男は笑い、サーバルも笑う。

 さばんなちほーに、一人と一匹の笑いが響く。

 

「ガビビッ……!」

 

 生まれた新しい友達。〝フレンズ”よりも先に、ヒトが仲良くなった友達。

 それがいつか、〝フレンズ”にとっても大切な〝友達フレンド”であればいいな……。

 男は、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新しい“友達” みぺこ @mipeco-12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ