第12話 合コン

 11月下旬。金曜午後5時50分。佐々木は渋谷ハチ公前にいた。渋谷駅の前には人がごった返しており、ハチ公の銅像の周りはさらに多い。多くの人が待ち合わせだろう。信号が変わるたびにスクランブル交差点への流れが起き、絶えず喧騒が続いている。ハチ公前6時待ち合わせということで待っているが、まだ誰にも会えていない。そもそもこんなに人がいて、友人に会えるのか、佐々木は不安だった。



 事の始まりは、11月上旬、佐々木が札幌の実家に帰省した時のことだ。こんな中途半端な時期の帰省になったのは、修士論文の提出は1月5日だったからだ。年末年始は修士論文執筆の追い込みで大変なことになっていそうだったので、この時期に帰省することにしたのだった。ぶらっと近所の本屋に寄っていた時、中学時代の友人、土田拓哉とばったり会った。彼が親の転勤で高校進学時に都内の高校に転校して以来、久しぶりに会った。中学校時代、放課後、土田とはよく携帯ゲームで協力プレイをして遊んでいた。

 本屋を出た後、近くの公園で色々と話した。どうやら、祖父母が札幌に住んでいて、たまたま彼もこの時期に帰省したらしい。彼自体は都内に両親とともに住んでいるそうだ。

「佐々木T大なんだ!すげえな。こんな中途半端な時期にたまたま会えたのも何かの縁だし、合コン来ないか? 来週やる合コンで男のメンツが二人足りなかったんだよ。もう一人T大生連れてきてくれれば、助かる」

「場所は?」

「渋谷。近いだろ?」

「わかった」




 そして一週間後の今日、渋谷で待ち合わせをしている。わかった、と何となく即答してみたものの、合コンなるものは初めてだった。土田曰く、「ともかく楽しく話して飲むだけだから、適当にやってくれよな」とのことだった。転校先の高校は共学だったそうで、「共学はいいぞ」と先日公園で語っていた。土田自身は高校時代から付き合っている彼女がおり、その彼女の友人たちと、土田の友人たちで飲むらしい。

「あ、佐々木さん!」

 声がした方を見ると、鵜堂研M1の鈴木が手を振っていた。誰か一人誘ってくれ、と言われていたので、研究室の後輩の鈴木を誘ってみたところ、「喜んで」と来ることになった。鈴木はジーパンに黒いTシャツだ。寒くないのだろうか。




「お、佐々木!」

 土田とその彼女が現れた。土田は黒いセーターに薄手のクリーム色のコート、その彼女はふわっとした茶髪に、黒いジャケットに緑色のストールを首に巻いている。二人の後ろには、三人ほど女性がいる。鈴木が土田に挨拶をしている。

「よし、これで全員揃ったみたいだから、お店に行こう。佐々木、ごめん、俺の友人の一人、残業が長引いているらしくて、来られるかわからないんだ」

「了解」

 人ごみをかき分けるようにしてスクランブル交差点を渡り、道玄坂の方へと向かう。油断するとすぐにはぐれそうになるが、土田の背が高いので、その土田の頭を目印に佐々木はついていった。





「乾杯!」

 土田の声が響く。

 そこは典型的な居酒屋で、テーブルにはタコワサ、枝豆、シーザーサラダ、などが並んでいる。ガスコンロの上には鍋が置かれている。女性が四人、男性が三人。土田の彼女が誕生日席的なテーブルの短辺に座り、他は女性と男性で向かい合う形だ。左から、女性A、B、Cとすると、女性Aはボーイッシュ、女性Bはふわっとしていて、女性Cは少し大人しそうな感じだと佐々木は思った。佐々木は土田の隣に座ったので、男性陣の真ん中となった。

 土田がメインとなって、自己紹介が進んでいく。女性A、B、Cの名前は、それぞれ、安達、馬場、金子、だった。佐々木の番となる。

「T大大学院の修士課程2年の佐々木です」

「T大!すごいですね!しかも大学院だなんて! 何を勉強されているんですか?」

 女性A、安達が聞いた。

「物理をやっています」

「難しそう!」「物理なんて全然わからない!」「具体的には何してるんですか?」

 三人が口々に言う。

「具体的には、超伝導です。リニアモーターカーの下についてる磁石みたいなやつです」

「へー」「へー」「リニアモーターカーって、浮くんですよね?」

 佐々木は右前に座っている金子を見た。目が合った気がした。さっきから他の二人よりも少しだけ具体的に聞いてくれている気がする。

「そうです。超伝導磁石がついてて、車体が浮くんですよ」

「へー」「へー」「どうして浮くんですか?」

 佐々木は金子の方を見ながら話し続けた。まだ全員の自己紹介が終わっていないことも忘れて。




 佐々木は、土田に「自己紹介の途中だぞー」と止められるまで話し続けた。そして清水が「僕もT大大学院です。修士1年です。佐々木さんは先輩です」とあっさりとした感じで自己紹介を終えると、みんなで食べ物や鍋をつつきながら話を始めた。

「佐々木はすごいんだ。T大で学生をやりながら、研究員として給料ももらってるんだ。そうだろ?」

 土田は時々佐々木に話題を振ってくれる。場が和むように適度に面白いことを言いつつ、自分の彼女ともよくしゃべり、よく気配りのできる男だった。大学を卒業した後、広告系の会社の営業をしているらしい。土田の彼女の川上は土田たちより三つ年下で、まだ大学生らしい。その川上の友達である女性三人は同じ大学の友人だそうだ。佐々木の右前に座っている金子は、保育士を目指しているらしい。ニコニコしながら周りの人の話を聞いている。

「さっきの話、面白かったです。物理、全然わからないですけど。物理の人がどんなことを普段どんなことを研究しているのかとか、これまで全然接点がなかったから知らなかったけど、興味深いですねー」

 金子は、佐々木と鈴木の二人を見ながらそう言った。鈴木は少し照れるような顔をして、そのまま鍋の中身をせっせと自分のお皿に移している。

「えっと、じゃあ、こんな話って知ってる?」

 そう言いながら、佐々木は、佐々木が面白いと思った物理トリビアや物理話を喋り続けた。そしてだんだんとヒートアップしていき、しまいには、量子力学や統計力学がいかに面白いか、ということまで話していた。

 鈴木がトイレに立つと、佐々木は金子の前に移動した。そして、頃合いを見計らって、また物理の話を始めた。しかし、佐々木の『頃合いを見計らう』は他の人から見れば全然見計らっておらず、突然物理の話をしたように聞こえてしまっていたが。金子が適当に相槌をうってくれるのに気を良くした佐々木は、相手がどんな顔をしているかどうかも見ずに話し続けてしまった。




 午後8時半。7人は居酒屋の入り口の前にいた。

 佐々木はあれから、話し続けた。

 鈴木は、全然喋らずに、ただひたすらに食べ物を食べ、ビールを飲んでいた。その結果、右端で佐々木が喋り、それを金子が聞き、その他の人は土田が中心となって談笑していた。

「今日は来てくれてサンキュー! 二次会に行く人は俺についてきてくれ!」

 土田が歩き出すと皆が歩き出す。ほとんど何も喋らなかった鈴木も行くようだ。佐々木は迷っていた。物理のことをちょっとしゃべりすぎたのではないか、やりすぎたのではないか、と思っていた。まだ誰とも連絡先を交換していない。話を聞いてくれた金子の連絡先は欲しい。しかし、

 どう連絡先を聞けばいいのだろう?

 そう考えているうちに土田たちは離れていく。道の人通りが多いため、土田の頭だけが見える。




 結局、佐々木は二次会に行くのをやめた。土田たちが見えなくなってから、道玄坂を降りて渋谷駅へと向かう。坂を登る人も下る人もたくさんいて、金曜日の夜の渋谷はいつものように大混雑している。誰の連絡先も聞くことができなかった。土田を通じれば連絡先もわかるかもしれないが、それは何か違う気がした。それに、「連絡先も聞いていなかったのかよ!」とかからかわれるのも目に見えていたので嫌だった。

 まだ8時半なので、研究室に寄って少し計算を整理してから帰ろう。

 そう考えて、佐々木はHキャンパスへと戻ったのだった。




 後日、佐々木は鈴木から感謝された。鈴木は二次会で金子と連絡先を交換し、付き合うことになったらしい。佐々木さんのおかげで、初彼女です。と鈴木は喜んでいた。

 土田に電話で二次会の様子を聞いてみたところ、土田は「なんでお前来なかったんだ。いつの間にか居なくなっててびっくりしたぞ」と言いつつ、教えてくれた。鈴木は二次会でもほとんど喋らず、食べ物を食べ、ビールを飲んでいたらしい。そんな鈴木に、金子の方から、連絡先を教えて欲しい、と言っていた、とのこと。「その日はみんな二次会で解散したから、そのあとに鈴木くんと金子さんのことは俺も知らない。でも、付き合うようになったなら、めでたいな」そう言う土田は、とてもいいやつだった。

 さらに後日、鈴木に誘われて、T大の学食で金子と鈴木の三人で昼ご飯を食べた。鈴木も金子はあまりしゃべらないが、二人で目を合わせてニコニコしていた。佐々木は、鈴木がいかにいいやつか、について二人に向かって話した。金子は、「今度、二人でハーフマラソンに出てみようと思うんです。最近、二人で皇居を走って練習しています」とニコニコしながら言った。

 佐々木は、鈴木がいつも半袖な理由を知った。


 佐々木は、修士論文を完璧に仕上げることを決意した。




(続く)




 



 

 

 

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