もしもツチノコが二千円札を拾ったら

五条ダン

もしもツチノコが二千円札を拾ったら

 それはいつもの日課。ツチノコは一本歯の下駄をリズミカルに床に響かせ、遺跡の探索を開始する。が《出口》の見つけ方を教えてくれたおかげで、調査はずいぶんと楽に進められるようになった。


 かばんとサーバル、そして後からやってきたフェネック達と別れ、数日が経過していた。相変わらず、今日もひとりだ。


「ま、これがオレの平穏だけどなっ」


 真っ暗な遺跡のなかで、ツチノコのフードの赤い光が明滅する。


 ピット器官。万能ではないが、暗闇でも赤外線を感知できる。


 遺跡の壁と壁との隙間に、ピット器官が僅かな反応を示す。ツチノコは舌を少し出し、匂いの粒子をヤコブソン器官へと届ける。たとえ遠く離れたネズミでも、匂いの痕跡を辿ることができる、優れたヘビの嗅覚器官。


「なっ、これは、ヒトの……!?」


 ツチノコが感じ取ったのは、記憶違いでなければたしかに《ヒト》の匂いだった。


 もしかしたら、パークからヒトがいなくなった理由が分かるかもしれない。期待に尻尾を振りながら、ツチノコは隙間に手を伸ばす。


 指先がかすかに引っかかりを覚えて、感覚を頼りにそれを掴み取ってみる。紙切れのようだったが、暗がりのなかでは判別できない。ツチノコは一旦出口に戻って、広場へと出た。


「明るいところはやっぱり落ち着かん」


 太陽が高く昇っており、今が昼であることが分かる。まだ絶食していないのに、お腹がグウとなる。フレンズ化した身体は、どうやら消費カロリーが大きいようだ。


 手にした紙切れを観察してみる。

 そこにはじつに不思議な模様が描かれていた。四つの柱で支えられた、建物のような何か。裏側には三人の《ヒト》の絵。文字のすべては読めないが、《2000》という数が書かれていることは分かった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛、これはまさかっ」


 かつてない高揚感で、手はわなわなと震えだしている。ジャパリコインを超える、大発見の感覚。それが本物なのかどうか、ツチノコは確認せずにはいられない。


 太陽に紙片を透かしてみると、中央の丸い部分に古風な門が浮かび上がった。それは、人間の通貨であることの証左。


「あ゛ははは、やった、これはあ゛あ゛あ゛、ニセンエンサツ!! ニセンエンサツ!! やはりここにはヒトが来ていたんだっ」


 ツチノコは喜びに満ちた奇声を上げ、小躍りする。嬉しさにぴょんぴょんと飛び跳ねて、広場を縦横無尽に駆け回るほどであった。なお伝承によると、ツチノコは高さ十メートルの跳躍力を誇る。事実ならばサーバル顔負けのジャンプ力ぅ……だが、真偽は定かではない。


「え、ああ、ニセンエンサツっていうのはだなあ、ヒトがむかし使っていた通貨で……」


 振り向けどもしかし、ツチノコの周りには誰もいない。広場は静寂に包まれている。


 ツチノコは世紀の大発見を誰かに報告したくて仕方が無い。ハカセ達ならこの宝物の真価を理解してくれるだろうか。しかしツチノコは、どうにもハカセとジョシュに苦手意識を持っていた。自然界において、ヘビの天敵がフクロウであることも、おそらく無関係ではないだろう。


 では、サーバルとかばんを探すべきか。少し考えて、ツチノコはかぶりを振る。そんなことをしたら、サーバルから「あれ、ツチノコ。寂しくて追いかけてきちゃったの?」とおちょくられるに決まっている。


 かばん達とは再会したかったが、何かと決まりが悪い。


 本当は、かばん達と、もう少し長く一緒にいたかった。地下迷宮に閉じ込められたとき『オレは別に、もうしばらくいてもいいがな。暗くて落ち着くしな』とツチノコは話したが、それはツチノコなりの照れ隠し。すなわち、もっと一緒にいたい!というサインでもあった。


 ひとりでいる時間の方が多いせいで、二人の前ではおかしなテンションになってしまった。嫌われていなければいいけれど、とツチノコは急速にネガティブモードに入る。


「はぁ……おまえは、いらん!とか言っちゃったしな……」


 ツチノコは外に露出している溶岩のひとつに背中を預け、深くため息をつく。かばん達と別れてから数日後に、スナネコ、アライグマ、フェネックもやってきた。


 しかし結局、彼女らとも友だちになり損ねた。アライグマとフェネックは、かばんを追ってすぐに飛び出て行ってしまったのだ。


 残ったスナネコに遺跡を案内しようとしたら、入り口から五歩進んだところで『ふぅ、まんぞく。今日はここまでにしておくです』と帰ってしまう有様だった。


「あいつはほんと何しに来たんだ。いや、まさか……」


 スナネコもフェネックも聴力が良いから『また面倒な奴らが』と毒づいたのが耳に入ってしまったのかもしれない。そんなつもりはなかったのに――。ツチノコは自責の念に駆られた。


「どうしてオレはいつも素直になれないんだ」


 ハカセ、ジョシュ、かばん、スナネコ、フェネック、アライグマ、そしてサーバル。誰でも良いから、会いたい。会って、楽しく遊びたい――。


 太陽が沈み、夕焼け空がさばくちほーの空を橙色に染めるまで、ツチノコはずっと空を見続けていた。今度機会があったら、次こそはみんなと仲良くなろう。そう胸に誓って。


 地下迷宮に引き返そうとしたとき、ツチノコの目の前ににゅっと二つの顔が現れた。防衛反応で咄嗟に後ろに飛び退き、叫び声を上げる。


「う゛ぇあ゛あ゛あ゛あ゛、な、なんだおめーら!!」


「驚かせてごめんなさい。ボーッとしているようだったから、つい」


「ふぇぇ。ボク、ツチノコこわい」


 視線の先にいたのは、ギンギツネとキタキツネだった。ゆきやまちほーに棲むはずの彼女らが、どうしてここにとツチノコは首を傾げる。


「じつは、温泉宿にあったジャパリコイン、この子が全部ゲーム機に使い切っちゃって。そしたら温泉に来たサーバルが『ツチノコがコイン持ってたよー』って教えてくれたものだから、もし良かったら分けてもらえないかなと思って。それで探してたのよ」


「ボク、一日に一回ゲームしないと死んじゃう」


「そんなわけないでしょっ!」


 ギンギツネが事情を説明し、キタキツネがその後ろに隠れてこくこくと頷いた。


「まったくあいつは余計なことを……ってそうじゃない」


 ツチノコは首を横に振って、できるだけ自然に微笑んだ。ポケットのなかの二千円札を取り出し、二人に見せる。


「これは、ニセンエンサツって言ってだな、元々はヒトの通貨で……あー、とにかくジャパリコインがこれで二百枚は手に入る!」


 ゲームコーナーがあるならば、紙幣をジャパリコインに交換できる両替機もあるはずだ。二千円札を手放すのは惜しかったが、今のツチノコにはもっと大切なものが見えていた。


「はわぁぁ、すごい。ボク、ツチノコ気に入った。もふもふ」


「よせ、そんなに顔をくっつけるな」


 キタキツネが目を輝かせ、ツチノコに抱きつく。ツチノコはうっとおしそうに振る舞いながらも、その顔はほころんでいた。


「もしよかったら、私たちと一緒に温泉宿に来ない? お礼と言っては何だけれども、ジャパリまんと温泉をプレゼントするわよ」


「ボクもツチノコと一緒にゲームしたい」


「し、しかたねーな。付き合ってやるか」


 ギンギツネとキタキツネの案内で、ツチノコはゆきやまちほーへと向かう。本当のところ寒い地方は苦手だが、今はへっちゃらだ。


 けものはいても、のけものはいない。

 ヒトだって、未確認生物だって、みんな友だち。

 ジャパリパークはここにある。



(おわり)

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