アイスティ

無謀庵

アイスティ

 高山の名所、アルパカのカフェ。

 名物の紅茶は、ここでしか飲めない。味を知るフレンズたちは、高い山にがんばって登ってやってくる。


「つ、つかれたのだ」

 足こぎ式のリフトを使って、アライグマとフェネックが登ってきた。

 手足で崖を登ってくるよりはよほど楽ではあるのだが、それでも結構な運動量ではある。

「でも、疲れてのどが渇いてるときに飲む紅茶はうまいのだ」

「そうだよーアライさん」

 そのため、リフトはアライグマがひとりでこいだ。

 その説を吹き込んだのはフェネックだ。三日前に。しかしアライグマはそれを忘れ、自分の意見だと思いこんでいる。決してフェネックが騙してこがせたわけではない。


「いらっしゃい~」

「あー」

 アルパカに迎えられるも、アライグマは席に直行してテーブルにべちゃっと突っ伏した。

「紅茶ふたつ」

「はいはいー」

「アライさんはこの一杯のために、昨日の夜から水飲んでないのだ」

「そういうことすると死んじゃうからダメだよアライさぁん」

 フェネックはアライグマをたしなめたが、聞いているだろうか。今の苦しさにこりていたら、三日後には「お水を飲まずに走り回ったら死んじゃうのだ」と言い出すはずだが。


「おまちどおー」

 紅茶のカップがふたつやってきた。

 もう暑い季節だが、カップから湯気が立つのが見える。

「こ、この一杯を待っていたのだ」

 アライグマがカップを手にし、ぐびっと行こうとして、熱いことに気付いて止まった。

 動物はだいたい猫舌なもので、フレンズになっても変わらない。

「熱くてまだ飲めないのだ。でも喉からからなのだ」

 泣きそうな顔だが、涙も枯れるくらいのどが渇いているアライグマ。

「あ~喉乾いてんならお水も持ってこよーかあ?」

 アルパカは気を使うが、

「ここまできてお水飲んだら台無しなのだー」

 アライグマは拒否して、紅茶のカップに口をつける。

 一口だけ含んだ紅茶は、ほんのりとやわらかな渋みと苦味が、期待通りの美味しさではある。

 しかしなにしろ熱いので、たくさん口にいれられない。少しの紅茶は、乾いた舌や頬の内側に吸い取られるようで、喉の渇きがなかなか癒えない。


「冷たい紅茶っていうのは、つくれないものかなー」

 必死でちびちび飲んでいるアライグマを見ながら、フェネックが尋ねる。

「うーん。前にお湯じゃなくてお水で作ったらあ、赤ぇだけで味しない水んなっちゃったよおー」

「作ってから冷やさなきゃダメか。じゃあ、できた紅茶を多めに分けてもらえるかな」

「なんか入れもんあったかなあー? あったらお安い御用だよおー」



 薄くて透明な不思議なボトルがカフェの物置から発見されて、アルパカが紅茶で満たしてくれた。

 そしてふたりは一本ずつ持って、ゆきやまちほーの温泉へ向かっている。

「ゆきやまちほーなら、紅茶も冷たくなるねー」

「冷たい紅茶はアライさんの悲願なのだー」

 他のちほーは温かい季節でも、ゆきやまちほーは銀世界のまま。

 今のところ吹雪は来ていないし、日差しは眩しいくらい。そして、目的地の温泉はよく見えていて、迷いようがない。

「寒いのだー温泉に急ぐのだー」

 アライグマはどんどん行く。


 そして到着した温泉。

「あああ寒い寒い寒いのだのだのだ」

 体を冷やして、歯がカチカチ当たるくらい震えているアライグマ。

「アライさぁん、温泉入る前に水分補給しないと」

「そ、そうなのだ、喉渇いてるのだ。こんな時のための冷たい紅茶なのだ」

 アライグマはボトルのキャップを開け、口をつけて一気にやる。

 ごきゅごきゅ飲んで、喉の渇きは一気に癒える。だが。

「ひええええ寒い寒い寒いこんな寒いときに冷たくってどうするのだのだのだ」

 冷え切った体に冷えきったアイスティを流し込んだアライグマは、紅茶を放り出すように温泉へ走っていく。

 フェネックは、ほの温かい温泉水を飲んでいる。


「はぁー暖かいよよよ」

「生き返ったのだだだ」

 先客のカピバラの横で、アライグマも体を解凍している。

「温泉に入りながら飲むなら、冷たいのがいいよねー」

 フェネックが、アライグマのボトルの冷たい紅茶を、カップ三杯に注いで持ってきた。

「おおー、冷たくて美味しいよよよ」

「そうなのだ、暑いときに冷たいのを飲みたいのだ。寒いときには熱いのを飲みたいのだ」

「温かい温泉で冷たい紅茶はいいねー。またやろっと」

 つまり温度差が大事だと悟ったアライグマ。



 温泉から上がって。

「さて、紅茶を回収して、っとー」

 フェネックが雪の中からボトルを掘り起こす。ついた雪を払うと、すっかり中身は凍っている。

「紅茶が氷になってるのだ。これじゃ飲めないのだ」

「いいの。さ、これを持ってカフェに帰ろう」

「ん?」

 アライグマには意図がわからない。

「持って帰る間に溶けて、カフェにつく頃にはちょうど冷たい紅茶に戻ってるよー」

「あー! すごいのだ! それでカフェで冷たい紅茶が飲めるのだ! よーし、急いで帰るのだ!」

 アライグマは理解すると、迷わず高山に向けて走り出す。

「いつものお礼に、まずアルパカにごちそうしてあげるんだよー」

「わかってるのだ! 今度もアライさんがこいで登るのだ! そして冷たい紅茶を一気飲みなのだ!」

 わかっているのか怪しいが、まあ、アルパカひとりで一気に飲み干せる量でもないし、冷たいまま保存できるわけでもない。アライさんの分くらいあるだろう。

 山の方にも雲は見えない。日差しも強そうで、高山も暑いだろう。どうせ冷たいものをごちそうするなら、暑いくらいのほうがいい。

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アイスティ 無謀庵 @mubouan

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