終章

終曲 ラストソング

菱神大和のエピローグ

 引っ越し当日。ダイヤモンドハーレムは僕の運転するハイエースで東京までやって来た。インターチェンジを降りた下道を走っている最中、僕は問う。


「なんで最初に僕の家に行くんだよ?」

「いいから、いいから」


 明るく答えるのは助手席の古都だ。道中何度もこの質問をするが、一切答えてもらえない。未だに事務所が用意したメンバーの部屋も場所を知らない。メンバーを先に降ろしてから自分の新居に行くことこそ、引っ越しのスムーズな流れだと思っているのだが。

 結局そんな段取りの真意を知ることなく、僕は自分の新居に到着した。


「おお! 綺麗!」


 新居の前で古都が目を見開いて感嘆を口にしている。他のメンバーも感動の笑みを浮かべて僕の新居を見上げる。リフォーム工事が終わり、防水塗装によって綺麗に仕上げられた外観に僕も感動した。僕自身も初めて見るのだ。


「……」


 しかしだ。そんな感動もどこへ行くやら、すぐに僕の頭上を三点リーダーが通過する。


「なんで引越社のトラックが3台も停まってるんだよ……」


 到着すぐに車内でも気づいたことだ。おかげでハイエースの駐車場がなく、メンバーを先に降ろして僕は近くのコインパークに停めて来たのだ。

 引越社のトラックの内1台は僕の自宅だったゴッドロックカフェを出たトラックだ。しっかり見覚えがある。しかし他の2台はまったく心当たりがない。ナンバーは僕の地元のものだけど。

 そんな僕の疑問に何も声が返ってこないのでふと隣に意識を戻す。するとメンバーは既に離れ、続々と家の中に入っていた。


「なんで鍵が開いてるんだよ……」


 そんな疑問も湧くが、だからこそ引越社のスタッフは車内待機をせず既に荷物を運びこんでいる。しかも見覚えのない2台からも荷物は搬入されていた。


「うがっ! まさか!」


 その中の1台から見覚えのある家具が運ばれる。それは一度美和の部屋にお邪魔した時に見た。そう、そのまさかだ。僕は慌てて玄関に駆け込んだ。頑丈なものに取り換えられた新品で綺麗な玄関ドアが目に入るが、今の意識はそこにない。


「やっほ、大和。お疲れ様」


 出迎えたのは明るい表情で片手を上げる泉だ。玄関を開けたのは今の時点で鍵を持っている彼女だ。途端に僕はジト目を向ける。


「これ、どういうこと?」

「どういうことって、引っ越しでしょ?」

「見覚えのない2台のトラックから運ばれてる荷物って、メンバーのだよね?」

「そうだよ」


 あまりにも泉があっけらかんと言うものだから、僕の首はカクンと折れる。そう、見覚えのない2台は、メンバーを2人ずつに分けて手配されたトラックだった。


「なんでメンバーの荷物がここに運ばれるんだよ……?」


 未だに唖然としている僕は自身の新居で玄関の上。一方、あっけらかんとしている泉は框を上がって玄関ホール。家主であるはずの僕の方が客人対応されているようだ。


「メンバーの寮がここだから」

「は!?」


 聞き間違いか? 予想の斜め上なことを泉はサラッと言った。


「皆でここを見に来た時にメンバーから相談されたんだよ」


 それは冬休みのレコーディングで東京に来た時だ。


「マンションやアパートじゃ個人練習に支障が出るって。だから一軒家のここに住まわせてくれって。確かに声を張って歌いながら曲を作る古都ちゃんと、電子ドラムがスペースを取る希ちゃんにそれは一理あるなと思って」

「……」


 返す言葉もない。

 よくよく話を聞くと、メンバーからの相談を受けて武村さんをはじめとするジャパニカン芸能は動いた。僕の職場ということで、そこを寮にして間借りさせてもらうことにしたらしい。そんなこと家主は一切聞いていないのだが。


「2階か?」

「そう。広大なスペースに間仕切りと収納を設けて個室を作ったよ」


 実際に2階からメンバーのワイワイした声が聞こえてくる。この後僕も見ることになるが、2階は寝室以外に個室が5室確保でき、また納戸が2室とトイレも作ったそうだ。個室はメンバーに当てがわれ、納戸のうち1室は希の電子ドラムが置かれる練習室とのこと。


「勝手にリフォームしたのか?」

「えへへん。私が大和から委任状もらって印鑑も預かってたからね」


 委任者の意向を無視した契約行為に呆れる。


「それがなんで予算に収まるんだよ?」


 ローンを受けて僕が業者に支払う金銭は、むしろ当初の予算よりも少なくなっていた。これはあまりにもおかしい。2階の間仕切りやトイレなど、追加工事が多すぎだ。


「えへへん。半分はジャパニカン芸能が出したから」

「は!? もしかして寮費か?」

「正解! 大学を卒業するまでの4年分に換算して」


 そんな賃貸借契約も交わしていない。もちろん泉が僕の印鑑でちょちょいと整えたわけだが。


「もしパパラッチに嗅ぎ回られたらどうするんだよ?」

「安心して。大和の住民票は私の家に移すことにするから」

「は!?」


 何回驚いて声を張れば気が済むのか。僕はもうこれ以上目も見開かない。


「僕の家、ここじゃないの? 僕は泉と同居?」

「あぁ、私と同棲も惹かれるけど、大和は安心してここに住んで。あくまで住民票だけ。万が一パパラッチが書士とかの資格者を使って職権で住民票を取ったら、それこそ嗅ぎ回られるじゃん? さすがにそこまではしないと思うけど、念のため。そういう不正は証拠にならないけど、張り付くきっかけにはなるから」

「……」


 やはり返す言葉もない。そもそもはメンバーの意向。そして芸能事務所の方が主体とは言え、泉も動いた。僕は彼女たちを説得する術を見い出せない。

 しかし保護者にはなんと説明をするのか。……あ、僕の住民票がここじゃないから、僕の家は別の場所だと説明することになるのか。


「カノジョたちとの同棲生活を存分に楽しんで。私も時々遊びに来るから」

「……」

「そんな顔しないで。スタジオ見たくない?」

「あぁ、それは見たい」


 まさかの同棲の始まりに混乱したし承諾も何もしていないが、とにかくスタジオに興味が向いた。と言うことで、泉に連れられてスタジオに行く。


「おお!」


 僕から感動の声が上がった。まずは廊下に向いた扉だ。重いその扉はスチール枠にガラス戸で、床ずりになっているのは気密が必要な防音扉の特徴である。

 そしてその扉を開ける。ガラス越しにも見えていたが室内はフローリングの床が張られ、壁は綺麗なクッション素材の内装だ。西面に収納棚。扉を避けた東面は本棚。南北面の窓は頑丈な防音サッシになっている。そして南に演奏スペースを設けて、そこにこれから揃えるアンプやドラムセットの配置のイメージが浮かぶ。

 北寄りには幅広で奥行きのあるデスクが据えられていた。周囲をぐるっと回れる2段上がった床の上で、背面はメッシュウォールだ。その両面にギターやベースを掛けるためのフックが幾つも取り付けられる。


「どう?」

「モチベーション上がった」


 泉は僕の返事を聞いてにこやかに笑った。僕は工事に満足だ。因みに翌日届くが、メンバーが揃えたアンプやドラムセットなどは西面の棚を一部占拠することになる。まぁ、届け先がここだと知らなかった僕がそれに呆れるのは明日の話だ。


 そして次は一体となったLDKである。その豪華さに僕は舌を巻く。内装は綺麗に整えられ、東南角にはタタミコーナーが設けられた。広さを活かしてキッチンはIランド式のシステムキッチンが据えられている。


 更には2階にも上がる。階段とホールが一体になったがらんどうは見る影もなく、しっかり間仕切られて廊下があることにとりあえず呆れておく。メンバーの個室には次々と荷物が運ばれていた。

 それはさて置き、僕のプライベートルームとなる寝室だ。30畳ほどあるその部屋は収納で区切られて、北側にウォークインクローゼットコーナーがある。南面のスペースが広く確保されていた。しかし……。


「あのぉ……、なんでベッドをそんなに北に寄せるんですか?」


 僕は唖然としながら引越社のスタッフに問うた。


「え? ここって指示を受けましたけど?」


 誰だ? そんな指示をした奴は? せっかく日当たりのいい部屋なんだから窓に寄せればいいのに。日当たりのいい窓付近は広大なスペースが空いている。


「えへへん。大和さん」


 するといつの間にいたのか、古都が僕の腕を抱えて肩に頬を摺り寄せる。何かある。こんな時は何かがあると、僕の過去の経験が語っている。


「キングサイズのダブルベッド買って?」

「は?」

「そのためのスペースだよ? せっかくセミダブルもあるんだから、キングサイズのダブルベッドもあれば5人でイチャイチャしてから寝れるじゃん?」


 それを妄想して僕は耳まで熱を帯びた。すると泉が途端に「私も参加する」と言い出すから古都と女の戦いが勃発したが、とりあえずそれは無視だ。引越社のスタッフは聞き慣れないその会話の内容に現実味がないようで、聞き間違いだと言い聞かせているのか、黙々と作業を進めた。

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