ダイヤモンドハーレムのエピローグ

 まさかの追加工事によるメンバーとの共同生活の始まりに戸惑って、文句ばかりを言った大和。そもそも引き渡し施主検査を自分でやらずに、いきなり引っ越しをした彼にも問題はある。

 ただ始まってみれば楽しんでいるし、いい思いをしている。家事は古都以外のメンバーが分担だ。古都は創作に専念ということで家事を免除されたわけだが、尤も家事はできない女だ。


 スタジオには大和が新調した機材も運ばれ、順調に仕事も受けた。寮費を事務所が支払ったダイヤモンドハーレムの練習場所もこのスタジオだ。仲良く大和と一緒に使っている。大和と古都はそこで創作もしている。


 そして引っ越しの翌週、荷解きも終わった時期だった。ダイヤモンドハーレムはメジャーデビューを果たした。デビューシングル『初恋の唄』は好調で、売り上げのみならずファンも確実に増やした。

 そして圧巻はその年の夏に発売したセカンドシングルだ。ダイヤモンドハーレムのメンバーが大学1年の時である。


 セカンドシングルはタイアップの話もなく、だからタイアップに合わせて書き下ろした曲でもない。それは大和の祖父が作って大和がもらい、古都が詞を書いた『コミュニティー』と言う曲だ。

 これは世の人々に受け入れられ、社会現象となるほどのヒットとなり、発売の後追いにてCMタイアップなどの話が舞い込んだ。更には現代では珍しくCDまで売れに売れた。それによって1つの目標であった大晦日の歌番組への出演まで決まった。

 これにダイヤモンドハーレムは歓喜し、また、十代のガールズバンドの出演という快挙に大和は驚いた。高校1年の大晦日にメンバーと大和が一緒に観た歌番組。その時3年以内に出ようと話した。それが本当に達成されたことに大和は感服したものだ。


 そんなデビューシングルの成功と、セカンドシングルの快挙を携えて、ダイヤモンドハーレムの勢いは増していく。3年目、メンバーが大学3年の時だ。全国のアリーナツアーを完遂させた。チケットも全箇所ソールドアウトである。

 そうなるとメンバーにはソロの仕事も話が来る。高い感性を持つ古都はシンガーソングライターとしてソロデビューを果たした。バンドほどではないが、その楽曲の売り上げも好調で、レーベルからは高い評価を得る。


 活発ながら冷静で周囲をよく見ている美和はタレント活動を始めた。バラエティー番組でのトークでは見事な切り返しやコメントを披露している。そして年下ながら事務所の先輩タレントである萌絵とは、仲良しコンビとしてファンから親しまれた。


 唯は大きなステージやメディア露出を数多く経験し、すっかり場慣れして過去の上がり症の面影はない。それで抜群のスタイルを活かしてグラビアモデルを始めた。写真集の発売も話に上がっているほどだ。


 希は弾き語りにて露になったその特徴的な裏声を買われて、自身の好きなアニメ業界で声優の仕事を始めた。尤も彼女の場合、声優は自身の容姿が表に出ないので覆面活動だ。芸名も分けて活動をしている。


 但し、ここで天狗にならないのがダイヤモンドハーレムと大和だ。ソロよりバンド活動の方こそ比重を置き、バンドを大事にしている。そして毎年やると決めていたドラッグ撲滅フェスは継続し、そのステージに立つ度に更なる目標を設定しては貪欲に活動を続けた。

 加えて、どれだけ人気が上がっても小さなライブハウスでの演奏を止めなかった。これはファンとの距離が近いステージを大事にしている、ダイヤモンドハーレムのファンに対する気持ちだった。


 それほどのビッグネームになったダイヤモンドハーレムだが、唯一大和と一緒に浮かれていることがある。それは多大な歩合給ももらえるようになり、それにも関わらず大学を卒業してからも住み続けた大和の自宅兼職場でのこと。


「ぐふふ。大和さん、今日も凄く良かった」

「喜んでもらえて良かったよ」


 大和の寝室のダブルベッドの上で、大和の胸に頬ずりをして言う古都に大和は答えた。古都を腕枕している反対の腕は、美和が抱き込んでいた。美和は穏やかな寝顔を浮かべている。

 そして、少し隙間を空けた隣のセミダブルベッドでは、大和との情事を終えた唯と希が一糸纏わぬ姿で身を寄せ合って眠っていた。尤もこの部屋の誰もが同じ姿だが。この時起きているのは大和と古都だけで、その古都が言う。


「えへへ。けどね、お代わりも欲しくなっちゃう」

「ふふ」


 大和は他のメンバーが寝ている横で古都に覆いかぶさった。バンド名のとおり、大和を囲ったハーレム生活である。

 しかし数年後の将来、バンドは続けながらも年を追うごとに1人、また1人と、大和との男女関係は円満に解消され、順々にこの家を卒業していく。そして3人が出て、残った1人が大和と生涯を共にすることとなる。


 そんなダイヤモンドハーレムもこの時はまだ大学卒業1年目。メジャーデビュー5年目だ。

 小さな箱でのライブを欠かさないとは言え、それは増えたファンの中でチケットの入手が極端に困難だ。だから大きなステージにも立つ。そしてまた彼女たちは1つの実績を積み上げた。それは伝説とも言えるべき快挙だった。


『うおー! 見渡す限り人! 人! 人!』

『おー!』


 この年の秋から冬にかけてだ。ダイヤモンドハーレムは全国のドーム球場を回るドームツアーを行っている。チケットも完売した。そのステージの最初のMCで古都は叫ぶ。一面頭の海と化した観衆が、地鳴りのような歓声を上げる。


『今日はダイヤモンドハーレムのドームツアーに来てくれて本当にありがとう!』

『いえーい!』


 地鳴りを届ける観衆の中にはサイリウムを持っている者もおり、客席が暗くなっているこの場所で星のような光を幾つも発光させていた。


 大和はこの時ドーム球場のバックネット裏、上階のVIPルームで観ていた。バックスクリーン前に広大なステージが設けられ、背景のバックスクリーンにはメンバーの表情が映し出される。しかし大和の位置からはそれも小さくしか観えないので、時々手元のモニターでメンバーを見ては微笑む。


「やっと……と、つい言ってしまいそうになりますが、早くもここまで来ましたね」

「そうですね」


 大和は隣の男からの言葉に笑みを浮かべて答えた。彼は今やジャパニカンミュージックの社長、吉成である。今ではジャパニカンホールディングスの重役にも就いている。大和やダイヤモンドハーレムを後押ししたことで、その手腕を買われて出世していた。


『それじゃぁ、次の曲行くよ!』

『いえーい!』

『STEP UP』


 シャン・シャン・シャン・シャン


 希のカウントが鳴ってダイヤモンドハーレムの音楽が始まった。


 美和は大半の観客の表情も見えない程大きなステージでも物怖じしない。そしてそのディストーションサウンドで高い演奏技術を遺憾なく発揮した。

 唯は癒しを与える笑みで顔を上げ、観衆を虜にする。彼女の指弾きから放たれる重低音は聴く者の体に溶け込み、芯からノリを発散させる。

 希は髪を振り乱し激しいドラムアクションを披露する。しかし上半身はブレず、演奏に安定感をもたらした。体力も増して成長を感じさせる。


 そしてギターソロに入ると古都はマイクスタンドを離れ、デベソと言われるアリーナ中央のステージの島に向かって花道を疾走した。程なくしてデベソに到達すると、近くに古都が来てくれたことで周囲の観客は興奮する。

 やがてギターソロが終わると、その島に立てられたマイクスタンドをそのまま使って持ち前の美声を轟かせた。耳にすっと入り込む古都の美声に観衆の誰もが酔いしれた。


「レッドオフデイからコンタクトがありました」


 VIPルームではステージを観ながら吉成が大和に話を振る。


「え? どういった?」

「来年自国でフェスを主催するから、ダイヤモンドハーレムに出てほしいと」

「そうですか。光栄な話ですね」

「えぇ」


 ダイヤモンドハーレムは海外のビッグアーティストとも交流がある。その人脈も使ってレーベルとプロダクションは今後、海外進出も目論んでいた。


 ダイヤモンドハーレムはこの先も大和と創作を共にし、自分たちの音楽を世に発信して、精力的に活動を続ける。その音楽とステージは観る者を惹きつけ、観た彼ら彼女らにとってはその1つ1つが伝説となる瞬間であった。


 ―完―

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