第五十六楽曲 第三節

 昼食とリハーサルを終えたダイヤモンドハーレムはゴッドロックカフェのステージ裏の控室にいた。ここはステージ衣装の保管場所になっており、今メンバーは着替えている。


「はぅ……、まだ少し痛むよ……」

「初体験があんなに大変だったなんて……」


 下着姿の古都が嘆くと、同じく下着姿の美和が続いた。尤も着替え中の4人は全員下着姿だが。すると希が唯に問い掛けた。


「唯は余裕がありそうだったわね?」

「え? そんなことないよ? 個人差があるのかな?」


 唯は慌てたように答えた。着替え中なので、希は唯に注視しているわけではないが。


「ともあれ、これで全員非処女ね」

「そうだね」


 満足げに言う希と、それに同調する古都は晴れやかだ。それは美和も同様で、時を同じくして、同じ空間で、同一の男に処女を捧げて、何ともまぁ、仲のいいロックなガールズバンドである。ただそうは言っても、大和が18歳になってからというコンプライアンスを遵守し切ったのだから、問題はない。


 そして衣装の制服に着替えたメンバーはホールに出る。この日のスケジュールは16時から30分ほどの卒業ライブで、17時からはダイヤモンドハーレムと同じクラスだった生徒だけ残って2時間ほどのクラス会だ。

 その後1時間の入れ替えを経て、20時からチケット制の営業である。明日、居を東京に移すダイヤモンドハーレムは、この日が地元での生活の中で最後の来店となる。加えて大和も合わせた壮行会となるため、常連客を優先にチケット制の営業とした。この時も30分ほど演奏はする。


 クラス会も、チケット制の営業も形態は貸し切りだ。そして壮行会はもう1つの目的が兼ねられる。


「あ! 杏里店長! おはよう!」


 ホールに出た古都がカウンターの中で準備をする杏里を目にして声をかける。そう、3月最初の営業日のこの日から、杏里がゴッドロックカフェの店主である。しかし杏里はニコニコ顔のダイヤモンドハーレムにジト目を向ける。


「店長って呼び方、なんか揶揄われてるみたい」

「そんなことないよ。祝福してるんだよ」

「呼ばれ慣れないから違和感しかない。今までどおりにして」

「まったく照れちゃって、もう。じゃぁ、杏里さん」


 明るい古都の言葉に最後はホッとする杏里である。そして古都の言葉にもあったように、祝うのだ。杏里の店長就任が壮行会と兼ねられたもう1つの目的である。


「杏里さん、これ」


 すると古都がカウンターに鍵を置いて杏里に差し出した。杏里はそれがゴッドロックカフェの鍵であるとすぐにわかった。


「うん、ありがとう」


 笑顔を浮かべた杏里は大和のみならず、ダイヤモンドハーレムからも店を引き継ぐような気持ちになって、なんだかそれが可笑しいのに感慨深くも思った。

 すると唯も鍵を差し出した。それは大和の部屋の鍵である。


「これも」

「ありがとう」


 これにも杏里は笑顔で受け取った。唯が2年生の時に杏里から渡された大和の部屋の合鍵。その大和の部屋も今月中に工事が始まる。もう唯が持っていても仕方のない物だし、工事業者に渡さなくてはならない。

 因みに大和からも店と自宅の鍵は後に渡されるだろう。その大和は今PAブースにいて、音響機材の確認をしている。バックヤードの機材こそ新居に持って行くが、店のホールの機材は一切を置いて行く。触るのもこれが最後かもしれず、愛でるように操作した。


「こんちゃーっす!」


 すると開場前の店内に入り口から声が響く。やって来たのは末広バンドのメンバーだ。声を張ったのはラッパーの裕司のようである。メンバーが急いで駆け寄った。


「今日は企画してくれてありがとう」

「いえいえ。一ファンとしてダイヤモンドハーレムが東京に行く前に観たかったから」


 この日のステージは卒業ライブと題して末広バンドのメンバーが企画した。在校生の彼らは学校中に告知し、SNSも使って卒業生にも広めた。そしてチケットは見事完売である。もちろんメンバーによって所属事務所にも話は通している。

 ここでメンバーの譲二が晴れやかな表情で唯を見据えるのに対し、健吾はチラチラと希を見ては顔を背ける。どちらも玉砕した2人だが、気まずさを感じている唯としては譲二のこの対応がありがたく、やりやすい。希はまぁ、我関せずと言った感じだ。


 やがて開場時間となって、一度帰宅して私服姿になった備糸高校の生徒が続々とやって来た。末広バンドのメンバーは2人ずつに分かれて、チケットもぎりとステージのセッティングサポートに就いた。この日、彼らの演奏はない。


「お姉ちゃん」

「古都」

「あ! 裕美、華乃。来てくれてありがとう」


 するとやって来たのは古都の妹の裕美で、古都の親友の華乃と一緒だ。


「唯ちゃん」

「あ、江里菜ちゃん。来てくれてありがとう」


 加えて江里菜もいる。それを目にして美和は、自分が原因で正樹と破局させてしまったのかと気まずい。しかしお客さんだからとしっかり気を保つ。

 その正樹は野球部の面々と一緒に来店した。江里菜と別々に来店したことで破局を改めて実感し、それを知っている古都も複雑な思いだ。ただ、卒業は別れの季節だが、次の出会いへ向けたスタートでもある。2人に幸あらんこと願った。


「雲雀、パンツくれ!」

「げ……」

「奥武、パンツくれ!」

「むむ!」


 やって来たのは学園祭でお馴染みのお笑いコンビだ。古都も希も情事が終わったすぐ後だからそんなことはできないと顔を顰める。それに下着取引をしたのはトップシークレットだから口を慎めと思う。尤ももう卒業はしたから学校から咎められることはないのだが。


「雲雀」

「あ! ジミィ君! 今日もありがとう!」


 漫才コンビを無視しているとやって来たのはジミィ君だ。この日学校で伝えた一世一代の告白も見事に玉砕した彼は気まずそうな笑みを浮かべる。しかし言い寄って来る男が星の数ほどいる古都は特段気に掛けずいつもどおりだ。


 その後も続々と備糸高校の生徒が来店する。大山をはじめとするダンス部のメンバーに、弓道部の北野。彼女たちは2年生の時の学園祭で親交を深めた。

 その年の学園祭と言えば、家庭科部だ。1年前に卒業した百花も在校生の新菜と一緒に来店した。


「古都、唯」

「やっほ」


 そしてやって来たのはインディーズ活動を衣装で支えてくれたその功労者、睦月と朱里だ。それに古都と唯が目を輝かせる。


「むっちゃん! 朱里!」

「来てくれてありがとう」


 バンドを除く高校生活では、古都と唯にとって一番の仲良しグループになれたと思う2人だ。そんな彼女たちの来店が嬉しかった。


 開場すぐにホールは満員となり、身動きを取るのもやっとなほど窮屈になった。立ち見で50人をキャパシティーに設定しているゴッドロックカフェは、備糸高校の生徒で溢れ返っている。

 ダイヤモンドハーレムは裏の控室に一度身を入れ、大和と杏里はそれぞれPAブースとカウンターの中のままだ。

 チケットもぎりをしていた末広バンドの2人は前室から中に移動し、入り口に一番近いカウンターの端席に座ってチケットもぎりを続けた。ただ、恐らく出たチケットの分は既に来店されていると思うので、これ以上の来客はないだろうと思った。


 控室でダイヤモンドハーレムのメンバーは円陣を組んだ。頭を突き合わせた状態でリーダーの古都が言う。


「皆、卒業おめでとう」

『おめでとう』


 古都の言葉に他のメンバーも晴れやかな表情で祝辞を述べ合った。


「今日は地元での生活の中で最後のライブ。学校の皆を楽しませて、私たちも存分に楽しもう」

『うん!』

「それじゃぁ、ゴッドロックカフェ! 卒業ライブ! 行くぞー!」

『おー!』


 円陣を解いたメンバーはローファーを履いて、ゴッドロックカフェの小さなステージに向かった。

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