第五十六楽曲 第四節

 小さな箱ながら身内だけを集めたゴッドロックカフェでのライブは盛り上がりを見せた。ホールのティーンズたちは、ステージ上の指定外学生服に身を包んだダイヤモンドハーレムにノリを表現した。


 そしてステージを観終わった観客が満足そうに店を出て行くので、ダイヤモンドハーレムも企画した末広バンドも裏方の大和と杏里も嬉しそうだった。ダイヤモンドハーレムと違うクラスの卒業生たちはこれから各々のクラス会に行くのだろう。

 ダイヤモンドハーレムのクラスメイトは30分後に始まるクラス会を待って、ホールやカウンターで屯している。ライブに参加しなかった卒業生も続々と店に集まって来た。ダイヤモンドハーレムのメンバーは一旦控室だ。


「うはぁ! 楽しかった!」

「だね!」


 控室の畳の上で古都が足を伸ばして言うと、美和も同じ体勢を取って同調した。唯と希も達成感に包まれた満足そうな笑顔を見せる。すると大和と杏里が控室に入って来た。


「あ、手伝うよ」


 すかさず古都が腰を上げて言うので、他のメンバーも続こうとした。しかしそれを杏里店長が手で制す。


「いいよ。今日のあんた達は店に売り上げをもたらす出演者なんだから」


 そんな店長の言葉に大和は微笑んで、控室の奥の機材庫に入って行った。それに杏里も続く。

 機材庫にはこの日、普段ホールに置かれている円卓や椅子が押し込まれている。他に椅子の予備や古くなった機材だ。大和と杏里の用事は円卓と椅子で、この後のクラス会に向けて据えるのである。立食式のため、椅子は壁際にいつもより数多く並べられる。


 そして大和が椅子を運んで経由地の控室を出た時だった。同じく椅子を抱えた杏里が、メンバーの休憩する小上がり前の土間を通過しようとした。すると杏里は足を止めた。


「あんた達」

「な、なに?」


 椅子を抱えたまま杏里が目を細めてニヤリと笑うからメンバー一同緊張する。こんな顔をする時の杏里は悪戯な思考を持っている。ただ、杏里の豊かな胸が抱えられた椅子の背もたれに載ってセーターの上から強調されているので、そちらにも意識が向いてしまう。


「ライブの前からも思ってたんだけど、なんかやけに晴れ晴れした表情をしてるわね?」

「え? そうかな? あはは」

「ライブ前からライブが楽しみだったので。あはは」


 古都に続き美和が言葉を足して乾いた笑みを浮かべる。唯も似たような表情だが、それに反して希はどこかニヤけている。と言うか、希のニヤケ顔は杏里に確信を与えるのだが。希以外の3人はできればそっとしておいてほしいと願う。


「ふーん。ライブが楽しみだった……ね。それにしてはお肌も艶々してない?」

「えへへ。何のことかな?」


 古都は誤魔化そうとするが、一度食らいついた杏里は離さない。


「大和とヤッた?」

「……」


 乾いた笑みのまま古都は何も答えない。もちろん美和と唯も反応は同じだ。希は声こそ上げないが、相変わらずのだらしない表情である。


「ヤッたでしょ?」

「あはは。まぁ……」


 古都が認めた。これには美和も唯もはにかんでしまう。希に至っては得意げな表情だ。


「ふーん。全員?」

「えぇ、まぁ」

「いつ?」

「今日のお昼前」

「どこで?」

「大和さんの寝室」

「ふーん。みんな同時に?」

「はい……」

「くっくっく。相変わらずロックだね、君たちは。大和のゲス具合もここまで来ると救いようがないな」


 そんなことを言う杏里は高笑いを浮かべて控室を出て行った。まぁ、そもそも大和のゲス交際を知っている数少ない人物だから、彼女が知るのは問題ないのだろう。


 この後大和と杏里は何度か機材庫とホールを往復して準備は整った。この日は大和がアルバイト扱いで、杏里と一緒にカウンターの中に入ってスタッフである。

 その頃にはダイヤモンドハーレムのメンバーも着替え終わっていて備糸高校の制服姿だ。ただクラスメイトは全員私服である。学校から直接この場所に来て、大和との情事を済ませたから着替えには帰っていない。このままの服装で参加のようだ。


 4卓の円卓とカウンターにはオードブルや出前が並ぶ。そもそも食べ物のメニューがない店なので、夕食を兼ねたクラス会の食べ物はこれで賄われる。

 ただ高校生の会費でとり行われるクラス会のため、予算は少ない。そこで気を利かせたのは店主になった杏里だ。ステージもやってくれたからと、安い料金でソフトドリンクを飲み放題の貸し切りにしている。


 そしてもうあと5分ほどでクラス会も始まろうかという頃だった。店に1人の男がやって来た。それに気づいた大和が顔を綻ばせる。


「長勢先生!」

「おう! 久しぶり」


 男はクラス会に参加するこのクラスの長勢教諭であった。極偶に店には来てくれていたし、学園祭でも会ってはいるが、彼との再会には大和のみならず杏里も喜ぶ。

 この場でのこの会は、ダイヤモンドハーレムのメンバーが全員同じクラスであることで成り立っている。もしクラスが別れていればこの店を貸し切ってクラス会をやることには、考えが及ばなかっただろう。この場の誰もが知らない事実ではあるが、泉のクラス編成への口出しがここでも役に立った。


 そして最後の参加者が揃ったところで乾杯である。これにはクラス委員長が前に立ち、発声をした。そしてさすがに高校生はよく食べるし、よく飲む。大和も杏里もカウンターの中でせかせかと働いた。ただこの光景が微笑ましくも見えている。


「大和」


 すると会も中ほどを過ぎた頃、ドリンクのお代わりも落ち着いたのを見計らって、長勢教諭がカウンターにやって来た。大和は「はい」と愛想良く応える。


「ビールくれ」

「は!?」

「ちょっと! 先生!」


 ここで口を挟んだのは杏里だ。咎めるような目を長勢に向ける。


「今日は高校卒業のクラス会でしょ? 相応しくないんじゃない?」

「そう堅いこと言うなよ。飲むのは俺だけだから」

「まったく。先生だけアルコール料しっかり取るからね」

「へぇ、へぇ。それで構いません」


 杏里は呆れながらビールを注ぎ、長勢の前に置いた。長勢の背後は備糸高校の3年1組の生徒が賑やかだ。長勢はビールをグッと喉に流し込むと「ぷはぁ!」と豪快に息を吐いた。そして杏里がもう離れていることを確認して大和に話しかける。


「響輝はどうしてる?」

「元気にしてますよ。今月末から杏里と一緒に暮らすみたいです」

「ほう。あの2人はいい関係なのか?」

「そうですね」


 それを聞いて長勢は再びビールを煽る。その時杏里に視線を向けて目を細めた。


「泰雅はどうだ?」


 大和はドキッとする。まさか泰雅との交流が再開されたことを知られている? とは言え、それももう2年以上になる。


「いやさ。雲雀たちが1年の時、路上ライブでトラブったことがあっただろ? その時の証拠映像に泰雅が映ってたから、関わってんのかなと思って」


 気づかれていたのかと、大和はばつが悪くなる。しかし穏やかな表情の長勢を見る限り、今にしてもう問題視はしていないようだと感じた。


「泰雅は希にドラムを教えてくれました」

「ほう」

「それから今の仕事はもう辞めてて、4月からはドラムの講師とかスタジオミュージシャンとかバックバンドをやるそうです」

「そうか。それは良かった」


 大和の方こそ長勢からそんな言葉を聞けて良かったと思う。そして長勢の話は続く。ニュースにもなったあの事故についてだ。


「怜音のことは残念だったな」

「そうですね……」

「解散以降会ったことは?」

「ビリビリロックフェスで」

「あぁ、そうか。あいつも当時のバンドで出てたな」


 長勢は色々気にかけてチェックしているようだと大和は思った。当時の怜音のバンドは小さな事務所に所属していたので、顔を失ったバンドを事務所は見限り、バンドは解散となった。これも事故の余波となる寂しい出来事だ。


「鷹哉のことは知ってるか?」


 続く長勢の質問に大和は動揺しなかった。ここまで来れば最後の1人に話題が向くのも納得できるからだ。大和は冷静に鷹哉の所在を答えた。


「そうか。それでもせめてお前たちが元気にやってくれて、雲雀たちを輩出したから俺は誇らしいよ」


 一通り現状を確認した長勢はそんなことを言う。大和はそれが温かく感じた。すると長勢は唐突に言う。


「大和、お前も飲め」

「え?」

「偶には教え子と飲みたいんだよ。奢ってやるから」

「ははは。じゃぁ、遠慮なくいただきます」


 大和は自分の酒を用意すると、長勢とグラスを合わせた。

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