間奏 ロックの神
古都が見た夢
1人で東京での仕事がある金曜日の前夜、私は自宅のベッドで早めに就寝した。そして夢を見た。
そこは入ったことのない建物の中だった。壁紙は剥がれていて、照明器具はついておらず薄暗い。空き家であることは考えるまでもなくわかった。
「どこだ? ここ」
私はその男声に振り向いた。彼は大和さんだった。私の隣にいたというのに、私は大和さんがいることにまったく気づいていなかった。大和さんはいつもの穏やかでいて呆けた表情で、辺りを見回していた。どうやら大和さんにもわからない場所にいるようだ。
「空き家……だよね?」
「え? 古都?」
大和さんは私の声に勢いよく振り向いたかと思うと、目を見開いて私を見据えた。大和さんも私同様、1人ではない認識がなかったようだ。
自分もそうだったとは言え、この事実に私は大和さんを鈍いとは罵れない。ここに立っていると認識してから、なんだか不思議な感覚の中にいるのだ。うまく説明ができないのだが、宙に浮いていると言うか、体が軽くなったと言うか。
「私も大和さんの声で気づいたところだよ」
私は大和さんを安心させたく、できるだけ優しい声色と表情を意識して、大和さんと同じ状況である旨を伝えた。どこにいるのかもわからず、不安でパニックになってもおかしくないのに、私の頭は妙に冴えていて冷静だった。
「そっか。確かに空き家っぽいけど、それにしてもここはどこだろうね?」
「うーん……、誰かの家?」
「床、コンクリートだよ?」
そう言われて私は足元を見る。すると私は靴を履いていて、確かに大和さんが言うようにコンクリートの床の上に立っていた。大和さんに言われるまで足元が見えていなかったのだから、こればかりは私が鈍かったようだ。
薄暗いこの部屋はかなりの広さがあり、床がコンクリート。天井の高さは一般的な住宅よりも少し高いくらいだ。掃き出しの大きな窓はシャッターが下ろされているから薄暗いのだが、その反対面にある窓はすりガラスでシャッターがない。そこから弱い拡散日光が入り込み視界を確保してくれる。
ただ、あくまで弱い光だ。直接日光が入り込んでいる様子はないし、それはどの時刻になってもないと予感させる。つまりその予感が正しければすりガラスが北面で、シャッターが下りている大きな掃き出し窓が南面だということになる。因みに西面には窓がなく、東面には室内扉があるだけだ。
「あ。あれってショーケースじゃない?」
大和さんの言葉に彼を向くと、大和さんは私たちが立っている掃き出し窓の前から離れた場所を指さしていた。そこには精肉店にありそうなカウンター式でアール型のガラスショーケースが無造作に置かれていた。
「そうだね。ショーケースだね」
「て言うことは、ここは空き店舗かな?」
この大和さんの予想に納得する。何を入れていたショーケースなのかはわからないが、その空っぽの大きなガラスは据えられていると言うよりは、放置されていると言った感じだ。そこに大和さんが歩を進めたので、私も大和さんについて行く。
「ひっ!」
するとその時だった。突然、本当になんの前触れもなく外国人が現れたのだ。大和さんは上ずった声を上げ、私は半歩後退った。
「ジ、ジミヘン……!? ジョンレノン……!?」
私の頭に疑問符が2つ飛び交う。大和さんが口にしたのは恐らく名前だと思うが、状況からして彼らの名前? ボリュームのある髪型に濃い顔立ちの外国人。もう1人は肩まで届くかどうかの長さの髪に丸眼鏡。彼らは私と大和さんを一瞥すると2人でそのショーケースを抱えた。私はその様子をポカンと見ながらも、大和さんに問い掛ける。
「大和さん、この人たち誰?」
「は!? ジミヘンとジョンレノンだよ!」
大和さんは半ば私を咎めるように声を張るのだが、そんな私たちに見向きもせず、2人の外国人の手によってショーケースは運ばれた。
「どっちも超有名なロックミュージシャンだぞ?」
「はて? 私がロックに興味を持ったのは中2の時だよ? しかもその頃から聴いてたのは国内のインディーズバンドの曲ばかりだよ? 国内の有名ロックバンドも知らなければ、洋楽だってレッドオフデイしか知らない。対バンで一緒のステージに立ったバンドならわかるけど」
「……」
呆れたようにジト目を向ける大和さん。へぇ、へぇ、すいませんね、無頓着で。ロックアーティストの端くれと言うにもおこがましいよね。そんな悪態を内心で吐きながら、外国人が運んでいるショーケースを目で追った。
するとその時、豪快なシャッター音と共に目を開けていられないほどの日光が入り込む。それは大きな掃き出し窓からなので、やはりそこは南面なのだろう。そして窓の外には逆光でよく見えないが、2人のシルエットが立っていた。
背の高さから恐らく男性だと思うのだが、1人は丸っこい標準的な頭。もう1人は……トサカ? あぁ、いや、あれはモヒカンヘアーだ。とにかく眩しくて瞼の裏が焼けそうだ。大和さんも私と同じように腕で影を作って顔を顰めている。
その2人のシルエットが掃き出し窓を開けたかと思うと、ショーケースを運んでいた外国人2人が、そのショーケースを外に出した。そしてだいぶ目も慣れてきて、シャッターを開けた2人を認識できるようになった。
するとまたも大和さんの張った声が響いたのだ。
「は!? 今度はフレディマーキュリーとヒデ!?」
またわからない名前を……。けどヒデって言った方は日本人? 因みにどっちだろう?
1人は黒髪オールバックで口髭。どう見ても欧米人に見える。もう1人がモヒカンヘアーだが、やっと色を認識してびっくりする。ピンクだ。そしてメイクをしているのか、目元が黒く見える。こちらがヒデかな?
「もしかして、またロックアーティスト?」
「はぁ……」
一度私を見て深いため息を吐く大和さん。へぇ、へぇ、すいませんね。ここまで無知で。大和さんは呆れ顔に戻って「そうだよ」と短く答えてくれた。
しかしここはどこで、なぜ大和さんが驚くほどのロックアーティストが集まっているのだ? どこか不思議な世界にでも迷い込んだみたいだ。
するとそんなことを考えていた時だった。この時私たちはショーケースを途中まで追って南に戻っていて、背後に変わった東側の室内ドアの開閉音が聞こえた。
「よう、よく来たな、大和、古都」
私も大和さんもはっとなる。聞き覚えのあるその声を耳にして、勢いよく振り返った。するとその人はいた。ブルブルっと鳥肌が立つ。そして目頭が熱くなる。涙が零れそうになるが、それを止める術も知らなければ、止めるつもりも毛頭ない。
「タロー……」
「タローさん……」
彼はタローさんだった。開けたドア枠に肘をかけて斜めに立っている。私と大和さんを見据えるその目はとてもやさしくて、そして微笑んでいた。私と大和さんは興奮が抑えられず、たった数歩の室内を走ってタローさんに寄った。
「どうして……?」
私同様戸惑いが隠せない大和さんが、声を震わせてタローさんに問い掛けた。この時にはもう私の目からは涙が零れ落ちていた。
「どうやら俺、死んじゃったみたいでな」
自虐的に笑って言うタローさんだが、確かにそう認識している。それならばなぜここにいるのか、嬉しさとか驚きとか色んな感情がごちゃ混ぜになって私の体の中を支配した。
「けど、運がいいことにロックの神からは愛されてたみたいなんだよ」
「ロックの神?」
私は首を傾げて疑問を口にした。大和さんも解せないと言った表情だ。
「どうやらもしスターベイツが解散してなければ、ビッグアーティストになれたらしいんだ。まぁ、死んでからそこにいる偉人たちに教えてもらったんだけど」
そう言ってタローさんは大和さんが口にしたロックアーティストの人たちを見た。そしてタローさんは説明をしてくれた。それは私と大和さんにとって驚愕の事実だった。
やがて朝早くに夢から覚めた私だが、起きた途端に夢で見た記憶が逃げるように遠のいた。それがとても寂しくて、ベッドで上体を起こした体勢のまま涙を流した。そして無情にも夢の内容は思い出せなくなった。
しかし時間は止まってくれない。この日のお仕事のために私は東京に行く準備を始めた。
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