第五十楽曲 第七節
スターベイツの地元の葬儀場にて執り行われた1人の元バンドマンの通夜。「故」の下に書かれたタローの名前を見て、大和にその現実が重く圧し掛かる。
響輝と泰雅と杏里と一緒に来ていて、更には備糸高校の学生服姿のダイヤモンドハーレムのメンバーも一緒だ。学生服のメンバー以外は皆、喪服だ。
喪主席にはタローの嫁がいるが、妊娠中の彼女は洋装だ。沈痛な面持ちで、終始俯き加減で焼香をする参列者に頭を下げていた。
大和も焼香を済ませ、そして喪主であるタローの嫁の前に立った。通夜と葬儀に参列したい意思はツヨシを通して伝えており、それに承諾を得たことには安堵する。しかし病院では面会を拒否されたから、この場で何を言われるのか、それとも何も言われないのか、緊張は隠せない。するとタローの嫁は大和の予想に反した言葉を口にする。
「面会を拒否してしまって申し訳ありませんでした」
頭を下げてそんなことを言うので、大和のみならず響輝も泰雅も杏里も驚いた。そんな中響輝が慌てて小さく「いえ……」と言って頭を下げるので、大和を含めた全員がそれに続いた。
話したいことは色々あるが言葉がまとまらないし、それに後ろは焼香のための参列者で詰まっている。結局それ以上の言葉は交わさず、一行は席に戻った。
そして通夜が終わり、一行は喪主であるタローの嫁と少しだけ面談する時間が取れた。
「この度はお忙しい中、夫の通夜にお集まりいただきありがとうございます」
控室となっている和室で大和は、冒頭のタローの嫁の言葉に膝の上でギュッと拳を握る。タローが生きられなかった事実に絶望する。
「夫は約1カ月半病院のベッドで眠っていました。いつか目を開ける日が来るのだと、私は信じて傍に寄り添ったつもりです。しかし夫は旅立ちました」
同席しているダイヤモンドハーレムのメンバーも沈痛な面持ちだ。人の死に直面した経験が少ない高校生にとってこの事実は重い。
すると次の言葉であった。
「けど夫は1度だけ目を開けたことがあります。それは亡くなった日、フェス中のダイヤモンドハーレムの演奏を中継してもらっていた時です」
室内が少しざわつき、一行が驚いた視線をタローの嫁に向ける。この場には元スターベイツのメンバーも同席していて、彼らに驚いた様子はない。どうやら既にこの話は聞いているようだ。
「確かに夫はあの音楽の中にいました。あの世界にいました。そしてダイヤモンドハーレムの演奏を目と耳にして少しだけ、本当にほんの少しだけ笑ったんです。その後でした。夫が息を引き取ったのは。バンドを解散して引退した夫を、最後にステージまで導いてくれたダイヤモンドハーレムに心から感謝します」
これを聞いてダイヤモンドハーレムのメンバーはとうとう泣き出した。4人が4人とも嗚咽を含み、涙を止めることができなかった。
「それから元クラウディソニックの関係者の方々がダイヤモンドハーレムを育てていると聞いています。これほど将来を感じさせるバンドを私は他に知りません。だからこれからも彼女たちをサポートしてほしいというのが今の私の願いです」
ここでとうとう杏里も大泣きし、大和も響輝も泰雅も目を真っ赤にした。
「面会を拒否してしまったことが私の心残りです」
元クラウディソニックの関係者は正座をしたまま深く頭を下げた。そして頭を上げると大和が口を開いた。
「これからはどのように?」
「はい。お腹の子を育てないといけないので、私は実家に身を寄せて、落ち着いたら仕事を探そうと思います」
実家という拠り所があることに安堵する反面、それでも今後の生活はその大変さが計り知れず、一行は彼女を思いやる。そこで大和は言いづらそうにしながらも言葉を続けた。
「あの……、僕の元メンバーと相談したんですが……」
「はい。何でしょう?」
「ダイヤモンドハーレムのインディーズCDの売り上げの中から僕たちも少しばかり報酬をもらってます。失礼でなければご香典とは別にそれを全額お渡ししたいので、受け取ってもらえませんでしょうか?」
「それはできません」
タローの嫁は驚いた様子ながらきっぱり断った。それに大和の表情がより恐縮そうになる。
「すいません。やっぱり失礼ですよね……」
「それは今後の私と子供のことを考えてのお金ですか?」
「そのつもりです」
「私は失礼だとは思いませんが、やっぱり受け取る理由がありません」
「あのぉ……」
すると古都が口を挟んだ。古都のみならずダイヤモンドハーレムのメンバーも目を腫らしながら恐縮そうな表情を見せる。
「何でしょう?」
「大和さんたちが売り上げを渡すって聞いて、私たちもメンバー間で話し合いました。CDの収益と、今でも入ってくる音楽配信の収益を全額お渡ししたいです」
「なっ! さすがにあなたたちからは!」
怒気は含んでいないものの、驚きのあまりタローの嫁は声を張った。元スターベイツのメンバーも驚きを隠せないどころか、元クラウディソニックの関係者もこの意思は聞いていなかったので目を見開いた。それでも古都は続ける。
「えっと、今回やったドラッグ撲滅フェスの収益は然るべき団体に寄付されます。それは薬物依存者を支援するための更生施設とか、薬物根絶の慈善活動をしている団体です。けどこのフェスの開催のきっかけになった事故のご遺族の方には、直接的な実入りがありません」
「それを期待してフェスを後押ししたわけではありません」
「わかってます。けどやっぱりそれは心苦しいし、私たちじゃ今後の生活の大変さとか理解できないし、だからお金を渡すことしかできることが浮かばなくて。それでもこれが私たちの気持ちなんです」
返す言葉がなくなって古都をじっと見据えるのはタローの嫁だ。古都は眉尻を下げたまま彼女から目を逸らさない。完全に場を持っていたかれた元クラウディソニックの関係者は状況を見守るばかりだ。すると動いたのはツヨシだった。
「受け取りなよ」
「え?」
タローの嫁は虚を突かれてツヨシを見る。ツヨシは優しい表情でタローの嫁を諭した。
「今後、絶対金はあるに越したことはない。必要になる時が来る。加害者じゃないこいつらがここまでの気持ちを見せてくれてるんだから、それこそ断る理由がないよ」
するとタローの嫁は鼻を啜り始めた。そして頭を下げ、声を震わせて言うのだ。
「ありがとうございます」
一行はこれに安堵はする。しかしタローの命が助からなかったことで喜ぶ気持ちなど持てなかった。
この日の通夜を終えてジャパニカングループのオフィスに戻ったのは泉と吉成だ。2人ともまだ喪服姿で、吉成の役員室で対面する。
「興信所から連絡があった」
「え? 興信所ですか?」
何の脈絡もない吉成の切り出しに泉は首を傾げた。吉成が興信所を雇っていた事実も知らなければ、その動機もわからない。
「今回の事故は報道を見る限り俺はおかしいと思っていた」
「どのような点が?」
「幻覚症状による無謀運転」
そこに違和感を持っていなかった泉なので、やっぱり首を傾げる。
「これはうちの弁護士を通して確認が取れたことだから報道はされていないが、怜音は車に乗り込む前に売人が接触してきたと言っているそうだ」
「それも幻覚のうちですか?」
「そうかもしれん。しかしもし違ったら?」
泉はゾッとした。怜音が厚生プログラムに通っていたのは知っている。怜音から売人に近づく可能性はゼロではないものの低いと思う。
「つまり怜音を狙って意図的に売人が近づいたと?」
「そうだ。それで興信所が調査をした結果、売人の素性が割れた」
「え! つまり売人の接触は本当に幻覚ではなかったと?」
「そういうことだ。むしろ接触が幻覚を引き起こしたきっかけとも考えられる。興信所からは証拠ももらった。俺はこれを警察に提出する。今後捜査が始まれば周辺の防犯カメラなどからより多くの証拠が集まるだろう」
「そこまでしてたんですか?」
「あぁ。何に使う金なのかカミさんに説明するのには苦労したよ」
「興信所は自費ですか? なんで専務がそこまで?」
「個人的感情だ。音楽を薬で汚す奴が許せないだけだ」
ここに吉成の音楽に対する思いを泉は感じた。
それから数日後。売人が逮捕され事故は事件に姿を変え大きく動いた。売人からの証言により、浮上してきた名前はなんとロックロック編集者の門倉であった。つまり売人を動かした黒幕だ。
更に後ろにはもう1人いる。クラウディソニックが所属する予定であったABC芸能。そこでクラウディソニックを担当する予定だった小林だ。門倉は小林からの依頼で動いていた。
門倉も小林も動機はクラウディソニックに対する個人的な恨みだ。覚せい剤によってクラウディソニックから裏切られた彼らなのに、覚せい剤によって恨みを晴らしていた。怜音を貶めようと企てた今回の件は、結果としてタローまで巻き込んだ。
これは吉成の逆鱗に触れた。吉成をはじめとする業界大手のジャパニカングループの手によって門倉と小林はこの業界では生きていけないようになり、彼らは姿を消さざるを得なくなった。
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