第五十楽曲 第六節
ダイヤモンドハーレムのステージが終わって、今ステージでは2組目のバンドが上がるための準備がされていた。そんな中、2階席にいる吉成が隣の泉に言う。この時杏里は席を外していた。
「発起人のダイヤモンドハーレムがあれだけのステージを披露したんだ。あとはレッドオフデイを含めたメジャーアーティストだからこのフェスは成功と言えるな」
「そうですね」
「ほっとしたよ」
「私もです」
背もたれに体重をかける吉成は言葉のとおり肩の力が抜けた。しかしこの後吉成から発せられた事実に泉は驚く。
「もしこのフェスが目に見える成果を上げなければ、菱神さんには今後のダイヤモンドハーレムのプロデュースを辞退してもらうところだった」
「え……?」
「まぁ、これは会社の役員しか知らない事実だ。オフレコな?」
「は、い……」
泉は血の気が引くような思いになった。まだ1組目のダイヤモンドハーレムが終わったばかりだから確定ではないと予感する。それでも吉成が楽観している様子から彼の自信が窺え、彼が言うのならば間違いないだろうとも思う。
「あとは募金だが、これに関しても結果が出れば言うことなしだ」
「えっと、専務……? 菱神さんのこと、役員の中ではどういうお話になっていたんですか?」
「あぁ。今回の事故はあまりにも世間からの心証が悪い。その加害者が菱神さんの元メンバーだ。俺達はイメージ商売だからな。加害者の関係者である菱神さんが、これから売り出していくダイヤモンドハーレムに関わることを嫌う役員が数名いたんだ。世間では今やダイヤモンドハーレムがクラウディソニックの妹分だという認識だし」
その事実に言葉を失う泉。完全に事後報告ではあるが、吉成は立場のある人間だし、それに役員の中での話だ。事前であろうが、事後であろうが、自分が口を挟める余地はないのだろうと無力を感じる。
「元は俺が作曲家としての菱神さんを埋もれされるのを勿体ないと思って、うちの仕事に引き込んだ。それを益岡君が引き継いで、菱神さんが育てたダイヤモンドハーレムを迎え入れた。だから引き続き菱神さんがプロデュースするのは自然な流れだった。だから発端の俺は心苦しくてこのことは菱神さんにも言えてない」
納得はする。それでももしこのフェスが、まだ暫定とは言え成功と言えるレベルにまで到達していなければ、大和はジャパニカンから切られていた。それを事後で報告することになっていたらと思うと泉はゾッとした。
泉自身、大和に惚れている。しかし大和とダイヤモンドハーレムのメンバーの信頼関係を嫌と言うほど知っている。大和とメンバーは活動を共にすることを生きがいにしているほどだ。
「そんな顔するなよ」
吉成が苦笑してそんなことを言うので、泉ははっとなった。ひどい表情をしていたのだろうと自覚する。
「間違いなくこのフェスは成功だ。レッドオフデイの出演が決まってから他の役員の評価も変わった。あとはダイヤモンドハーレムのステージを見極めるだけだったから」
「そっか……。良かったです」
ふぅ、と泉の肩から力が抜けた。あぁ、だから彼はこれほど安堵の様子を見せたのか。
泉はそう解せると同時に、当初はダイヤモンドハーレムの受け入れを渋っていた吉成が、今では思い入れを持ってくれていることも理解して嬉しくも思った。
一方、ステージを終えたダイヤモンドハーレムのメンバーは、ホール外のドリンクカウンターの隣にある募金箱の横に立った。彼女達の傍には武村も立つ。募金箱を持つのは杏里で、彼女はここにいた。
募金をした来場者が横に流れて順々にダイヤモンドハーレムのメンバーと握手をする。長机を隔てて、更には警備員と武村が目を光らせるのは景観を害するが、それでもこればかりはセキュリティーの上で致し方ない。
「ありがとうございます」
「凄く熱いステージだったよ」
募金をしてくれた1人1人に対してメンバーが丁寧に礼を言い、来場者は各々話したいことを話す。芸能事務所所属前と違ってファンとの交流は制約が増えたが、それでもこうして触れ合えることにメンバーは皆笑顔を浮かべた。
そうしているうちに入れ替えの時間は過ぎ、2組目を観るために募金者は再びホールの中へ消えた。やがてホールでは2組目の演奏が始まり、外まで音が漏れ聞こえてきた。
するとその時だった。武村のもとに3人の男が来た。彼らが声をかける前に、彼らの接近に気付いた武村が先に声をかけ、頭を下げた。
「すいません。事前に制作者の方のお伺いも立てずに演奏をしてしまって。タローさんのご家族の方には言ってあったのですが」
「いえいえ」
するとツヨシが愛想良く言って顔の前で手を振った。3人の男たちは元スターベイツのメンバーだ。
「家族に言ってあるなら俺たちは問題ないです。むしろ演奏をしてくれてありがとうございます。少し元気が出たし、前向きになりました」
ツヨシが好意的な意見を言ってくれたので武村は安堵する。するとツヨシは古都を向いた。
「とは言え、事前に言ってくれても良かっただろ?」
「えへへ。ごめんなさい。サプライズにするつもりはなかったから、何回も連絡しようと思ったんですよ? けどやっぱり私たちの気持ちはステージから一気に発信したくて。私たちはロックアーティストだから」
「確かにそうだな。それにしても希、よく叩けたな」
「楽勝よ」
得意げにそんなことを言う希だが、長机の下に手のひらの潰れた肉刺を隠した。筋肉の張りもあったのだが、体幹トレーニングをしていなければこれくらいでは済まなかっただろう。それくらいに練習は過酷だった。
そんな希の苦労をわかっているのか、わかっていないのかはメンバーにとって定かではないが、元スターベイツの面々はにこやかに笑った。
その後、元スターベイツのメンバーも募金をし、そして2階の客席に戻って行った。それを見送って武村とダイヤモンドハーレムのメンバーも控室へ戻った。
レッドオフデイ以外の控室は大部屋で、この日の出演バンド全員が詰め込まれている。そこで大和と響輝と泰雅はダイヤモンドハーレムのメンバーの楽器を片付けていた。
「すいません、大和さん。自分でやります」
そんな彼らを見るなり慌てて唯が近寄った。しかし大和は言う。
「いいよ、いいよ。今日は僕らがローディーだから。お世話をして当たり前。ステージお疲れ様。休んでな?」
そう言われても遠慮深い唯なので片づけを一緒に始めた。美和も響輝の遠慮を押し切って自分の片づけは自分でした。
しかしそこで遠慮なく休んだのは古都と希だ。まぁ、希はこの日のセットリストで一番体力を削られるパートだったから仕方ないだろう。泰雅が黙々と進めている。しかし古都ときたら。そんな様子を笑って見ながら響輝は古都のギターの片づけを進めた。
すると古都にはこの場にいる他のバンドのメンバーが寄って来た。ステージの様子はモニターで確認していて、好意的な言葉を投げかける。そんな様子を横目に見ながら大和は少しだけ胸を張れる思いだった。
「ありがとうな」
「え?」
大和と一緒に片づけをしている唯が反応した。大和の声はあまりにもか細く、ほとんど聞き取れなかった。声を発したことがわかった程度だ。しかし大和はそれ以上何も言うことはなく手を進めた。その時の大和の表情はどこか晴れやかだった。
その頃、2階席に戻っていたツヨシに1本の電話が鳴る。しかし2組目の演奏が始まっており、轟音鳴り響くこの会場の中で電話を受けられる場所はなかった。
やがてツヨシは2組目の演奏が終わってから電話を掛け直した。そして急いで自分のメンバーを連れてフェス会場を後にした。
この日は日曜日だ。大和は定休日だし、響輝は公休だ。泰雅はわざわざ休みを取って東京まで来ている。彼らは翌日の仕事に向けて夜遅い新幹線で地元に帰った。トリのレッドオフデイまで熱く盛り上がったこのフェスは見事成功と言え、彼らはそれに安堵した。
しかしその翌日、彼らはまた首都圏に戻って来ることになる。
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