第五十楽曲 第五節

 おかしい。ローディーとして、そしてプロデューサーとして予め聞かされていたセットリストではない。それどころかダイヤモンドハーレムの楽曲ではない。しかも大和がよく知る懐かしい曲だ。

 同じ感想を抱くのは大和の脇にいる響輝と泰雅だった。加えて2階席にいる杏里と泉だ。杏里に至っては涙を流している。

 驚きを隠せない大和は武村を見た。耳には古都のクリーントーンによる弾き語りが届く。武村は恐縮そうに微笑して軽く頭を下げた。


 9月のとある日。ジャパニカン芸能のマネージング契約が始まったダイヤモンドハーレムのメンバー。食事を終えた学校の昼休みのことだ。


「ねぇ、みんな」


 教室内で机を固めて集まっているメンバーの中で、古都が徐に口を開く。それに美和が反応した。


「ん?」

「来月のフェスなんだけどさ、セットリスト変えない?」

「どういうふうに?」

「カバー曲を2曲やりたい」

「は?」


 声に出して反応しているのは美和だが、彼女に限らず唯も希も目を丸くする。インディーズデビューもして、今や大手プロダクションに所属している。加えて持ち曲も十分だ。それなのにカバー曲をやりたいという古都の意見は予想外であった。

 フェスの趣旨はドラッグ撲滅である。そしてそのきっかけとなったのは怜音がタローを巻き込んだ事故だ。古都は次のように自身の考えを説明した。


 1曲は怜音や大和など、当時のクラウディソニックの関係者に向けて歌いたい。それはつまり罪を犯した者の更生を願いつつ、怜音の場合は更生プログラムにも参加していたと聞いているから、その後押しとこれからの償いを願いたい。

 大和をはじめ、薬物に手を染めなかったのに理不尽な思いをしている元メンバーや関係者に対しては、もうこんな思いをする人は現れないでほしいと願い、それを薬物根絶の思いに繋げたい。

 もう1曲は病院のベッドで眠るタローの1日も早い回復と、それに心を痛めている彼の家族に向けて歌いたい。


 そんな古都の考えを聞いた美和が言う。


「うん、私は賛成」

「私も」


 唯も頷いた。希も反対意見はないようで表情で同調し、そして話を進めた。


「じゃぁ、早速武村さんに連絡して許可をとろう」

「そうだね!」


 メンバーの後押しを受けて古都の表情は晴れた。しかし唯が懸念を口にする。


「大和さんには言わないの?」

「うーん。大和さん……て言うか、クラソニの元関係者はこれを事前に知っちゃうと絶対遠慮すると思うんだよね」

「確かにそうだね」

「だから謀らずともサプライズ。それに2曲目は大和さんでも判断できないと思うから、武村さんに確認を取って、オッケーが出たらにしよう」

「うん、それがいいと思う」


 話は決まった。そして彼女たちは武村に連絡して承諾をもらえて安堵し、晴れてカバー2曲の練習を開始した。


 しかしこの月からジャパニカン芸能のマネージング契約が始まっている。主に平日は学校が終わってからゴッドロックカフェで練習だ。それには大和が付きっ切りである。その後は常連客との交流だ。

 そして週末はライブやイベントやメディア出演などの活動である。なかなか満足に練習時間は取れない。


 しかしここで機転を利かせたのは武村だった。カバー曲のための練習を公式スケジュールに入れたのだ。それ故、学校を早退するなどして数回だけ楽器店の貸しスタジオで全体練習ができた。

 全員が同じクラスにいることで、しかも担任が音楽活動に理解のある長勢教諭ということで、話はスムーズだった。これもこのクラス編成に一枚噛んだ泉の功績であり、ここにきて役に立った。


 そしてドラッグ撲滅フェスのステージでダイヤモンドハーレムは今、秘密裏に練習してきたカバー曲を披露している。それはクラウディソニックがインディーズデビューをした時、表題にした曲だった。

 まさかの選曲にクラウディソニックの元関係者は驚いている。泉は直接の関係者ではないがよく知った曲であるし、泉に関しても武村からこの事実は聞かされていなかった。その泉も隣に座る杏里同様、とうとう頬に涙が伝った。


 そしてステージ脇だ。今は古都の引き語りから伴奏に移行して、ハードな楽曲が演奏されている。編曲アレンジもボーカルが男声か女声なのかも違う。しかしそれは紛れもなく、薬物に染まる前のクラウディソニックが、希望に満ちた活動を送っていた時の1曲だった。それを目と耳にしながら大和は全身に鳥肌が立った。

 泰雅は大きな肩を震わせ、拳に力を込めながらステージを見守る。響輝は熱いものが込み上げてきて、今日何度目だと内心で自虐的に笑う。


 大和は自分が育ててきたダイヤモンドハーレムが誇らしく、この姿こそ怜音と鷹哉に見せたいと思った。残念ながらそれは叶わないのだが、それでも彼女たちの思いは十分すぎるほど伝わってきた。

 ホールにはこの曲を知らないオーディエンスがほとんどで、一部微かに記憶に残っている客はいるのだが、しかしその程度だ。それでも各々の表現でノリを示し、演奏に真正面からぶつかっていた。


 そしてそのクラウディソニックの1曲が終わって間髪を入れずに始まったイントロに、またも一同は固唾を飲む。この時の一同とはクラウディソニックの元関係者のみならず、2階席の最前列にいるスターベイツのメンバーも含まれる。ツヨシは膝の上に置いた拳を強く握った。

 なんと2曲目はスターベイツの楽曲だった。昨夏、武者修行と称した全国ツアーを回っていたダイヤモンドハーレム。その時に対バンしたスターベイツが演奏していた曲で、速弾きから始まるこの楽曲を美和が見事に再現していた。


 そして圧巻はドラムだ。この楽曲はドラムのアクションが大きく、手数が多い。それほどまでに難易度が高い。スターベイツのメンバーもプロアマ問わず叩けるのはタローを含めて国内では数少ないと思っている。タローはそれほどの凄腕ドラマーだ。

 その認識は泰雅も同様で、本気で取り組めば恐らく自身も叩けるとは思うが、それでもかなり苦労するだろうと予想する。それを弟子である小柄な女子ドラマーが見事に演奏しているのだ。


 その演者、希は髪を振り乱し、顔から汗を飛ばして激しいイントロを叩き切った。眠っているタローに届け。これがあなたのドラムビートだ。スターベイツのドラマー・タローは確かにこの音楽せかいにいた。そんな思いをこめた。

 2階席にいるスターベイツのツヨシの瞳からはとうとう涙が零れた。それはこの場にいないタローの嫁も同様で、ステージでタローが躍動していた証を証明してくれたことに胸が熱くなった。

 病室にいる彼女はそこで眠る夫を見る。


「タロー? ダイヤモンドハーレムが今演奏してくれてるよ? あなたがバンドマンとして確かに存在したんだって、ステージから発信してくれてるよ?」


 震える声でそんな言葉を絞り出し、タローの嫁は中継されている映像をタローに向けた。武村からこの曲を演奏したいと連絡がきた時は驚いたものだが、承諾して良かったと今では心から思う。

 するとその時だった。タローの嫁は大きく脈打った。


「タロー? タロー?」


 微かにタローの瞼が動いた。そして次の瞬間なんと、薄くはあるが目が開いた。そこから覗かせる視線は嫁を一度見た後、彼女が持つタブレットに移った。表情はない。しかし嫁にはその瞳の奥が笑ったように見えた。自身の愛する妻に向けてと、そしてタブレットに映し出された中継映像に向けてだ。


「嬉しいよね。ここまであなたたちの音楽を表現してくれて」


 古都はカバー曲と言ったが、このスターベイツの曲に関してはコピー曲とも言える。それほどまでに再現された演奏だった。鍵盤楽器が弾ける唯の音感から音を拾い出され、そしてハイトーンながら音域の広い古都の美声で男性ボーカルの楽曲も見事に歌っている。

 ホールも熱く盛り上がっていた。スターベイツはインディーズバンドだったとは言え、知名度はそれなりに高かった。そして解散宣言をしたビリビリロックフェスではダイヤモンドハーレムを後押しした。だからこの場にはスターベイツのファンも来ている。彼ら、彼女らは例外なく泣いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る