第五十楽曲 第四節
開演を迎えたジャパニカン主催のドラッグ撲滅フェス。準備期間が少ないにも関わらずチケットは見事完売で、ホールは2千5百人のオーディエンスで埋め尽くされた。トップを飾るのはダイヤモンドハーレムである。
このフェスは公式的な映像配信はされていない。しかしタローの病室には映像が届けられた。これはジャパニカンの配慮により、シークレット回線で届けられている。
ベッドで眠るタローに向けて、彼の嫁がタブレットを掲げる。そこにはステージに上がったダイヤモンドハーレムが映し出されていた。
『うおー!』
ホールからはブレザーの学生服衣装に身を包んだガールズバンドに向けて歓声が上がる。メンバーは麗しい笑顔で手を振った。
『こんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』
『おー!』
マイクを通した古都のお決まりの第一声にオーディエンスが応える。ダイヤモンドハーレムにとって屋内では過去最大級となる会場に、その歓声が地鳴りのように響いた。しかしメンバーはそれに委縮することもなく、気合のこもった笑顔で各々の立ち位置からホールを見渡した。
『それでは早速1曲目いきます! STEP UP!』
『うおー!』
1曲目からいきなり認知度の高い楽曲をもってきたセットリストだ。ほとんどのオーディエンスがその曲を知っていて、歓声はひと際大きい。そして希のカウントの直後に始まった演奏で、オーディエンスは突き上げた拳と裏拍の歓声で応えた。
ステージ袖で見守るのは大和だ。彼もまたこの日はダイヤモンドハーレムのローディーとしてスタッフ入りしている。脇には響輝と泰雅とマネージャーの武村だ。
9月からは地元での活動を中心に付き添い要因となった杏里はこの日、招待席となっている2階の座席にいた。その隣に泉とジャパニカン役員の吉成がいる。その招待席の最前列には元スターベイツのメンバーがステージを見守っていた。
ステージ脇、そして2階の座席、そこにいる誰もが言葉を発せず高校生ガールズバンドのパフォーマンスを目に焼き付ける。このフェスの発起人の彼女たちに向ける思いは期待や懺悔など様々だ。
大和の手は汗で湿っていた。成功を願って緊張している。尤もホールを埋め尽くしたオーディエンスを見れば興行としての成功は言えるのかもしれない。しかしこれはあくまでチャリティーイベント。収益は覚せい剤根絶のために活動する慈善団体に贈られる。
だからこそチケットの売り上げやステージとホールの盛り上がりだけでは成功と言えない。エントランスには募金箱も設けている。今は会場スタッフが立っているが、ドリンクカウンターの近くにあるその募金箱にこれからは出演者が直接立つ。
この日は海外のビッグアーティストからの逆オファーもあって多くの観客を集めることができた。しかし大和は自分がプロデュースする4人の軽音女子が発起人になったことで、彼女たちの成長に目を細め、そして自分が所属していたバンドの負の遺産を積極的に払しょくしようとするその姿に込み上げるものがあった。
『STEP UP』が終わり、2曲目、3曲目と移行する中、スポットライトを浴びて照らされる彼女たちに大和の目頭が熱くなる。演奏する彼女たちは、プロとして丁寧さと豪快さのバランスを保っていて、マイクにぶつける声は腹の底から出している。自分たちの思いを精いっぱい歌に乗せていた。
――綺麗事。――売名行為。――偽善。
都会の路上で起きた凄惨な事故は大々的に報道され、その直後にチャリティーイベントの開催を発表したことで批判も上がった。SNS社会の昨今、その声は直接ダイヤモンドハーレムのメンバーに届いた。
しかしそんな批判に負けず、前に進むことを止めなかった彼女たちが大和は誇らしい。例え偽善であってもやることに意義がある。何もしなければ何も残らない。大和もそれを強く感じて積極的に動き、そして声をかけた過去の交流バンドが今、控室にいる。
やがて3曲目が終わると一度ステージの照明が落ちた。この間にメンバーは給水をする。ザワザワとした静けさが巨大なライブハウスに漂う。やがてそれを綺麗に通る古都のハイトーンボイスが割いた。
『改めましてこんにちは! ダイヤモンドハーレムです!』
『うおー!』
古都の声にオーディエンスの歓声が被さり、直後、古都にスポットライトが当たる。更には希がバスドラとクラッシュシンバルを鳴らして盛り上げた。この日のダイヤモンドハーレムのセットリストは5曲。これが唯一のMCだ。
『今日はジャパニカングループが主催するドラッグ撲滅フェスにお集まり頂き、本当にありがとうございます』
『うおー!』
希が鳴らすドラムとホールからの歓声は賑やかに混ざり合った。
『盛り上がってますか?』
『いえーい!』
『アゲてますか?』
『いえーい!』
ここで古都は笑顔を浮かべ、1つ間を空けた。そしてゆっくり息を吸い込むと言った。
『フェスなんだから当たり前ですよね。私たちは皆さんを楽しませるためにここに立ってます。けど今回の趣旨はドラッグ撲滅です。こういうのはちゃんとしないといけないと思うから、少しだけ私に話す時間をください』
すると多少のざわつきを残しつつも、多くのオーディエンスが口を噤み古都に注目した。
『報道で知ってる人も多いかと思いますが、少し前に元バンドマンの方が交通事故の被害に遭いました。その加害者もまたバンドマンです。加害者は過去に覚せい剤の前科があって、その後遺症による無謀運転が原因で事故を起こしました』
美和も唯も希も真剣な表情でホールを見据える。絶対に俯かない。絶対に目を逸らさない。そんな強い意志を持っていた。
『被害者の方は私たちと仲良くしてくれた大事な方です。そして加害者は私たちが尊敬する偉大なバンドの元メンバーです』
オーディエンスの中には知らない者もいたようでざわつきは増す。しかし一部報道ではクラウディソニックの過去の覚せい剤事件も詳細に伝えていた。その当事者である怜音が加害者で、これは既に世に対して周知の事実になったと言っても過言ではない。
『加害者は更生プログラムにも参加していたのに、覚せい剤を断って数年してから現れた後遺症が原因で事故を起こしました。私にとってとても悲しい事故です。けど被害者のご家族の方はもっと辛い思いをしています。私はもうそんな辛い思いをする人が現れないでほしいと思います。だからこのステージに立ってその思いを歌に乗せました。私には歌しかないから』
するとホールからパチパチと手を叩く音が微かに聞こえ、やがてそれは波及し大きな拍手となった。
『ありがとう』
オーディエンスの思いに古都が礼を言うとその拍手は引いた。そして古都は最後の言葉を続ける。
『最後2曲です』
熱く盛り上がるステージならここで嬉しい落胆の声が上がる。しかしオーディエンスは真剣に古都を見ていた。
『1曲目は今回の事故を絶対に忘れてはいけない思いと、未だに苦しい思いをしている加害者の元メンバーのためと、そして覚せい剤が無くなることを願って歌います。2曲目は今も必死で生きようと闘っている被害者の方に向けて、一日も早い回復を願って歌います。聴いてください』
この曲は希のカウントからは入らなかった。ドライブ音をオフにした古都のクリーントーンによる弾き語りからだ。
柔らかいギターの音と、古都の透き通るような声を耳にして目を見開いたのは、2階席にいる杏里と泉だった。そしてステージ脇にいる大和、響輝、泰雅だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます