大和が見た夢
泉から打合せをしたいと言われて東京に呼び出された朝だった。この日は古都も東京で1人での仕事があるとのことで、引率も兼ねて僕は古都と一緒に東京へ向かった。夜型生活の僕が朝早い新幹線に乗って移動するのは辛く、乗車するなりすぐに眠ってしまった。そこで僕は夢を見た。
そこは一見で空き家だとわかる建物の中で、古都と一緒にいた。そして驚くのが、土間床で恐らく店舗だと思われるその室内から、偉大なミュージシャンがショーケースを運び出したのだ。ジミヘンにジョンレノンに、そして屋外にはフレディマーキュリーとヒデだ。
更に驚いたのが、先日凄惨な事故に遭って、1カ月半の昏睡の後に命を落としたタローの登場である。僕は薄く笑う彼を見て、涙を止めることができなかった。
僕は直接の加害者ではないとは言え、彼に不幸を運んでしまった当事者意識が強い。何度も何度も謝りたいと思っていた。しかし実際に彼を前にすると頭は真っ白で、何も言葉が浮かばなかった。すると古都とタローの間で会話が進んだ。
「けど、運がいいことにロックの神からは愛されてたみたいなんだよ」
「ロックの神?」
古都が首を傾げて疑問を口にした。僕もタローの言っている意味がわからない。
「どうやらもしスターベイツが解散してなければ、ビッグアーティストになれたらしいんだ。まぁ、死んでからそこにいる偉人たちに教えてもらったんだけど」
これには納得する。特にタローであるが、彼のドラムの腕は一流だ。だから思う。
「解散とは言え、例えばスタジオミュージシャンとかは選択肢になかったのか?」
「その誘いもあったよ。けど、結婚をしたいなら定職に就けっていうのが、嫁の親からの条件だったんだ」
「そうか……」
色々な人の事情や価値観が合わさっての結論に僕は肩を落とす。そこで僕はその前にタローが言った意味を問い掛けた。
「ロックの神って?」
「あぁ。ロックの神は本当にいるよ」
「そうなの?」
「あぁ。但し、実体はない」
「わかりやすく」
「ロックの神はロックを愛した故人たちの思念の集合体だ」
そう言われて僕ははっとなり、タローに背を向けて室内に振り返った。この時に古都もはっとなったのか、同じ動作をする。故人と聞いて先ほどから目にしている人たちがいるのだ。
すると僕と古都は驚愕の光景を目にする。
「なにこれ?」
古都の声を耳が捉えるが、その疑問は正に僕の口からも出ようとしていた。なんと、室内では先ほどから目にしている偉大なロックアーティストたちが、内装工事をしていた。そう、リフォームなどでイメージできるあの内装工事だ。
そして驚くのがもう1つ。タローと会うまでに目にした4人だけではない。10人以上いる。不慮の事故や事件性の死を遂げた偉大なミュージシャンが多く、中には自然死と言われているミュージシャンもいる。
「どういうこと?」
僕はタローに向き直って問い掛けた。
「これからロックの神はここに巣食うそうだ。近々、ロックの神に愛された奴らがここを根城にするらしいから」
「それを知ってるってことはもしかしてタローもロックの神になるの?」
「いや。誘いはあったが俺は断った。あの世から嫁と子供を見守りたいから」
「そうなんだ……」
タローがその選択をしたことに嬉しいも悲しいも感じなかった。ただ、今目の前にいるはずのタローが命を落としたことだけは、彼の言葉から重く実感した。やっぱり彼は戻って来ない。
「タロー……」
「あぁ! 大和」
僕が言おうとした言葉はタローの声によって遮られた。
「しんみりする話はするなよ? 謝られたって俺はお前に恨みなんてないから受け入れねぇぞ?」
僕が言おうとしていた言葉はお見通しだったようで、タローから咎められてしまった。
「もちろん響輝にも泰雅にも杏里にも恨みはない。それから怜音にも」
「え?」
俯き加減だった僕は怜音の名前が出たことに虚を突かれて顔を上げた。これには古都も驚いたようで、それが気配で読み取れた。
「怜音にも……なの?」
「あぁ。あいつはチャラいけど、事故に関してはちゃんと反省の気持ちを持ってるし、俺が残してしまった家族に対しても誠意を見せた」
「どういうこと?」
「それは近々わかるよ」
詳しいことをタローは教えてくれなかった。それでもタローに恨みの気持ちがないのなら少しだけ、本当に少しだけだが、安心したいと思う。
「ただ怜音の裏で糸を引いていた奴がいるから、そいつらには制裁を与えてやったがな」
「制裁?」
「あぁ。と言っても俺じゃなくて、今作業をしているロックの神だ」
タローの言葉に僕はまた振り返る。すると驚いた。内装工事が進んでいるのだ。たったの数分のことで、あり得ない驚異的なスピードである。コンクリートの上に立っていたはずの僕たちはいつの間にか上履きになっていて、フローリングの床の上だ。壁はレコーディングスタジオなどで見るクッション材の内装だった。
「ロックの神は一番動いてくれそうな人に散々違和感を植え付けたらしい」
誰だろう? しかし不敵に笑うタローを見ているとはぐらかされそうな予感がしたので、深くは詮索をしなかった。
するとタローは古都に視線を向けた。
「古都? フェスありがとうな」
「いえ! ベッドで目を開けたって聞きました!」
「あぁ、開けた。その後すぐにぽっくり逝っちまったけど」
そう言って自虐的に笑うタローだが、正直、笑えない。やっぱり申し訳ない気持ちは拭えない。ただそれでも、タローが先日のドラッグ撲滅フェスに感謝の言葉をくれるのなら、僕たちの活動は間違いではなかったと、報われた気持ちになることも抑えられない。
「さて、話はここまでだ」
「え? タローさん、もう行っちゃうの?」
「あぁ。推しメンと大和に会っといてうちのメンバーに会わないわけにはいかねぇだろ?」
首を傾げるのは僕と古都だ。推しメン? なんのことだ? そんな様子の僕たちを見てタローはクスクス笑う。そして言うのだ。
「あと、ダイヤモンドハーレムの他の3人にも会って来るわ」
「私のメンバーに? なんで?」
「愛されてるからだよ」
「誰に?」
「はっはっは。それは音楽を続けていれば結果が教えてくれるさ」
核心を濁しながら話すタローはやはり楽しそうだ。彼の死が重くて全然笑えないのだけど、今の彼を見ているとどこか温かくなる。
「タローさん、奥さんには会っていかないの?」
「あいつは……、小っ恥ずかしいからいいや」
「そんなこと言わずに会ってあげなよ?」
「上から見守ってるからいいよ。まぁ、お前たちのおかげで金の心配は少し軽減されたから感謝してる」
「そんな、とんでもない!」
「本当に感謝してる。じゃぁな」
「え、ちょ!」
タローは突然話を切って部屋の外に出た。僕と古都は慌てて彼を追った。初めての室内なのに、なぜか全く迷うことなく廊下を進み、そして玄関を発見してそこから外に出た。
元いた部屋はシャッターが開けられてから明るかったのだが、一度経由した廊下は暗かった。そしてまた明るい屋外に出る。一瞬眉を顰めた。するとそこには日に照らされた美和と唯と希が立っていた。ただ、眩し過ぎて背景は何も認識できない。
彼女たちは自分たちがなぜここにいるのかもわからない様子で、ポカンとしていた。すると僕の夢はここで途切れた。そして古都の声が聞こえてくる。
「大和さん! 大和さん! 起きて! もう東京駅に着いたよ?」
「んん? 東京駅……? はっ! 東京駅!? 品川じゃなくて?」
「ほえ? 下りるのって東京でしょ? 切符に書いてあるよ?」
「違うよ! それは東京都内って書いてあるんだよ」
降りる駅を過ぎてしまったことに焦った。ほとんど乗客がいなくなった車内で慌てている僕たちは騒がしく、若い男に冷めた目で見られた。その視線が痛い。
しかし時間には余裕があった。遠回りにはなってしまったが、この後電車を使ってジャパニカングループのオフィスに到着し、約束の時間に間に合ったことに安堵した。
そう言えば、僕は新幹線の中で夢を見ていた気がする。どんな夢だっただろうか? 懐かしさとか悲しさとか、そして申し訳なさとかの感情が残っている。しかし内容をまったく思い出せなかった。
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