第四十八楽曲 第三節

 ファミリーレストランを出た後の車内で、杏里は大和のカノジョである美和を気遣って後部座席である。その杏里が乗り込んですぐ大和に言った。


「あたし、響輝と約束あるから響輝の家に送って」

「あ、そうなの? わかった」


 大和は返事をすると車を発進させた。杏里は杏里で盆休み中のカレシとしっかり予定を組んでいるようだ。

 こうして大和は杏里を響輝の家の前で下ろし、美和を自宅に送り届けるために引き続きハイエースを走らせた。しかし道中、助手席で美和がそわそわする。そんな彼女の様子が気になって運転席から大和が問い掛けた。


「どうしたの?」

「え? 私なにか変ですか?」

「変って言うか、落ち着かない様子だから」


 活発だが佇まいはクールだ。そんな美和がそわそわしているので、難なく大和は気づく。すると美和は言い辛そうにしながらも、心の内を話した。


「えっと、詠二のことが気になっちゃって……」

「あ、さっき杏里が店で言ってたこと?」

「はい」


 どうやら美和は、この後の詠二の行動を気にしているようだ。初めて知った交際相手の存在。健全な付き合いができているのだろうか? 思春期を迎えた男子中学生である弟だから、その保護者意識が高い美和としてはよそ様の女子中学生を相手に気を使う。


「あはは。大丈夫だと思うよ。さっき店で杏里も親戚がどうのって言ってたじゃん?」

「でも……」


 無責任にも笑ってそんなことを言う大和。杏里の言動以外に根拠はない。そんなことだから美和の不安は拭えない。確かに皆大和のような男だったら安心かもしれないが。それに加えて、御坂はあの束縛のしようである。美和は気を揉んでいる。


 この後も美和が不安を吐露し、それを大和が励ますという会話が続いた。しかし至って進展はなく、美和の自宅である市営住宅に到着した。その入口付近の路肩に車を停めると、緩慢な動きで美和がシートベルトを外しながら大和を見る。


「大和さんって今日は一日オフですか?」

「うん。店も盆休みだから」

「じゃぁ、すぐに帰らないといけない用事はないですよね?」

「そうだね」


 そこまで聞いた美和は俯き加減でモジモジし始める。


「もう少し一緒にいられませんか?」

「ん? 別にいいけど、どこか行く?」

「えっと……。たぶん詠二は学区内近くにいると思うので家で待ってようと思うんですけど。私1人で待ってたら色々余計なことを考えちゃいそうで……。それで大和さんに一緒にいてもらえたらなって」

「……」


 すぐには返す言葉も浮かばない大和。つまり美和の言葉は、美和の家に上がることを意味している。大和はそれをしっかりと理解した。


「あのぉ、そんな大したおもてなしもできないし、狭い部屋なんですけど、ダメですか?」


 ブンブンと首を横に振った大和。しかしこれは反射的な行動だ。この歳になって女子高生の部屋に上がるなんて考えたこともなかった。

 ただよくよく考えてみれば、カレシなのだからあり得るシチュエーションだ。むしろ相手が4人もいて今までなかったことが不思議だとも思い改めた。

 しかしそんな大和の動揺とは裏腹に、美和は表情を明るくさせた。


「良かった。ちょうどお母さんもいないし、車はお母さんの駐車場に停めてください」

「う、うん」


 今更拒否の意思がない大和は肩に力が入っている。そんな状態で車を発進させた。尤も拒否する理由が見つからないだけで、動揺はしている。


 そして美和の案内で駐車場の中を周回すると、美和の母親の駐車マスまで到着した。しかし美和が「あれ?」と言う。大和も墓地の駐車場で見覚えのあるその車に首を傾げた。


「それ、お母さんの車だよね?」

「そうです」

「家にいる?」

「いえ、そんなことはないです。――あ! たぶんここに車を置いて友達に迎えに来てもらったんですね。前もそんなことありました」


 母親がいないのは間違いない。そう予定を聞いているから。それなので、この考えに行き着いた。と言うことは、団地内に駐車場がない。美和は一度思考すると大和に言った。


「隣の公園に行きましょう。そこなら駐車場が解放されてますから」


 この市営住宅の通りを挟んだ向かいには大きな公園がある。そこの駐車場は無料で、昼間は解放されているのだ。


 やがて2人は公園の駐車場に車を停め、大和は緊張した面持ちで美和の自宅にお邪魔した。やはり美和の母は不在だった。


 美和の部屋は玄関から一番近い共用廊下に向いた位置にある。大和は初めて踏み入れるメンバーの部屋を見回す。それほど新しくはない市営住宅だからだろうか、広さや豪華さは感じられない。

 またカーテンや家具に華やかさはあまりなく、イメージしていた女の子の部屋とは違うと大和は思った。通学鞄が高校生だと思わせるが、ギターと家庭用アンプと機材がどこかそれを女子高生のイメージから離す。


「お待たせしました」


 すると美和が麦茶を持って部屋に入って来た。大和はまだ緊張が解けておらず、硬い声色で「ありがとう」と口にした。


「こんな物しかないですけど」

「いや、お気遣いなく」

「あはは。そんなに緊張しないでくださいよ。私なんてもう大和さんの部屋に入るのも慣れてますよ?」


 笑われてしまった。大和は恥ずかしさを隠すように麦茶に手を伸ばした。すると大和が麦茶のコップを円卓に置くと同時に、そのタイミングを狙っていた美和が大和に肩を寄せて座り直した。2人はベッドを背もたれにして密着する。


「えへへ。初めてカレシを部屋に連れ込んじゃいました」


 そんな風に笑って大和の腕を抱え込む美和。さっきまでの弟を心配していた姉の表情はどこにいったのか。大和は自分がいることで気が楽になれば報われると思う反面、心臓は落ち着かない。


「大和さん、ん」


 美和が大和に向けて顔を突き出すので、大和は美和の求めに応じた。美和にとっては至福とも言える時間だ。もちろん大和もだが。


「あのさ、美和?」

「ん?」


 美和は体勢を変えないまま大和に麗しい表情を向ける。それにいちいち紅潮する大和だが、話を進めたいのでなんとか口を開く。


「僕と付き合ってて幸せ?」


 すると途端にぷくっと美和が頬を膨らませた。何の前触れもなくこの質問はマズかったなと大和は慌てて取り繕う。


「いや、ごめん。失礼な意味はなくて。そのぉ……」

「4人と同時に付き合ってることを気にしてるんですか?」


 恐縮そうな表情から読み取った美和がそんな質問をするので大和は首肯する。先ほど昼食の時に詠二と話して気になったことでもある。尤もこれまでも気にしていたわけだが。


「私は幸せですよ?」

「そっか」

「大和さんはダイヤモンドハーレムのカレシだから、1人のメンバーが独占しちゃダメなんです。もちろんメンバー以外は受け入れられないけど。誰か1人だけが大和さんのカノジョになっちゃうと、そのメンバーは他のメンバーに気兼ねします。それは良くないし、今の形の交際でも私たちは皆、大和さんの特別な存在になれたことに喜んでます」


 そんなことを言われては、毎回大和に過る自己嫌悪とそれによる迷いが、いつものように消化される。


「メンバーが他のメンバーのことも大好きだから、これは私たちが納得して受け入れた音楽と切れない恋愛の形なんです」

「それなら良かった」

「因みに……」


 すると美和がクルッと体勢を変えた。足を伸ばしていた大和の太ももに跨り、首に腕を巻き付ける。太ももに感じる美和の柔らかさに大和は反応し、また、正面から見る美少女の可憐な表情に見惚れる。


「大和さんが言う許される行為って、どういうことまでですか?」

「えっと……」


 敵わない。なぜこうも積極的な女子ばかりなのか。毎度毎度、大和の理性は崩壊寸前だ。そして追い打ちをかけるように美和は顔を真っ赤にして言う。


「恥ずかしいけど、色々興味あります」


 ギュッ。

 すると羞恥のあまり大和を直視できなくなった美和が抱き付いた。大和も反射的に美和の腰に手を回して応える。美和の吐息が耳にかかり、大和はゾクゾクっとした。

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