第四十八楽曲 第四節
満足するまでスキンシップを重ねた大和と美和だが、その後美和は部屋でギターを弾いていた。大和が唯と一緒に仕上げた新曲の
「こんな感じですか?」
「いいね! そんな感じ」
家庭用アンプから音量を抑えたドライブ音が鳴り響く。美和が父親から受け継いだレスポールはゴッドロックカフェに置いてあるため、この時は自宅練習用に大和から譲ってもらったエレキギターを手にしている。
「さすが、大和さんと唯。凄くいい曲に仕上がりましたね」
「メンバー皆がいてこそだよ」
そんな会話をしながら楽器を触っているとあっと言う間で、時刻は夕方になった。楽器を弾くことが好きな2人なので、結局スキンシップよりこちらに多くの時間を割いた。
すると美和のスマートフォンが通知を知らせ、美和は液晶画面を見ながら言った。
「大和さん、良かったら今日、うちでご飯を食べませんか? だって」
「へ?」
なんの脈絡もない話で、大和は間抜けな声を出した。
「お母さんからのラインなんですけどね、大和さんにお昼をご馳走になったことと、今大和さんと一緒にいることを伝えたらお母さんからそう返信がきました。お母さんももうすぐ帰って来るそうです」
「ん? と言うことは、僕がお邪魔してることも知ってるの?」
「それは言ってないですけど。でもお母さんがこう言ってるし、そのへんはどうにでも言えると思います」
「いいのかな? 甘えちゃって」
「大和さん1人暮らしなんだから、今日くらいいいじゃないですか?」
まだ大和と一緒にいたい美和は乞うような笑顔を大和に向けた。そもそも詠二のことはどうなったのだ? とも考えるが、その詠二が帰って来ていないのだから、心配をしている美和ともう少し一緒にいるべきかと大和は結論付けた。
「じゃぁ、せっかくだからお言葉に甘えちゃおうかな」
「やった!」
美和の顔が綻び、彼女はすぐさまギターをスタンドに立てた。
「今日は私が作るつもりだったので、今から一緒に買い物行きましょう?」
「そう言えば、今更なんだけど、パパラッチとか大丈夫かな?」
「あー……。まぁ、1人暮らしの大和さんの自宅に1人でお邪魔するなら気を使いますけど、私の方は実家ですから。もうすぐお母さんも帰ってきますし」
「確かに」
納得して大和は美和と一緒に外出した。
有名になったとは言え、まだトップアーティストではない。しかし駆け出し時代のネタを欲しがる媒体もあるから気を張る。
とは言えプロデューサーだから、単純に親がいる自宅でご飯にお呼ばれしたと言い訳は成り立つ。まぁ、今までは親不在で演奏以外の時間がスキンシップだが。
やがて2人は近くのスーパーで買い物を済ませると、大和の車が停まっている公園の中を歩いた。行きと帰りでルートが違う。
「この公園を通ると近道なんです」
「へー、そうなんだね」
荷物持ちを買って出ている大和が楽しそうに話す美和に答える。夏の夕日は眩しく光っていて、暑さを和らげてはくれない。しかしその眩しさが大和の隣の少女を綺麗に照らしていた。
「ん? あれ?」
すると大和が気づいた。それに美和が反応し、大和の視線を追うとなんと詠二がいた。
「あ、こんなところにいたんだ」
少し距離があり、詠二は大和と美和に気づいておらず、公園のベンチに座っている。隣には御坂もいた。肩を並べる2人は仲睦まじい様子を見せる。色々不安を抱えていた美和だが、この場所での今の様子に少しばかり安堵した。
「少し覗いて行きません?」
「え……? それは詠二君に失礼じゃ……?」
「いいから、いいから」
難色を示した大和に構わず、美和は大和の手を引いた。そして詠二が座っているベンチの近くにある植栽に身を隠した。大和がいつまでも中腰なので、大和も身を隠すように美和は大和の腕を強く引っ張る。大和はやれやれと思った。しかしこの場所ならベンチの2人の会話はよく聞こえる。
覗き見と盗み聞きを始めた当初は健全な中学生の会話だった。特段手を握る様子もなく、距離は近いが肩が触れるほどでもなく、和やかな雰囲気だ。話を聞いていると、どうやら野球で注目された詠二に御坂が惚れて、御坂からのアタックで交際がスタートしたようだとわかった。
しかし程なくして御坂が不満を口にする。
「ねぇ、竜口君。もっとラインの返信を早くして」
「はぁあ? 俺にとってはこれでも早い方だぞ?」
「そんなことないでしょ?」
「他の奴の返信を後回しにして御坂に返信してんだから」
「うそ」
「うそじゃねぇよ」
険悪とは言わないまでも、不満とそれに心外だと言わんばかりの回答が続く。
「明日も会える?」
「明日は無理だよ」
「えぇぇぇ。じゃぁ、明後日は?」
「お盆はなるべく家にいたいから無理だよ」
「なんでよ? 私は高校受験があるからお盆明けは予備校がまた始まるのよ」
「そんなこと言われたって」
「なんでカノジョの私に時間を取ってくれないの?」
ここで詠二は一度深いため息を吐いた。やはり当初抱いたイメージがぶり返されて、美和が心配そうな表情を見せる。こんな癖の強い女子だから詠二は存在を知られたくなかったのだろうと思いやった。大和はそんな美和の様子を横から窺っていた。
「今まで部活が忙しくてあんま家にいられなかったからだよ」
「じゃぁ、私が竜口君の家に遊びに行ってもいい?」
「ダメだよ。狭いし、俺の部屋はダイニングと続きだから嫌だ」
「えぇぇぇ。なんでそんなに家がいいのよ?」
「そんなの当たり前だろ?」
「わかんない」
「俺は母子家庭なの」
その言葉に美和の心臓がドクンと鳴る。いつも素っ気ない態度の詠二から、母子家庭を意識した言葉が出るとは思ってもいなかった。一方、大和は目を細めて詠二を見ていた。
「せっかく母さんが休みの時くらい、会話とかそういうのはないにしても、せめて家にいて目が届くようにしてやりたいじゃん?」
「むー。竜口君ってもしかしてマザコン?」
カサッ。美和に動きがあったので、すかさず大和が美和を抱き込んだ。美和の目には敵意が宿っている。それもそのはず。御坂の言い方は弟を卑下した感情が隠れていなかったのだ。
「そういう言い方されるから今まで言いたくなかったんだよ」
「なによ、それ。私が悪いみたいじゃん」
「あのな、両親いて、経済的にも恵まれてるお前にはわからないかもしれないけど、母さんにとっては子供の顔を見る時間が一番大事なんだよ」
「なんでそんなことがわかるのよ?」
「同じ団地に住む先輩のおばさんがそう言ってたんだよ」
正樹の母親のことだ。詠二との間でそんな会話が交わされていたのかと、美和は虚を突かれた。
「それに俺の面倒をよく見てくれる姉ちゃんが、高校卒業したらたぶん上京するんだよ」
「なに? 今度はシスコンアピール?」
「くっ……」
美和が力んだので彼女を抱いていた大和は体重をかける。そして肩を擦りながら小さく耳元で言った。
「今美和が出て行ったら、恥ずかしい思いをするのは詠二君だよ?」
「は、い……」
奥歯を噛みながら美和は納得の言葉を示した。すると美和の視線の先で詠二が表情を無くして立ち上がった。そして冷ややかな視線を御坂に向ける。
「もう面倒だから否定しねぇよ。けどな、姉ちゃんが上京したら母さんの近くにはもう俺しか残らねぇんだよ。その俺だって県内とは言え、寮生活になるから離れるんだよ!」
「ちょ、竜口君?」
すると御坂が狼狽えた。詠二が怒りを露にするとは思っていなかったのだ。しかし今更慌てても遅い。
「お前のこと好きだけど、このままだとやっぱり嫌いになりそうだわ。別れてくれ」
「え……、そんな……」
詠二は御坂を気にすることもなく踵を返した。歩き出した方向は自宅だ。御坂はベンチに座ったまま両手で顔を覆い、嗚咽を漏らして泣き出した。
「私たちも行きましょう? 詠二も帰宅するみたいですし」
御坂が気になった大和だが、美和から手を引かれてその場を離れた。
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