第四十五楽曲 第一節
控室に美和と一緒に戻って来た古都は動いた。まずは自身の手で告知だ。
『ビリビリロックフェス11時半からサードステージです』
これにメンバー4人揃っての画像を添付してツイートする。その画像は控室内で撮ったもので、セーラー服の衣装姿だ。それを他のメンバーもツイートする。メンバー全員、昨日からこの手の告知をしており、有名になったダイヤモンドハーレムのツイートは拡散されている。
次に古都はラインアプリを開く。そして画面をフリックする。
『来てくれてありがとう。さっきみんなの顔をステージ袖から確認したよ。私たちのツイートを拡散してくれると嬉しい。できればそれに加えてみんなからも告知をしてくれると嬉しい。会場の別のエリアでの直接的な声かけはマナー違反だから気をつけてね』
そんな内容のメッセージを客席にいた常連客と備糸高校の生徒に送る。
「ん? 客席にいるみんなにラインまで送ったの?」
古都の様子を見ていた美和が首を傾げる。古都はメッセージを打っては送信ボタンをタップしながら答えた。
「うん。絶対、セカンドステージに負けたくないから」
「どういうこと?」
セカンドステージと言えば、響輝と一緒にいた時に会ったABC芸能の小林が思い浮かぶ美和。あまりいい印象がなく、古都の言葉に悪い予感も過ぎる。
「あはは。実はね……」
これには一度苦笑いを浮かべた唯が説明をした。その間、大和は渋い表情を浮かべる。
「はぁ……」
全てを知った美和から深いため息が漏れる。その隣で希が無表情ながら言う。
「まったく。私は反省してちゃんと謝罪したのに」
「お! ということはのんも一度は突っかかったんだな?」
「まぁ、そうよ」
「仇はとってあげたぜ!」
「グッジョブ!」
どっちだ? 希は古都の行動を咎めたいのか支持したいのか、それがよくわからない美和と唯と大和である。とりあえずと言った感じで、美和が物申す。
「まったく。まぁた古都はそんな勝負吹っかけて。どうすんのよ?」
「どうするも何も、勝つしかないでしょ?」
「ステージ規模も知名度も不利だよ」
「そんなのわかってるよ。けど、大和さんをバカにされたまま終われるわけないじゃん」
これには思わず納得してしまう他のメンバー。大和は気恥ずかしくなって首の裏をポリポリかいた。
「結果を出して見返すの」
「わかった」
すると美和も動いた。それと同時に唯と希も動いた。自身のアカウントから告知は既にしてあるが、念押しのメッセージをそれぞれ客席にいる古くからのファンにラインで送ったのだ。
その頃客席では、敷かれたシートの上で備糸高校の生徒たちが開演を待っていた。
「それほど暑くならなくてよかったね」
「だな。けどダイヤモンドハーレムだからステージは熱くするんだろうな」
江里菜の言葉に足を伸ばして答えるのは正樹だ。同じ輪に華乃とジミィ君もいる。
「ジミィ君、ポッキー食べる?」
「ありがとう」
穏やかな時間を過ごしていた。加えてここには朱里と睦月もいた。
すると正樹とジミィ君のスマートフォンが鳴る。女子はバッグにマナーモードのまま入れっぱなしのため気づいていないが、各自のスマートフォンは順々に鳴っていた。
「あ、雲雀からだ」
「俺も届いた。これ、もしかしてみんな届いてねぇか?」
ジミィ君に続き正樹がそんなことを言うので、女子もバッグからスマートフォンを取り出す。そしてメッセージに気づいた。
「なるほどね。つまり、告知の手伝いってこと」
華乃がメッセージを見て解せたようだ。するとその隣のジミィ君がくるっと後ろを振り返った。そこにはシートを持って来ていなかった末広バンドのメンバーが、スペースを分けてもらって相席していた。
「メンバーからメッセージ届いてない?」
「あ、俺ら、メンバーのラインも電話番号も知らないっす」
渋い顔をして頭をかくのは健吾だ。ダイヤモンドハーレムが有名になりつつある中で知り合った交流バンド兼高校の後輩なので、ダイヤモンドハーレムは誰も末広バンドに個人的な連絡先を教えていない。高校入学時から親しくしている3年生組に完全な遅れをとっていることが悔しくもあり、悲しくもある末広バンドのメンバーである。
「ツイッターはフォローしてない?」
「それはしてます」
「じゃぁ、今日のステージの告知を手伝ってやってよ?」
「わかりました」
景気よく健吾が返事をすると、末広バンドのメンバーも一斉にスマートフォンを操作し始めた。この場にいる備糸高校の生徒はメンバーの告知のツイートをリツイートし、いいねを押す。
更に自分でもダイヤモンドハーレムのステージの告知を始めた。その告知は『ビリビリロックフェス』と『ダイヤモンドハーレム』と『拡散希望』のハッシュタグが付いており、徐々に拡散されていく。
「お! 古都ちゃんが今日も告知してる」
「本当だ。て言うか、グループラインにメッセージ来てるし」
そして加えて客席にいるのがゴッドロックカフェの常連客たちだ。山田の言葉に反応したのは田中で、備糸高校の生徒とはそう離れていない場所で固まっている。ダイヤモンドハーレムとの交流でSNSに慣れてきたこのおっさんたちも、メンバーからのメッセージに気づいて告知を始める。
しかもこのおっさんたちはなかなか強力だ。おっさんバンドの現役もいれば、軽音楽の経験者に、ロックファンもいる。この手のフェスは慣れており、会場には顔見知りの他の客もいるほどだ。
「うおおお! 拡散されていくぅ!」
控室の中では古都が目を丸くしていた。拡散の勢いは正に芸能人である。移動時間が多大にかかるこの場所まで来てくれた地元のファンは少ないが、ゼロではない。備糸高校の生徒やゴッドロックカフェの常連客の他、いつもライブハウスに来てくれるファンだ。
更にはこの場に来ていないファンも協力的だ。拡散の手を緩めない。ダイヤモンドハーレムの告知は瞬く間に広がった。
サードステージのゲート前ではスネイクソウルのサクラがいた。やっているのは昨日同様、客引きだ。サードステージのゲートを潜ろうとする客に声をかけては、スネイクソウルの時間帯のセカンドステージを推している。
そんなサクラはフェスの会場内に数人散らばっている。秘密裏にスネイクソウルが雇った彼らのファンである。
そしてセカンドステージの控室にはスネイクソウルのメンバーが控えている。ダイヤモンドハーレムのツイートはチェックしているようで、どんどん拡散されるそれが面白くない。するとボーカルのメンバーが動いた。昨日、古都と言い合ったメンバーだ。
『ぜってー潰す』
「むむ!」
サードステージの控室で唸ったのは古都だ。自身の告知のツイートにそんなリプライが届いたのだ。アイコン画像もなく、フォローもフォロワーも0人のアカウント。更にはツイートすらこのリプライしかないアカウントからだ。
「古都、無視よ」
徐に希から言われ、古都はキョトンとした。希は古都の隣で古都のスマートフォンを覗き込んでいた。
「それ、まず間違いなくスネイクソウルのメンバーよ。捨て垢ね。反応したところですぐにアカウントごと消されてこっちのツイートだけが残るから、反応すると反って損するだけよ」
「わかった」
古都は納得してそのリプライを無視した。そもそもリプライなどは有名になるにつれて増えていくので、すべてに反応はできない。だから無視するのも不自然なことではない。
すると唯が不安そうに言う。
「けど、SNSで拡散したところで、限界あるよね」
「そうだね。効果ゼロってことはないだろうけど、セカンドステージを上回るほどってことも期待できないよね」
美和が納得してそんな言葉を返す。大和はそんな4人の様子を複雑な思いで見ていた。
躍起になってモチベーションを高めたのはいいことだし、自分に対するメンバーの気持ちが嬉しくもある。けど、そもそもは自分たちが迷惑をかけた小林に対抗する動きだ。メンバーを否定も肯定もできず、何とももどかしい気持ちであった。
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