第四十五楽曲 第二節

 控室にはモニターがあり、三大ステージの客の動向がわかるようになっている。開演前のこの時、セカンドステージは3千人、サードステージは1千人が入っていた。そもそも収容人数はセカンドステージ1万5千人、サードステージ5千人と設定されているので、3倍の差がある。

 更には集客に不利な午前中だ。これはダイヤモンドハーレムとスターベイツがインディーズであることが要因だ。そこにスネイクソウルが自らぶつけてきたとは言え、彼らもメジャーながらこれからの若手バンドである。セカンドステージの運営はそのような希望をもらって安堵したほどだ。

 ただ普段のライブハウスとは桁が違うキャパシティ。これからダイヤモンドハーレムとスネイクソウルの意地と意地がぶつかる。


「それじゃぁ、行ってくるわ」


 サードステージの控室内でダイヤモンドハーレムと大和に声をかけたのはスターベイツのツヨシだ。どこか思いのこもった表情をしている。大和はそんな印象を受けながら、同い年のスターベイツのメンバーに笑顔を向けた。


「うん。モニターで見ながら応援してる」


 スターベイツの面々も笑顔を返すと控室を出てステージ袖に立った。ビリビリロックフェス3日目のサードステージがまもなく開演である。


 客席は後方だけシートを敷いた客がいる。ステージ寄りの前方は数百人の客が立ち見だ。これはさすがに経験値の高いスターベイツで、インディーズながらその知名度の高さを物語っている。


 やがて時刻は10時になる。サードステージが開演した。


『きゃー!』

『うおー!』


 鳴り響くGBMとステージを走る照明でその時を確信したオーディエンスから歓声が上がる。程なくして黒幕が下り、同時にスターベイツの演奏が始まった。すると歓声はより大きくなる。


 控室ではダイヤモンドハーレムと大和がパイプ椅子に座りながらモニターの前を陣取っていた。同じインディーズバンドであり、交流バンドであるスターベイツの登場に目を細めている。

 別のモニターではセカンドステージの模様が映し出されていた。こちらも開演だ。ステージをアップにして映しているので、客席の様子はわからない。ただしかし、画面下に集客人数がテロップで表示されている。数値は相変わらずだ。


「何回も告知をツイートしたら鬱陶しいよね?」


 始まったスターベイツのステージを観ながら自身の心配をするのは古都だ。随分力が入っているようである。ステージからの轟音は控室のテントの中にしっかり届くが、体を寄せているのでなんとか会話はできる。


「そうだね。私たちにできることって、もう他にはないよね」


 古都の言葉に答えたのは美和だ。彼女もまた、スターベイツの演奏を観ながらこれからの自身のステージにも意識が向いている。

 そんな彼女たちに大和は目を細めた。過去の事件が足枷になって素直に積極的な言葉は言えないが、それでも自分とバンドのことを考えて闘志を剥き出しにしている。やはりそれは嬉しい。


 サードステージもセカンドステージも、午前中に出演するバンドの持ち時間は入れ替えを除く50分。曲数にして10曲演奏するバンドが一般的だ。ダイヤモンドハーレムはインディーズCDに収録した10曲をセットリストに用意している。

 そのインディーズCDも今や音楽配信が始まった。インディーズバンドにして売れ行きは好調だ。本来ならここまで結果を出すと芸能事務所やレーベルから声がかかるのだろうが、益岡泉が1年以上追いかけていたバンドだ。既に系列の芸能事務所と契約済みである。


「わっ! 発表された!」


 唯の感嘆が漏れる。メンバーと大和が唯に視線を向けると、彼女は自身のスマートフォンを見ていた。


「本当!?」

「うん。ジャパニカン芸能のホームページ」


 古都の言葉に唯が説明をすると、大和も含めて皆が一斉にスマートフォンで件のサイトを確認する。


「うおー!」


 そしてそのトピックを確認して古都が声を上げるのだ。他の面々も嬉しそうに目を輝かせた。


『ダイヤモンドハーレム所属契約のお知らせ』


 そんな表題のトピックをタップすると、9月1日からマネージング契約が始まる旨が告知されていた。

 8月までは自主活動のため予定しているライブはおろか、このビリビリロックフェスも告知されていない。しかし9月に決まった榎田のビッグラインでのワンマンライブはしっかり告知されている。それはマネージング契約開始最初のライブだと大々的に示されていた。

 ビリビリロックフェス3日目開演の10時に合わせて告知されたこの情報は、ダイヤモンドハーレムがステージでもマイク告知をする予定だ。しかしその前に古都が動く。


『ジャパニカン芸能への所属が発表されました!』


 ジャパニカン芸能の公式ツイッターを引用してツイートをする。他のメンバー3人もそれに倣ってツイートをしようと文字を打つ。すると途端に、古都にリプライが返ってきた。ビリビリロックフェスには来ていないファンからだ。


『メジャーデビュー決まったの!?』


「みんなちょっと待って!」


 古都が美和と唯と希に待ったをかける。3人は古都を向いて首を傾げた。


「誤解させちゃうから、芸能事務所に所属してインディーズ活動をするってちゃんと書いといて?」


 すると自身のスマートフォンを向ける美和と唯と希。そこには古都が言った内容がしっかり書かれていた。


「あはは。抜かりないね」

「古都が浅はかなのよ」


 希からディスられた古都は苦笑いを浮かべ、補足の文章を打ってツイートした。他の3人もツイートをしたようだ。


 その頃、サードステージの客席では、備糸高校の生徒とゴッドロックカフェの常連客が前に詰めて、スターベイツのステージを楽しんでいた。シートはしっかり片付けたようだ。こんな状態だから誰もスマートフォンは見ていない。

 この時間帯、サードステージの観衆の人数はあまり伸びていない。逆にセカンドステージは伸びている。約3千7百人だ。サクラが功を奏していた。


「むむ。マズいな……」


 サードステージの控室では古都が地団太を踏む。サードステージの観衆は1千2百人をやっと超えたところ。


 セカンドステージの控室ではスネイクソウルのメンバーがSNSから離れ、モニターを見ていた。満足そうに、そして不敵に笑っている。


「そもそも土台がちげぇっての」

「そうそう。恥かかせるとかどの口で言ってたんだか」


 そんなダイヤモンドハーレムを揶揄する会話も交わされる。


 同時刻、スマートフォンを見たのは当日リハーサルのためにスタジオに入ったメガパンクのメンバーだ。セッティングを終えてこれから演奏を始めるところであった。


「ダイヤモンドハーレム発表されたぞ?」

「マジ?」


 1人のメンバーの声に他のメンバーが続々と反応した。彼らはダイヤモンドハーレムとスネイクソウルがいがみ合っていることを知らない。しかし知らないながらも5人のメンバーはリハーサル開始の前に、自分たちの事務所とダイヤモンドハーレムのツイートを引用する。


『これから俺たちの後輩になるからよろしくっ! 今日も俺たちの前にビリビリロックフェスのサードに出るからあわせて応援よろしくっ!』


 メジャーデビューからもうすぐ1年のメガパンク。既に獲得しているファンは多い。そのツイートは瞬く間に拡散される。そして彼らのファンはかなりの人数がこのフェスに来ていた。


 そして事は起こった。ダイヤモンドハーレムと大和はモニター画面を見ながら、音はステージスピーカーからの音を直接耳にしながら衝撃を受けた。それは開演から40分以上が経ち、スターベイツが最後の曲を演奏する前のツヨシのMCだった。


『俺たちスターベイツは、今日のこのステージをもって解散します』


 大和とダイヤモンドハーレムは理解が遅れ、そして表情を無くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る