第四十四楽曲 第五節

 ビリビリロックフェス2日目は、久保が手配した練習スタジオでのバンド練習からスタートしたダイヤモンドハーレム。大和がバンド指導に就くのはいつものことながらこの日は響輝もいる。美和のアドバイザーでもある彼も、この日は惜しみなくバンドにアドバイスを送った。

 それが終わると午後からはフェスの観覧である。グループは前日と同じだ。響輝が美和と希の引率に就き、大和が古都と唯の引率に就いた。響輝組は相変わらずメインステージで海外からの招待バンドを目当てにしているのに対して、大和組はこの日、小規模なステージを観て回った。


「わっ! 盛り上がってる!」


 小さなステージの前には立ち見の観客が多数詰めかけており、夏の暑さを更に上げるように熱くなっていた。それに古都が目を輝かせたのだ。


「私たちがいつも立つライブハウスよりは少し広いくらいですかね?」

「そうだね。それに柱とかの障害物がないから見やすいしね」


 唯の疑問に大和が補足を加えて答えた。古都と唯は昨日同様、長めのシルバーチェーンで大和に繋がれている。


「うおっ」

「きゃっ」


 会場入りするや否やそのチェーンが引っ張られるわけだ。もちろん引っ張るのは古都である。古都、大和、唯の順に繋がった3人は人ごみを掻き分けてステージに近づく。


「古都?」

「なんだよ?」


 ステージに胸が弾んでいる古都だが、大和の声のトーンから水を差される予感がして先に不満を示した。そしてその予感は的中する。


「明日本番なんだから、あまりはしゃぎすぎて声の調子を落とすなよ?」

「大丈夫だよ。今日は100%で臨むから」

「ダメじゃん……」

「ダメじゃないよ。いつもは120%だから」


 やれやれと思う大和。唯は既に見慣れた掛け合いを笑って見ていた。それにしても古都の声はこれくらいでは枯れないから、この女のボーカルとしてのポテンシャルに感心もする大和である。


 この小規模なステージでは、ライブハウスに寄った雰囲気のステージが披露された。相違点は屋内か屋外かの差だ。この日も良く晴れていて日差しは強いが、ステージの演者も、客席のオーディエンスも、それをものともせず盛り上がった。もちろん古都も。

 ただ交流のあるバンドでもないし、そこまで知名度のあるバンドでもない。だから大和組の3人は梯子をする。それは次のステージを観に行こうと動いていた時だった。この時はチェーンを外し、時々手を繋いで歩いていた。


「明日11時半からセカンドステージのバンドがお薦めだから観にきてよ?」


 次のステージの入り口外で、ナンパのような軽口で来場者に声をかける若い男。大和組の3人は眉を顰めた。


「大和さん、あれ?」

「うん。マナー違反だね」


 古都は大和の見解を確認すると、大和の手を離して男に近づいた。


「あのぉ?」

「お! 美少女! 明日の11時半にさ――」

「あのっ!」

「なんだよ?」


 目を丸くする男。ざっと見る限り1人のようだ。古都よりは少し年上くらいだろうか。


「キャッチセールスはマナー違反ですよ?」

「ん? セールス?」


 首を傾げる男。しかし少しばかりニヤついていてそれが白々しい。ただ古都の顔は認識していないようだ。とは言え、ダイヤモンドハーレムのメンバーは皆この日もキャップを被っているので顔はわかりづらい。


「スネイクソウルの関係者の人ですよね?」

「関係者? うーん……、関係者ではないな。ただのファン」

「え? 違うの?」

「うん。ファンだから応援してんだよ。だから明日の11時半、セカンドステージに来てよ?」


 古都は一度振り返り大和に目配せをした。すると大和は軽く目を閉じて首を横に振った。古都はそれを確認して少しばかり悔しそうな表情を見せると、大和のもとに戻って来た。


「ファンだって」

「うん、聞こえてた」

「て言うことはマナー違反じゃない?」

「そうだね。褒められた行為ではないけど、ちょっと口は出しづらいかな。グレーゾーンってやつ。出演バンドの関係者なら運営に言ってもいいんだけど」

「むむー」


 古都が奥歯を噛む。翌日の11時半はサードステージだとダイヤモンドハーレムの出番でもあるから、妨害行為にもあたる。すると唯が励ますように言った。


「古都ちゃん、私たちのステージはツイッターで告知を頑張ろう?」

「そうだね。それしかないよね」


 と古都が納得を示したその時、声をかけられる。


「あれ? もしかしてダイヤモンドハーレムのKOTOちゃん?」


 古都が振り返るとそこには若い男が4人寄って来ていた。古都は「ん?」と言って首を傾げた。すると唯が古都に耳打ちをする。


「スネイクソウルだよ」

「え? この人たちが?」


 唯が首を2回縦に振った。そう、明日のステージでダイヤモンドハーレムと時間が重複するスネイクソウルのメンバーだ。唯はビジュアルまで予習していたようだが、古都はバンド名しか認識していない。

 その時スネイクソウルのメンバーのうち1人が、ファンを名乗った若い男に目配せをしたのを大和組の3人は見逃さなかった。途端にファンを名乗った若い男はその場を去る。どうやら彼はサクラだったようだ。しかし証拠はないのでその考えを口にしない。

 そして大和は会ってしまったかと、内心で頭を抱える。ただしかし、この場に小林がいないことだけは救いか。むしろ当人と会ってしまった昨日の響輝の方が気の毒だと思いやる。


「そちらはベースのYUIちゃんかな? もう1人は……、あっ! シャブバンドにいたYAMATOさん!」


 ここで古都がギロッと言葉の主を睨む。すかさず大和と唯が古都の手を握った。スネイクソウルの他の3人はケラケラ笑っていて、話は一番前に出ているこの男がするようだ。


「随分仲良さそうだね? 確か高校生だよね? まさか君たちも毎晩シャブでワイワイらんこーしてんの?」

「ちょっと!」


 さすがに黙れなかった古都。すかさず大和が唯に目配せをすると、察した唯が古都を抱きしめるように大和の背中に隠した。古都も唯も昨晩の宴会での大和たちの会話を聞いていないので、なぜこれほど突っかかられるのかはわかっていない。

 そして前に出た大和が言う。


「確かに僕がそのバンドにいた大和だ。けど、彼女たちはしっかりコンプライアンスを守って活動してるよ」

「ぎゃはは。コンプライアンスだって。どの口で言ってんだか」

「確かに説得力ないよね。情けない」

「当たり前でしょうが」


 そう言ってスネイクソウルの4人は顔を見合わせてバカ笑った。大和は小林が担当している彼らを前に居た堪れない。唯は小林との事情こそ知らないものの、大和が下手に出るので心配そうに大和を見つめる。

 しかし古都だ。唯の腕をかいくぐって大和の背中から顔を覗かせる。


「ちょっと! 言い過ぎでしょ!」

「はぁあ? なに? なんか文句あんの? シャブガールズバンドのボーカルさん」


 バカにして尚も笑い合うスネイクソウルのメンバー。みるみる古都の怒りメーターが振れる。


「私たちもだけど、大和さんも潔白だよ! 中傷しないで!」

「中傷じゃねぇよ。シャブバンドは事実じゃん」


 するとここで古都が目を細めて不敵な笑みを浮かべる。


「はぁん? 自信ないんだ?」

「あん?」


 ここでヒヤッとした大和はとうとうスネイクソウルに背中を向けて唯と一緒に古都を抑えにかかった。古都は唯と大和の腕の中でもがく。


「せっかく私たちより有利なセカンドステージに立つのに、今勢いのある私たちの方がお客さんを集めたら恥ずかしいから、それが怖くて牽制してるんでしょ?」

「古都!」


 すかさず大和が古都を制するが古都は引かない。


「んだと、てめぇ」


 とうとうスネイクソウルの目つきが変わった。大和は背中越しだが、口調から容易にわかった。しかし古都は尚も挑発を返す。


「だからありもしない中傷で攻撃してくるわけだ」

「んなわけあるか! サクラなんて使わなくてもお前らなんて楽勝だ!」


 どうやら脳みそが軽い人種のようだ。サクラを使ったと認めてしまった。発言の本人はばつが悪そうな顔をする。とは言え、この先は惚けられるのだろうから証拠にはならない。だから古都は言う。


「へー、自信あるんだ? 言ったね? じゃぁ、ここはフェスなんだから対バン勝負だ!」

「上等だ!」

「絶対、セカンドステージよりお客さん集めて恥をかかせてやるんだから!」

「俺らが勝ったらインディーズのお前らなんか一生日の目を見ないようにしてやる!」


 それはスネイクソウルの捨て台詞となった。彼らが去ったこの場所でどっと疲れた大和と唯は古都を離すと、大きくため息を吐いた。


 ――古都ちゃん、また……。


 ――古都がまた無意味な勝負を吹っかけたよ……。

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