第四十四楽曲 第四節

 ビリビリロックフェスの1日目を終えてホテルに戻ったダイヤモンドハーレムと大和と響輝。ツイン3室のため部屋割りは男2人と、ギタリスト2人と、リズム隊2人だ。まずは腹ごしらえである。ホテルの宴会場で6人は食事を始めた。


「夜中のも見たかったぁ」


 食事を取りながら古都がそんなことを言う。それに対して大和がにこやかに笑う。


「それは高校生だから無理だよ」

「それでも22時まではいいでしょ?」

「長居したら声が枯れちゃうじゃん」

「まぁ、そうだけど……」


 不満を隠さないものの古都は口では納得を示した。

 因みに大和と響輝は酒を煽っているが、昼間から飲み過ぎだ。とは言え、ずっと無理のない同じペースで飲んでいるから泥酔はしていない。ほろ酔い加減だ。

 すると一行は声をかけられる。


「お! ダイヤモンドハーレム」

「あ! 久保さん!」


 それに古都が反応する。声の主は久保であった。他に社員が2人ほどいる。大和が挨拶をすると響輝を紹介して響輝もまた挨拶をした。そして大和が問い掛ける。


「ステージ離れちゃっていいんですか?」

「1日の前半と後半で担当を分けたんです。私は前半なんで今日はもう終わりです」

「確かに朝から夜中まで1人じゃ見られないですね」


 久保の会社が手配したホテルというだけあって、彼もまたこのホテルに宿泊する。するとその久保が業務連絡を一言付け加える。


「スタジオ練習は明日の午前中に場所を確保してありますので」

「助かります。ところで今からお食事ですか?」

「はい、そうです」

「良かったらご一緒しませんか?」

「よろしいんですか?」

「もちろんです」


 大和からすれば呼んでもらった立場なので当然である。一行は仲居に言って食事の席を広げてもらった。


 そして数分後。一行はまたも声をかけられる。


「あ! 大和ウィズダイヤモンドハーレム。響輝もいるじゃん!」

「泉!」


 声の主は泉であった。それに反応したのは響輝だ。泉と一緒に武村もいる。3日目にはメガパンクも出るわけで、この2人はその見学だ。明日の2日目は所属アーティストがメインステージに立つので、その見学と挨拶回りである。すると大和が問う。


「もしかして宿泊先ここなのか?」

「そうだよ。今来たところ」

「へー、偶然だね」

「そうだね。久保さんから大和が事前にどこに泊まるか聞いてて、それに合わせてホテルを選んだなんてことはないから」

「……」

「けど空き部屋がなくて、久保さんの会社が予約してたツインを1室強奪したなんてことはないから」

「……」


 随分詳しく説明をする泉である。久保は苦笑いで大和はジト目だ。ダイヤモンドハーレムのメンバーは泉が大和にちょっかいを出さないか目を光らせている。そして当然のように輪に加わる泉と武村。高校生もいるのに酒がメインの宴会が始まった。もちろん高校生に酒を飲ませることはしない。


「ところで泉?」


 席は頻繁に移動するが、大和、泉、響輝の並びになったところで響輝が声を潜めた。泉は酒を煽りながら「ん?」と反応する。


「ファンキーミサイルって知ってるか?」

「あぁ……」


 歯切れの悪い返事をする泉。どうやら泉は事前に情報を掴んでいたようだと、大和も響輝も悟った。


「もしかして今日はセカンドステージを観てたの?」

「いや。俺じゃなくて……」


 そう言って響輝は大和を見た。大和は酒のグラスを置くと穏やかな表情を響輝と泉に向けた。まだ響輝と大和の中でも件のバンドの話はしていない。この時初めて話題に上がる。


「僕が見たよ」


 大和が答えると泉は苦笑いとも言えるような微妙な表情を浮かべた。響輝にも件のバンドの情報は行っているのだと悟った大和だが、その経緯までは問わなかった。


「そっか。ファンキーミサイルの事務所は彼らが活動休止をしてから目玉のバンドがいなくてね」


 そう言って泉は自身が持ち合わせている情報を話し始めた。


「それで活動を再開させたくてビリビリロックフェスに売り込んだんだよ。けどボーカルがいないから急遽募集を始めて、それに応募した中に怜音がいたの」


 ここでやっと当人の名前が出た。大和も響輝も動揺は見せず泉の言葉に集中する。


「まぁ、彼はステージのセンターに立つには花があるし、歌唱力も申し分ない。それほど大きな事務所じゃないから、事件から2年経ってることもあって受け入れられたんだよ」

「そっか。まだ音楽続けてたんだな」


 そう言うと響輝は手元の酒を口に運んだ。言葉を発した響輝にも、言葉が少ない大和にも、複雑な感情があるのだろうと泉は思いやった。


「ずっと東京でソロ活動をしてたらしいよ?」

「そうなのか?」

「うん。これは私もファンキーミサイルに怜音の加入が決まったのを掴んでから知ったんだけどね」


 地元を離れていた。尤もずっと情報の入ってこない彼のことだから、大和も響輝もそんな気はしていた。事件後バラバラになったクラウディソニックだが、泰雅は同じ県にいて事件から数カ月で所在を知った。他の2人はまったく情報がなかったので、大和も響輝も口に出さないながら自然とそう思っていたわけだ。


「因みに鷹哉の情報ってあるのか?」

「それは私もないなぁ」


 響輝からの質問に答えた泉は手元の料理を口に運ぶ。大和は黙って2人の会話を聞いていた。事件では一番責任を問われた鷹哉だが、その情報は音楽業界内にもないようだ。


「あとそれから、3日目にセカンドステージに立つスネイクソウルってバンドの情報を教えてほしいんだけど?」

「ピンポイントでそこ? 響輝、なんかあったでしょ?」

「げ……」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする響輝。数ある出演バンドの中からの特定したバンド名に泉から悟られてしまった。


「今日、ABC芸能の小林さんと会ったんだよ」

「なるほどね。確かに彼が担当をしてるバンドだよ。それで知ったんだ?」

「あぁ」

「スネイクソウルはセカンドステージに立つだけあってこれから勢いを増すだろうって言われてるバンド。今年のビリビリロックフェスはインディーズのダイヤモンドハーレムと、メジャーのメガパンクとスネイクソウルが若手の話題よ」

「そうなんだな」

「それだけ?」

「ん?」

「他になんか言われたとかない?」


 恨みを買ったわけだからここまで考えが及ぶのは当然かと理解した響輝。ただそれでも大和を前にしてそう簡単に口から出ない。しかし響輝がチラッと大和を見ると大和の方が口を開いた。


「なにかを言われたなら僕のことは気にせず正直に話して。ジャパニカンにも関係することだから」

「そうだな……」


 響輝は一度目を伏せてから手元の酒を煽り、空になったグラスをテーブルに置くと話した。すかさず泉が響輝のグラスに酒を注ぎ足す。


「ダイヤモンドハーレムを潰すって言われた。メンバーに対して業界を知らないのがどうとか」

「あはははは」


 すると泉から笑い声が上がる。キョトンとした響輝と大和は、泉がテーブルに酒の瓶を置くのを目で追った。


「それは無理だよ」

「ん? なんでだ?」

「うちの方が力のある事務所だから」


 唖然とする響輝と大和。ここに芸能業界の勢力図を示された。


「武村さんがしっかり守ってくれるって」


 そう言って泉が武村を見るので、大和も響輝も彼女に視線を送った。


「……」

「……」


 しかし言葉を失う大和と響輝。武村は久保に擦り寄るように酌をしていた。会話から察するに、どうやら自分の抱えるアーティストを売り込んでいるようだ。営業精神が旺盛なので、大和は少し見習おうと思った。やり方は真似できないので意識の面だけだ。


「それに明後日のダイヤモンドハーレムのステージでははっきりするから、もう向こうの事務所もちょっかい出せないよ」


 ここでそう言えばと思い至る大和と響輝。それでやっと2人は安心した。


「それから、これだけは言っとく。大和も響輝も事件の当事者じゃない。泰雅だって罪には問われてない。だから3人は堂々とこれからもダイヤモンドハーレムに構えばいい」


 この言葉に大和と響輝がどれだけ救われることか。この後は純粋に宴会を楽しむことができ、ビリビリロックフェス1日目の夜は更けていった。

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